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ビルマの旅2008-8 アウン・サン・スー・チー
 「アウン・サン・スー・チー女史の家に連れて行ってくれ」
 もちろん冗談のつもりで言ったのだが、タクシードライバーはぎょっとした顔で後部座席の僕を振り返った。
 「ノー、ノー! 彼女に家に通じる道路にはバリケードがあって誰もそこから先には行けないし、不用意に近づくだけで逮捕されちゃうよ!」
 かくして、またもや近づける限界のあたりまで行ってもらった。 ただそこからは彼女の家はおろかバリケードすら見えなかった。 昨年の民主化運動以降、スー・チー女史が軟禁されている自邸の警備はより強固なものになっているようである。

 日本人はマスゴミの印象操作のせいで「スー・チー女史=正義、ミャンマー軍政=悪」という単純な色分けをしがちだが、実際にはちょっとニュアンスが違う。
 ミャンマーという国が軍政を選択したのにはそれなりの理由があり、過去の英国による植民地支配の経験や、中国とインドという二つの核保有国に挟まれた場所に国土があるという地政学的な理由もある。 彼らにとってそれは国家の独立、民族の自決を維持するための一つの方法論であって、そもそも基本的に他国が口出しするような類いのものではない。
 一方のスー・チー女史が求める民主主義は原理主義化し、軍事政権との妥協点というハードルを自ら高くしてしまったことも否定できない。
 政治を妥協の産物とするならば、両者が対話のテーブルに在る時にスー・チー女史が現実的な選択をしていれば現在のミャンマーはいくぶん違った姿になっていたかも知れない。
 東南アジアには、その力を持て余してしばしば暴発の危険を孕む軍部が存在する国がいくつかある。 タイ、フィリピン、インドネシア…。 ただし民主主義という点で見れば、いずれの国もミャンマーよりかなり先を行く先進国である。
 アウン・サン・スー・チーの存在は、軍政ミャンマーに民主化の希望をもたらしはしたが、それと同時に軍政と折り合いをつけながら共存する現実的な民主化の道を放棄させもした。
 軍事政権はスー・チー女史を軟禁状態に置き続けることで、未だに彼女を民主化の希望のシンボルとして生殺しにし、そのことで新たな民主化勢力の台頭を抑えている。 実のところ軍事政権が一番恐れているのはスー・チー女史に不測の事態が生じることであり、故に彼女を自宅軟禁状態にして「護衛」しているのである。

 むろん僕だってミャンマーの軍政には反対である。 実際にこの国の政治、経済、社会についての理解が深まってくると、この国が抱える閉塞的状況のすべての原因が軍政にあることが容易にわかるからだ。
 スー・チー女史は解放され、自由な政治活動をする権利を与えられて然るべきだが、それでもミャンマーの民主化が今の彼女の元で実現できるとも思えない。
 「ミャンマーの人々はみなアウン・サン・スー・チーさんのことを支持しているのですか?」 取引先のミャンマー人の女性社長と会食した際に質問をぶつけてみた。
 彼女の答えは「Not exactly.(必ずしもそうではない)」というものだった。 その言葉は、ミャンマーにおけるスー・チー女史の今の立場というものを端的に表していると思う。

 1997年にミャンマーに経済制裁を発動し、この国の民間経済をガタガタにしたアメリカ。 街には当時職を失った失業者が今も溢れている。 先日、ジム・キャリーらと同じく以前からミャンマー問題に肩入れしているローラ・ブッシュが会見を開いて、ミャンマー政府にアメリカの緊急援助を受け入れるよう要請した。 世界を正義と悪という二色に色分けをしたがるこの国が、例によって「抑圧されたミャンマーの人々の救済」という構図で圧力を強めようとしている。 アフガニスタンやイラクと同じやり口だ。
 かつて社会主義国だった国が民主主義へと移行するプロセスは国によって様々だ。 少なくともミャンマーは中国のような共産主義国でもないしテロ支援国家でもない。 もしこの国の民主化を願うのなら、武力行使はもとより直接的な政治介入は避け、側面支援しながら徐々に民主化プロセスが進行するように仕向けるべきである。 少なくともアメリカの経済制裁は、米国向けの輸出で成り立っていた多くの縫製工場を閉鎖に追い込み、多くの労働者たちから職を奪いはしたものの、軍事政権にはほとんどダメージを与えてはいない。
 無論ミャンマーはすべての面でもっとオープンな国になるべきだが、2006年に首都を内陸部のネピドーに遷都するなど、むしろ内向的性格を強めている。
 今回のサイクロンによる被害は甚大である。 情報統制下にあるためなかなか正確な情報が伝わってこないが、徐々にその深刻な被害状況が明らかになってきている。 おそらくミャンマー史上最悪の自然災害になるだろう。 だがそこには致命的な気象観測情報の遅れや慢性的なインフラ整備の遅れといった人災の側面があることも看過できない。
 国際的な援助隊や支援物資の受け入れなど、今回のサイクロンがその爪痕の代償としてもたらす「風穴」がこの国に何らかの良い影響を与えてくれることを祈るばかりだ。
by theshophouse | 2008-05-08 00:51 | Odyssey
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