実は村上龍は久しぶりに読んだ。 もしかしたら学生の頃、「コインロッカーベイビーズ」とか「愛と幻想のファシズム」とか「海の向こうで戦争が始まる」とか読んで以来かも知れない。 ここに挙げた三つの小説もどういう話だったかすら完全に忘れた。 ただ本のタイトルだけが、長いこと僕の部屋の本棚を飾っていた背表紙のタイポグラフィーだけが、映像の記憶として残っているに過ぎない。 村上龍に限らず昔読んだ本の多くはそんなものだ。
そんな僕が「半島を出よ」を読んでみようと思ったのは、故郷である福岡が北朝鮮のコマンドによって占拠されるというフザけた話だと聞いたからである。 文庫化されるのを待って購入。 もとより文庫にならないようでは読む価値もない。 或る日、北朝鮮から「反乱軍」を装って福岡ドームを急襲したコマンド。 平和ボケの日本政府は即時対応できず後手を踏み福岡を封鎖。 北朝鮮のコマンドは後続部隊も加わって周辺一帯を制圧。 福岡は事実上北朝鮮のコマンドの自治領となる。 上下巻から成る大作だが、正直上巻は退屈の極みだ。 ストーリーは全体を二つのフェイズ(局面)に分けてあり、それぞれのフェイズはほぼ時系列で更に小さな章に細分化され、それぞれ章において物語の語り部も川崎のホームレス、北朝鮮のコマンド、中央官僚、新聞記者、福岡のホームレスとめまぐるしく変わる。 上巻が退屈の極みなのは、北朝鮮のコマンドたちが延々と回想する北朝鮮での過酷な現実の描写だ。 作者はこの作品の取材時に韓国に渡り、実際に元北朝鮮のコマンドだった人間にも会って話を聞いたそうだが、かの国についての報道が毎日のようにテレビの電波に乗り、お茶の間でもある程度の知識を得ることができる今日、山梨学院大学の宮塚教授のような北朝鮮マニアならずとも、そこにこれといって新しい発見をすることは難しい。 僕にとっては単なる贅肉としか思えないような描写が微にいり細にいり延々と続く。 やがてページを繰ることすら苦痛になってくる。 何度も読み飛ばしたい衝動に駆られながらも何とか乗り切った。 読後感じたのは「贅肉は贅肉でしかなかった」ということである。 本作の下巻の巻末には膨大な量の参考文献が記載されている。 作者にとって本作がいかに労作であったか、それまでは接してこなかった新しい知識を注入しながら創作されたのかは疑いようがない。 しかし、そうして苦労して調べたことはすべて文中に表現したいという、学生の卒業論文的なお仕着せがましさを感じるのも事実だ。 もしこの作品が映画化されるならば、脚本家の仕事は非常に楽なものになるだろう。 背景描写は緻密で、ささいな登場人物の造形も手抜きがない。 ただ「贅肉」を削ぎ落とす作業に没頭するだけだ。 しかし、残念ながら本作が日本で映画化されることはないだろう。 事実韓国での映画化の話が進行中で、日韓共作のかたちをとるそうだが、内容が内容だけに表向き日本の製作会社がイニシアチブを取って進めるのは難しい。 そしてまた、そうしたリスクをとってまで映画化する価値もないと思う。 本作と同様、北朝鮮のコマンドが日本を急襲し、平和ボケ政府の対応が後手に回ってしまうような類いの作品なら、むしろ麻生幾の「宣戦布告」の方が単純にエンターテイメント作品として楽しめると思う。 もっともこちらの作品における北朝鮮のコマンドたちの標的は福岡ドームのような娯楽施設ではなく原子力発電所が並ぶ敦賀半島という、いわば「王道」である。 最終的に北朝鮮のコマンドを粉砕するのが福岡のホームレスの少年グループというのも受け入れ難い設定だ。 そこには「AKIRA」以降の大友克洋の近未来的世界観の影響を感じずにはいられない。 一方で作者の圧倒的な筆力を感じさせられるのは、ホームレスの少年たちが「海の鷹ホテル」に潜入し、北朝鮮のコマンドたちと壮絶な銃撃戦をする場面の描写である。 小説を読んでいて自分の心臓の高鳴りを感じることなど殆どないが、この場面の緊迫感は、それがただの活字のみで表現された媒体から受けるものとしては破格のものだった。 起こっていることは大事件なのに、章ごとに視点が変わり、読む者の意識が集中から散漫へ、ミクロからマクロへ飛んでしまうのが原因なのか、終始平板な展開が淡々と続いていく本作にあって、それは唯一の読みどころなのかも知れない。
by theshophouse
| 2007-12-08 13:37
| Books
|
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