僕がまだ子供の頃、家で飼っていた猫がいました。 名前はタマでした。 そんなに人なつっこい猫ではなかったように思います。 いいこのようにデブ猫で、塀の上を歩くのがことさら好きな猫でした。 タマの世話はうちのおばあちゃんがしていました。 うちの食事の残飯、いわゆるネコマンマを一日2回与えていました。 おばあちゃんはタマのことをとても可愛がっていました。
ある日タマが子供を5匹も生みました。 小さな僕は大喜びしましたが、そんな僕におばあちゃんが言いました。 「こげん育てられんけん、捨てに行くばい。」 ばあちゃんの突然の非情な言葉に僕は一晩中泣きわめいて抵抗しましたが、ばあちゃんの意志は固く、泣く泣く子猫たちを捨てに行くことになり、小さなダンボール箱に子猫たちを入れて出掛けました。 当時の僕はおばあちゃんに反抗することなどできない子供でした。 家から少し歩いたところに小さな川が流れていました。 おばあちゃんは岸辺まで降りて行くと、子猫を入れたダンボールを川に流したのです。 今思えば、「誰か育ててあげてください」と箱に書いて道端に置いてくることもできたのに、どうしておばあちゃんはあんな捨て方をしたのかよくわかりません。 しかしその時の僕は大泣きしながらも、子猫との別れを運命的なものとして受け止めていたように思います。 育てる人がいない猫は捨てなければならないものなのだ、とでもいうような。 おばあちゃんも残酷なことをするというよりは、昔から決められている「ならわし」を行なうように子猫を川に流したのです。 今でも、あのとき海に向かって(河口まではすぐでした)どんどん小さくなっていくダンボール箱から顔を出して無邪気にないていた子猫たちの声は忘れることができません。 どこかで岸に流れ着いて元気に暮らしていてくれたらどんなにいいか。 運良く誰かに拾われてこの世の生をまっとうしていてくれたらと思うばかりです。 それから十余年の月日が流れ、僕は就職して東京に出て来ました。 初めて住んだ街は狛江市というところです。 僕のアパートは狛江の駅から徒歩で10分ぐらいのところにありました。 僕の通勤ルートの途中にある駅前の一軒家にはなぜか10匹も飼い猫がいて、前を通るたびに庭先の猫の姿を見ることができました。 ある日福岡の友達が上京してきて僕のアパートに一泊することになり、僕は無理を言って得意先の軽のバンを借りて友達を羽田まで迎えに行きました。 今考えれば無理してクルマなど借りる必要はなかったのです。 ただ友達を東京見物に連れて行こうと思っただけなのでした。 羽田で友達を拾った僕は渋谷で二人で食事をした後、夜遅く狛江に戻って来ました。 まだ東京に出て来たばかりの僕は道もろくにわからないため、小田急線の線路沿いにクルマを走らせ、駅に着いてからいつもの通勤ルートを通って家に向かいました。 途中、例の猫の一軒家の前で何かがクルマの前を横切り、その瞬間タイヤが何かを踏んだ感触がありました。 まさか!と思い窓から顔を出すと、クルマのライトの向こうでびっこをひいた猫がよたよたと一軒家の暗がりの中に転がり込んでいくのがちらっと見えたのです。 スピードも出してはいなかったし、急ブレーキを踏んだにも関わらず猫をよけることはできませんでした。 避けられぬ事故だったのです。 しかしその夜は轢いてしまった猫のことが頭から離れず、しかもシングルベッドに友達と二人で寝たこともあって、ほとんど一睡もできませんでした。 次の日、一軒家の前を通ってみると昨日の猫が見当たりません。 僕はそれから毎日通るたびに立ち止まってあの猫を探してみましたが、もう二度と姿を見ることはありませんでした。 僕が人一倍いいこに感情移入するのは、こうした僕の過去が猫を哀れみ慈しむことを強いるからに他なりません。 僕にとってはいいこに特別優しく接することこそが懺悔と贖罪の行為そのものなのです。(1999/7/7出稿を再録) Vote for Design+Art Blog Ranking
by theshophouse
| 2004-11-22 00:54
| Iiko et Tama
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