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馬拉桑(マラサン)
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 これまでこのしょーもないブログをやってて、いいことなんてただの一つもなかったのだが、ついにあった!
 心ある方が前のエントリーを見て「そうか、それなら私がこの哀れなジジイに馬拉桑(マラサン)を送ってやろう」ということで、わざわざ台湾から送りつけて下さったのである。
 で、馬拉桑はいま僕の手元にあるというわけだ。 なんというレスポンス。 地球は狭い。 聞けば年内にも日本で発売されるとのこと。 便乗商法と言うなかれ。 これをスピンオフ・リキュールという。
 ただ、馬拉桑は粟が原料の醸造酒で正確に言うとリキュールではなく日本酒の親戚みたいなもの。 甘い口あたりの後に南国の酒特有の角が立った舌触りがある。 香りも強い。 その飲みやすさのあまりついつい飲み過ぎて「馬拉桑(酔っ払い)」になってしまうのだろう。  
 ちなみにバンドメンバーがコンサートの時に着たのと同じ「馬拉桑レプリカTシャツ」なんてものもある。 映画を知らない人が見たら単なるダサTである。
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by theshophouse | 2009-11-28 23:41 | Movie
海角7号 君想う、国境の南

 ※ちょっとだけネタバレありです。

 「海角7号」は2008年に台湾で大ヒットした映画。 それも台湾における外国映画を含む興行収入では「タイタニック」に次いで史上2位、台湾映画としては歴代1位という破格の大ヒットなのである。 今回縁あってその映画の試写会に紛れ込ませていただいた。
 最初にこの映画のことを知ったのは昨年で、たまたま覗いた台湾人の方のブログ上でのことだった。 そして、台湾が日本の統治下にあった時代の日本人教師と教え子であった台湾人女性の悲恋のエピソードを下敷きにした、現代の台湾人と日本人のラヴストーリーだということを知り、いつか日本で公開されることがあるならぜひ観てみたいと思っていたのだった。
 自国の映画ですら日本の帝国主義時代については悪しざまに描かれるのが普通だが、この物語において日本の統治時代はちょうど終焉を迎えるところであり、良くも悪くも一緒に国家建設に邁進してきた台湾人と日本人が日本の敗戦によって突然の別離の時を迎えることから、ノスタルジーという文脈の上で好意的に捉えられている。 外国映画で描かれる悪辣な日本兵が一面の真実であるように、これもまた一面の真実なのだろう。 もっとも、台湾においては同じように日本の統治下にあった満州や朝鮮とは明らかに異なる様相が存在した。 映画のパンフレットには平野久美子氏が寄せた次のような記述がある。

 厚生省援護局の資料によると、先の敗戦によって海外から日本に引き揚げた人々は、軍民合わせて六百二十九万七百二人という。しかし、いまだに正確な数字がわからないのは、ソ連占領区となった満州や樺太、三十八度線以北の朝鮮では殺傷、略奪、拉致、餓死が相次いだためである。それに比べると台湾は奇跡的だった。大きな混乱も無く、全部で四十万を超える日本人が、米国の貸与したリバティ輸送船などに乗り込んで無事に離台できたのだ。

 戦後60年が経過しても未だに歴史問題で日本との軋轢が絶えない中国や朝鮮半島。 一方で、時折尖閣諸島の領有権をめぐって散発的な小競り合いが伝えられること以外目立った対立点もなく今日まで良好な関係にある日本と台湾。
 同じように統治されていた国でこれだけの違いが生まれたのは一体何故なのだろうか。 それについて書き始めるととても長くなってしまいそうな気がするので省略するが、端的に言えば、日本人と台湾人のメンタリティーには重なる部分が少なくなかったということになるのかも知れない。
 しかしながら、そうした日台の過去と悲恋のエピソードは、あくまで物語全編に流れる通奏低音に過ぎない。 この映画は本質的にはラヴストーリーであり、コメディ仕立てのバンドムービーであり、様々な挫折を経験した人々が集まり、ひとつの夢を結実させる群像劇である。
 アミ族やパイワン族など原住民と客家人(本省人)といった、それぞれルーツの異なる現代の台湾人の寄せ集めにすぎなかったバンドのメンバーが日本人の友子(田中千絵)という存在を媒介として一つに溶け合っていく。 劇中の言語は台湾語、北京語、日本語のマルチリンガルだが、台湾語と北京語の違いがわかるように字幕が工夫されていて、日本人の観客が台湾という国の多様性を理解するうえでも助けになる。
 周到に練られたシナリオも目を引く。 バンドの監視役の友子を含めた7人の主要な登場人物。 友子の乗ったロケバスと接触?して怪我をした茂(ボー)じいさん(林宗仁)の代わりに郵便配達夫の職を得た主人公の阿嘉(范逸臣)。 阿嘉の手で60年の時を経て届けられる7通のラヴレターに記された「海角7号番地」という、今の台湾には存在しない日本統治下の旧住所の宛先。 いくつもの「7」の符合。
 売れない日本人モデル・友子と、戦後日本人教師(中孝介)と悲恋の末に別離した小島友子(梁文音)。 おそらくは当時の皇民化政策によって彼女に与えられた日本式の名前なのであろう。 ここでも「友子」が重なる。 監督によれば「小島」という姓にも小さな島である台湾という意味が込められているという。 となれば「友子」という名前にも友邦への思いが込められていることは想像に難くない。
 そしてコンサート当日。 スコールが上がった後、不意に空に架かる虹。 それは日本と台湾を隔てた海への架け橋を象徴するものであり、60年間届けられることがなかった手紙が橋渡しされる前兆でもあり、阿嘉と友子の気持ちが通い合う予兆でもある。
 決して泣くような映画じゃないと思っていたのに、ラストの「野ばら」の合奏に涙腺の堤防は脆くも決壊した。

 最後にやっぱりどうしても触れておきたいことが二つ。 ラストへの壮大なネタフリであることは途中から薄々感じられたのだが、過剰なまでのキレキャラを演じた田中千絵(トニー・タナカの娘)への評価は観る人にとって分かれるところだろう。 ただ、台湾の人が思い描く日本人像としては、やはり一通のラヴレターすら出すことができなかった日本語教師の姿がそれなのであり、そんな「奥ゆかしい」日本人であるはずの彼女がキレまくることで本来自己主張の激しいバンドのメンバーたちが逆にまとまっていくという役回りでもあったのだろう。
 また、地酒「馬拉桑(マラサン=原住民の言葉で「酔っ払い」の意)」のセールスマンを演じた馬念先。 一度見たら百人中百人の視覚野に深く刻まれるであろう人相と、事あるごとに「マラサン!」と商品名である酒の名前(それが劇中での彼の呼び名になってしまうのだが)を叫ぶ特異なキャラクターだが、実在するお酒だそうで、このうえはぜひとも台湾を訪れて一杯やってみたいと思うのである。

 12月26日、シネスイッチ銀座を皮切りに全国で順次公開予定。 公開されたらもう一度、今度はチケットを買って観に行こうと思っている。


海角七号 - 君想う、国境の南 -
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by theshophouse | 2009-11-27 01:06 | Movie
アニエスの浜辺 Les plages d'Agnès


 「アニエス・ヴァルダ、81歳 まだ旅の途中・・・。」
 「アニエスの宝石箱をひっくり返したら、こんなステキな映画ができあがりました。」
 いずれもこの映画の小さなパンフレットに書かれていた言葉。

 ベルギー、ブリュッセルに生まれ、第二次大戦の戦火を逃れて家族でパリへ。 美術学校に通い、当初写真家をこころざし、やがて映画を撮り始めたヌーベルヴァーグの時代。 ルポルタージュのため渡航した中国やキューバ。 ヒッピー文化華やかなりし頃のロサンジェルス。 フェミニズム運動への傾倒。
 端役ながら出ていたジム・モリソン。 エッフェル塔の前で無造作に詰め込まれたバーキンの中の私物をぶちまけるジェーン・バーキン。 まだ俳優として見出される以前、ただの大工だった頃のハリソン・フォード。 ただただ美しすぎるカトリーヌ・ドヌーヴ。 そして、かつて彼女の映画に出演した村人たちや隣人たち。
 彼女とその家族を起点として、自身が駆け抜けてきた時代を縦糸に、コミットしてきた人々の姿を横糸に織り上げられていく一枚の色鮮やかな布。 無限の広がりを見せるソシアル・ブックマーク。 それは彼女自身のモノローグであり、彼女が生きた時代と友人たちをモザイクのように散りばめた映画。
 かつて自分の家族が暮らしたブリュッセルの家を訪ねた時、鉄道模型の蒐集家である今のオーナーに興味を抱くシーン。 夫のジャック・ドゥミと一緒に訪れたロバート・ラウシェンバーグの個展のエピソード。 アニエス・ヴァルダはこの映画で、周到にかき集めたマテリアルを見事にアッサンブラージュしてみせる。
 今はインターネットによってスチールもムービーも映像作品はすべてMAD(二次創作物)にされる状況下にある。 それを否定的に捉えるか肯定的に捉えるかという問題はあるのだが、映像作家自身が自らMADムービーを作ってしまった例は未だない。 この作品をそうした文脈で捉えるのは一面的過ぎるのかも知れないが、この映画は、オリジナルの作者が過去の作品に新たに撮り下ろした映像を加えて自らつくりあげた極上のMADムービーということもできる。 そういう意味でこの作品は映画史上のメルクマールになるのかも知れない。


アニエスの浜辺 
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by theshophouse | 2009-11-19 01:22 | Movie
先行きの見えない二人
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 90分間胸元にレッドカード突きつけられっ放しのようなデザインの新ユニフォームでの初試合。 「世界を驚かす」っていうのはこれだったのかとちょっと考えたりもした南アフリカ戦。 試合が終わってもう何日もたつというのに今さら批評もないのであるが、正直試合内容について覚えていることと言えば、試合中絶えず聞こえていたあの巨大バエが乱舞しているような不快な音。 ブブセラという、これまたそのまんまなネーミングの南アフリカの民族楽器が奏でる音だそうで、闘莉王曰く、隣の選手と2メートルも離れると指示の声が届かなかったそうである。 きっと人間の話す声の周波数に近いのだろう。
 アウェイのスタンドというと圧倒的な大歓声やブーイング。 中東なら本来持ち込み禁止の拡声器でコーランをがなり、中国なら「シャオリーペン(小日本)!」の大合唱、韓国なら「テーハミング!ドドンガドンドン!」という浦和レッズの応援のパクリ、それぞれバカの一つ覚えの応援スタイルがお馴染みだが、南アフリカのブブセラ吹きっ放しの応援スタイルはプリミティヴでトライバルながらこれらアジア諸国より民度は高いのかも知れない。 その音圧に慣れてしまいさえすれば、ただただ見境なく吹かれているだけなので妙なアウェイ感は少ないのではなかろうか。
 もっとも日本でもJリーグが始まった頃にはチアホーンを吹きまくって応援していたものだ。 今となっては昔のトヨタカップの映像なんかが流れる時ぐらいしかその音色を聴くことができない。 チアホーンが禁止されたのは騒音問題であり、国立競技場で盛大に吹かれた時は慶応病院から苦情が来ていたそうである。
 ちなみに試合は両チームとも消化不良気味のドロー。 ヨハネスブルグで試合して、次は香港。 フットボール稼業も楽じゃない。 選手の皆さん、お疲れ様です。
 で、試合後のインタビューは鬼嫁に逃げられた?ことが発覚した直後の本田さん。 仮にも日本代表監督を前にして、現地はさして暑いわけでもなかったのにシャツの第3ボタンまで外し、さりげなくやさぐれ感を演出。 その開いた胸元にバツイチ男のフェロモンを表現、さっそく日本全国の妙齢の女性或いは第2の鬼嫁候補にアピールしたのかどうかは定かではないが、なんとも先行きの見えないツーショットであった。
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by theshophouse | 2009-11-18 01:37 | 蹴球狂の詩
ベルリンの壁崩壊から20年に思う
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 ドイツに行ったのは一度きりで、ずいぶん昔のことになる。 正確に言うと西ドイツ。 1986年のイースター(復活祭)の頃だった。
 父親が生前使っていたアディダスのダウンジャケットが今も手元にあるのだが、襟元のタグには「Made in West Germany」と記されている。
 当時のヨーロッパにはまだEU(欧州連合)などという言葉はなく、EC(欧州共同体)の時代だった。 陸続きのヨーロッパではクルマに「National Vehicle Identification Plate」という、そのクルマが登録された国籍を示すステッカーが貼られていて、当時の日本ではそのステッカーを単なるファッションとしてクルマに貼るのが流行っていた。
 ドイツで何かいいお土産がないかと探していた僕の目に止まったのがこのステッカーである。 言うまでもなく、Dの字を真ん中で分断している鉄条網はベルリンの壁を表現したもので、無論オフィシャルなものではなく、ポストカードの裏面がまるごとステッカーになっている他愛もないジョークグッズの類いである。
 そのベルリンの壁が崩壊して20年の時が流れた。 あの時代から世界は大きく変わった。 冷戦終結とともにソビエトやユーゴスラビアなどの連邦国家は民族ごとに独立し、ドイツのような分断国家は統一された。 今や冷戦による分断国家の残滓は東アジアにかすかに残るのみ。 それぞれ中国と台湾、北朝鮮と韓国だが、中国はもともと他民族国家ゆえに今でも毎日国内では各所で暴動が起きている。 台湾のみならず本来ならどうみてもソビエトやユーゴ型の連邦崩壊が世の趨勢、自然の摂理なのだが、中共の圧力でそれを無理やり制御しようとして内圧が極限まで増大しメルトダウン寸前の状態。
 朝鮮半島についてはもともと単一民族ゆえ、ベトナムのように血を流すか、ドイツのようにハプニングが契機となるか方法論は様々だが、21世紀の今に至っても未だに統一が成されていないというのは南北両国の指導者・支配層の無能の成せる業だろう。 各々が対日的には片や犯罪・タカリ国家、片やパクリ国家として互いのアイデンティティーを確立している。
 あらためて日本という国は地政学的にたいへん厄介な場所に存在しているものだと思う。
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by theshophouse | 2009-11-09 23:58 | Critique
追悼 レビィ=ストロースさん
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 クロード・レビィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)氏が亡くなられた。 101歳の誕生日を3週間後に控えた10月30日のことだった。
 僕は学生時代に卒論で建築デザインにおける記号論・言語学、さらにはポストモダニズムといったようなことをテーマに研究していたので、関連書籍としてレビィ=ストロースやロラン・バルト、ジャン・ボードリヤールやジャン・フランソワ・リオタールらの本をいくつか読んだ。
 いわゆるフランス構造主義はかじった程度だが、レビィ=ストロースの「悲しき熱帯」と「野生の思考」、ロラン・バルトの「明るい部屋」など一連の著作、ジャン・ボードリヤールの「消費社会の神話と構造」は今でも大切にしている蔵書である。
 なかでも「悲しき熱帯」と「明るい部屋」は以前からこのブログの右下のライフログにも載せているようにおすすめの作品。 バルトの「明るい部屋」は写真が好きな人には是非読んでみて欲しいと思う。
 「悲しき熱帯」はレビィ=ストロースがブラジルで大学教授をしていた頃のブラジル奥地の未開社会でのフィールドワークを中心に書かれている。 それ自体は民俗学や文化人類学のカテゴリーに入るものだが、言語学や社会学についての書物でもあり、そして何より優れた紀行文学である。
 以下、同書から印象的な一節を引用する。

 最後に、これほど多くの都市で、街を西に向かって駆り立て、東の地区に貧困と退廃を強いている作用の不思議な因子についても触れなければならない。恐らくこれは。太陽の動く方向は正であり、その逆の方向は負であるという、そして一方は秩序を。他方には無秩序を意味するという無意識の信仰を人類に原初から染み込ませた、あの宇宙のリズムの単なる表現なのであろう。

 確かに都市は西に発展する。 三蔵法師も西に向かった。 ヴィレッジ・ピープルもペット・ショップ・ボーイズも「西へ行け」と歌った。 それは都市というものが本能的に闇を恐れる人間の所産だからなのであろうか。
 次はインド、カルカッタ(コルカタ)での記述。

 旧世界のミイラになった町であれ、新世界の胎児のような都市であれ、われわれはとかく、物質上精神上の最も高い価値を都市生活に結び合わせ勝ちである。インドの大都会は一地帯を成している。しかし、われわれが欠陥として恥じるようなもの、癩病のように看做しているものは、この地帯では、ぎりぎりの表現にまで還元された都市生活の事象を形作っているのである。個人の群れ集り----それは現実の条件がどんなものであろうと、とにかく何百万という人が群れ集ることが存在理由であるような群集なのである。芥、無秩序、乱脈、雑沓。廃墟、荒屋、泥、汚物。体液、糞、小便、分泌物、漏出物。都市生活がそれに対する組織的な防禦であるようにわれわれが思っている一切のもの、われわれが嫌っているすべてのもの、われわれがあれほど高い代価を払ってそれから逃れようとしているすべてのもの、人間が集って暮らしているために生ずるあらゆる副産物、そうしたものがここでは限度に達するということがないのだ。それらはむしろ、町が繁栄するために必要な自然環境を形作っている。各々の人間にとって街路は、小路であれ路地であれ自分の「うち」なのであり、そこで彼は坐り、眠り、ねばねばする塵芥からさえ食物を摑みあげるのだ。街路は、人間に嫌悪を起させるどころか、これほど多くの人に分泌物や汚物で穢され、踏みつけられ、捏ね回されたというただその事実によって、一種の「馴化された」状態を獲得するのである。

 もちろんレビィ=ストロースがアジアに向ける視線は西洋人のそれだが、同氏が人類学者、思想家である以前に、類い稀な観察者であることがわかる。
 犬HKの「爆問学問」で、太田がこの「悲しき熱帯」の訳者でありレビィ=ストロースの弟子でもある川田順造氏を訪ねたことがあった。 レビィ=ストロースのファンなら垂涎ものの機会だったが、例のタメ口、相変わらず「俺」が主語の言葉遣いには辟易させられた。 まあ面白かったけど。 見逃した方はこちらを。

http://www.veoh.com/browse/videos/category/educational_and_howto/watch/v18551512MhN4WSpf

 ちなみにこのレビィ=ストロース氏、名前がリーヴァイ・ストラウス(Levi-Strauss)と紛らわしいため、時にジーンズ屋(リーバイス)と間違えられたという逸話があるが、実際にリーバイスの創業者とは遠縁に当たる(Wikipediaより)。

 レビィ=ストロース氏のご冥福をお祈りいたします。
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by theshophouse | 2009-11-05 01:00 | 号外



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