Top
<   2009年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧
すべてはハゲの思し召し
b0045944_0244061.jpg
 WBCのせいでこのところすっかり野球モードに入っていた僕にとって、今夜のバーレーン戦は正直モチベーションの持っていき方が難しい試合だった。
 降ってわいたような野球熱に覆われていた日本列島。 その一方で、前のオーストラリア戦から一か月半以上の空白期間があり、そもそも今夜のバーレーン戦がW杯最終予選のなかでどういう意味を持った試合なのかという意識がやや希薄になっていたことは否定できない。
 国内でのこの試合に対する関心もあまり盛り上がっているようには思えない。 中継するテロ朝も昼間にネタフリ特番まで組んで「バーレーンとは前回のアジアカップ予選で0対1で敗れている。 今日もし日本代表がバーレーンに敗れるようなことがあればW杯出場に赤信号!」と、盛んに最悪のケースを喧伝して煽る煽る(笑)。 しかも韓国と5度戦って最後に勝ったサムライジャパンになぞらえて「バーレーンとはこの一年で5度目の対戦! これまでは2勝2敗の五分と五分! 今夜完全決着!」ときた。 しかしそうして必死に煽られれば煽られるほど逆に心は冷めていく。 サッカーファンなら誰しも今夜の試合の重要性を痛いほどわかっているはずだからだ。 
 日本にとって今夜のホームでのバーレーン戦は、勝てば最終予選突破がほぼ確実になるし、ドローでも大勢には影響せず、負けてもまだどん底に突き落とされるわけでもない試合だった。
 つまりこの試合のキモはディフェンスである。 とにかく日本は負けなければ良い。 つまり、自分たちが点を取れなくても相手に取らせなければいいのである。 
 日本はゲーム開始直後、まだ相手がゲームに入ってしまう前に点を取ってしまおうとしゃにむに攻めに出たが、ゴール前を固めるバーレーンの守備陣に跳ね返されてなかなかシュートまで持ち込めない。 そのうち相手も落ち着き、日本もややスローダウン。 バーレーンも危ないところは全部3番のハゲが体を張り、スペースを埋めてクリア。 とにかくこのハゲが八面六臂の活躍で日本のチャンスの芽を全部摘み取っていく。 とりあえずこの試合のキープレーヤーに指定。 結果、スリリングなシーンもほとんどないまま前半終了。

 後半開始早々、玉ちゃんがドリブルでゴール正面に斬り込むと、やはり危険な匂いを察知したハゲがつっかけてファウル。 ゴール正面でのFKゲット! 俊輔とガチャさんがボールのそばに行くが、どうやら俊輔が蹴る模様。
 笛。 俊輔が小さく出したボールをガチャさんが止めたところをまた俊輔が左脚一閃。 ややカーヴがかかったボールは笛が吹かれると同時に飛び出してきたバーレーンDFのハゲの頭頂部に当たってループシュートのような軌道を描き、バーレーンGKが伸ばした手の上を嘲笑うように超えてゴールネットに突き刺さった。 言ってみればバーレーンDFのハゲのオウンゴール。 2006年W杯の最終予選の際、この夜もバーレーンの10番を背負ってたサルミーンがこの埼玉の同じゴールに豪快にブチ込んでくれたのと同じやつ。 ハゲにもサルミーンの闘魂が注入・伝承されていたらしい。
 そのサルミーン。 「バーレーン史上最高の選手」らしいが、この夜もピッチの上で虚勢を張るだけ。 砂漠の小国の10番風情が何を勘違いしたのか一丁前に日本の宝・俊輔に手を出してたが、ちょっと日本のサポ大人しくてナメられ過ぎ。 100人ぐらいが一斉にスタンドから飛び降りてサルミーンのドタマかち割るぐらいの殺気が欲しい。
 とにかく今夜はバーレーンDFのハゲの頭皮の死に絶えた?毛母細胞と皮脂の分泌量に感謝したい。 様々な条件が重なって俊輔のFKに適度な二次回転が与えられたからこそあのFKはゴールネットを揺らしたのであり、もしあのハゲに当たっていなかったらボールの方向にいち早く反応していたGKに止められていた可能性が高い。
 インシャラー。 すべてはハゲの思し召し。 名前はマルズークだって。 ハゲハゲ言ってゴメン。 ただ剃ってるだけだよね、きっと。 ありがとう!
[PR]
by theshophouse | 2009-03-29 00:36 | 蹴球狂の詩
祝!侍ジャパン連覇!と、韓国人がどこまでも韓国人だった件
b0045944_11282840.jpg
 日本のWBC連覇おめでとう!
 前回はボブ・デービッドソンとかイチローの発言を曲解して対抗心を剥き出しにしてきた韓国との戦いとかT豚S松下アナの反日実況など次々に燃料が投下されたせいもあって何度もエントリーをした記憶があるが、今回は比較的静かに見守っていたWBCだった。
 一番の見どころはやはりイチローである。 スロースターターのイチローは例年春先は低調。 本人も十分にそのことを自覚していて、調子が上がらないなかでもがき苦しむ姿を見ているのもまた興味深かった。 いつもはあまり多くを語ることのないその口がWBCとなると途端に饒舌になる。 発せられる豊穣な言葉の数々。 不発に終わった試合の後、絞り出される言葉の断片。 その仕草、振る舞い、すべてが雄弁にイチロー自身を語る。 3年ぶりに見る極めて「素」に近いイチローである。
 もうひとつの見どころはやっぱり韓国だろう。 なんたって5回も当たったのである。 特に準決勝のアメリカ戦が事実上の決勝戦だった日本にとって最後の韓国戦は罰ゲーム以外の何物でもなかったが選手たちはキレずによく頑張った。
 日本にとって勝って当たり前の韓国との試合からは得るものがない。 一方でアメリカに勝つことは日本野球の宿願である。 そういう意味で真っ向勝負を挑んでアメリカをうっちゃった準決勝は今回のWBC日本代表にとって一つの到達点であり頂点だったのだが、選手たちはそれに満足することなく決勝でも韓国に力の差を見せつけた。
 たしかに近年韓国の野球は力をつけてきたが、日本との力の差はいまだ歴然としている。
 2次ラウンドの1位・2位決定戦は日本も韓国もそれまで控えだったメンバー中心で臨んだ。 6対2と点差こそ広がらなかったが、日本15安打に対し韓国6安打だった。 ベンチにいる選手のレベルの差がはっきり出た試合だった。 ちなみに日本は韓国との5試合のうち安打数で下回った試合はひとつもない。 5試合の安打数を合計すると日本57本に対し韓国23本。 監督の采配次第では日本が5回勝っていてもおかしくない差である。 今大会はそれだけ日本の投打が充実していたということだろう。
 逆に言えば、今回そんな状況下で日本から2勝した韓国の戦術はしたたかだったと言える。 決勝戦も明らかに日本の一方的な展開なのに、日本の拙攻や自らの好守と勝負強い打撃で何とか持ちこたえて延長にまで持ち込んだ。 日本からすれば何度も韓国に引導を渡すチャンスに恵まれたのにあと一本が出ないジリジリした展開。 やはり「勝って当然」「負けられない」というプレッシャーが重しとなるのか、どうしても接戦になってしまう。

続きを読む
[PR]
by theshophouse | 2009-03-25 11:43 | 号外
ウィスキー&ウォッカ

 リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ
 リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ ベルが鳴る

 24時間マーケットじゃ 眠れない連中が
 Newsを話しにやって来る Newsを聞きにやって来る
 ダスティン・ホフマンみたいな 英会話の先生は

 ウィスキーを飲みながら ウィスキーを自慢してる
 デッカイ赤毛の野郎が ウォッカを片手に入ってくると
 話はしばらくとぎれちまった 話はしばらくしらけちまった

 ウィスキー&ウォッカ(×4)
 そのうちふたりは口ゲンカ ささいな事でつかみ合う
 最後にゃドンパチ始まった 大あわて 大あわて

 リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ
 リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ

 レジの男はチャイニーズで 昔からの友達さ
 いつもは静かなあいつも いつもと顔色変えていた
 救急車にパトカー 消防車までかけつけた
 誰かが警報ベルを 誰かがとうとう鳴らしたんだ

 ウィスキー&ウォッカ(×4)
 ますます騒ぎは広まって 国中あげてのにらみ合い
 アメリカ・ソ連に中国が 火を噴いた 火を噴いた

 ウィスキー&ウォッカ(×4)
 そのうちふたりは口ゲンカ ささいな事でつかみ合う
 最後にゃドンパチ始まった 大あわて 大あわて

 ウィスキー&ウォッカ(×∞)



 高校の頃、美大を受験しようと思っていた僕は、福岡は天神にある都久志会館のなかにあったデッサン教室に週一で通っていた。 その時、壁に貼られていたポスターでA.R.B.が地元である福岡で、しかもこの都久志会館でライヴをやることを知り、一も二もなく観に行ったのだった。
 当時の福岡には地元出身で東京でも成功したバンドがいくつかあった(ロッカーズ、ザ・モッズ、ルースターズ)が、とりわけ僕が好きだったのが石橋凌率いるA.R.B. (アレキサンダー・ラグタイム・バンド)だった。 なかでも、やはり田中一郎がギターを弾いていた初期のサウンド。 アルバムで言うと「W」ぐらいまで。
 その後、親友であった松田優作の死後、「松田優作の遺志を継ぐため」に石橋がA.R.B.を解散した時には正直「それはないだろ」と思ったものだ。
 「ウィスキー&ウォッカ」は初期の名作。 映像を見てもわかるように、「ウィスキー!」の時には指三本(W)、「ウォッカ!」の時には指二本(V)のポーズが懐かしい。
 歌詞に込められたメッセージには様々な解釈があるだろうが、当時まだ冷戦下にあった米ソの対立の狭間で狼狽する中国を揶揄した内容とも言われる。
 当時と比べ、国際社会における中国のプレゼンスが比較にならないほど増した今この曲が書かれていたら、そのタイトルは「ウィスキー&ラオチュー」で、揶揄された側はロシアだったのかも知れない。
 ほぼ全編がラップで構成されているこの曲。 今聴いても古さをまったく感じさせない。 田中一郎のギターってやっぱりカッコ良かったなあ。
[PR]
by theshophouse | 2009-03-15 11:57 | Sounds Good
マスゴミ雑感
b0045944_21105021.jpg


 僕もいい大人である。 奇しくも東京大空襲から64年、チベット動乱から50年、松田聖子47歳の誕生日にあたる昨日、43歳になった。
 だからといって酸いも甘いも噛み分けたとまでは言わないが、それでもテレビというものがどういうものかはだいたいわかっているつもりだ。 だからこの伊集院のぶっちゃけトークを聞いても「まあそんなところだろう」ぐらいにしか思わないが、スーパーモーニングという番組の顔である赤江珠緒アナウンサーが、3月9日月曜日の出演時、鳥越らがバカの一つ覚えの小沢擁護を展開するなか一人小沢批判をした後、この火曜日からいかにも唐突な「冬休み」に入り、スタジオから姿を消してしまったのは気になるところである。 いいですか? 「火曜日」ですよ、火曜日。 週始めの月曜日じゃなくて、火曜日から「冬休み」です。
 彼女はもともと大阪朝日放送からの出向であり、テロ朝に純粋培養された他のアナウンサーとは違って、テロ朝の「社風」に染まらぬまま昨年春からフリーの身となっている。 そのあたりが今回の「世間一般と同じ目線」での至極まっとうな小沢批判に繋がったのだろう。
 僕が見ている限り、赤江アナはこの小沢問題が持ち上がってからというもの、スタジオに居並ぶ脳までガンが転移した鳥越俊太郎みたいな似非ジャーナリストや森永卓郎のような変態キモオタ要プロアクティブ100年分軽罪ジャーナリストの「国策捜査」発言や小沢擁護発言に対してやんわりと疑問を呈し、番組の司会者として常に毅然とした態度をとってきた。
 先頃、「オフレコ」の記者懇での「政府高官」の自民党議員への捜査の波及を否定した発言。 その発言の主を「民主、漆間氏とみて追及」と民主党に転嫁する巧妙なやり方で暴露したのは朝日新聞であり、それは漆間氏の発言をことさら大きく取り上げることで、本来追及されるべき小沢氏への嫌疑を矮小化しようとする試みにもとれる。
 系列会社だけあってさすが首尾一貫した思想統制だが、朝日としては伊集院みたいな外部の「反動分子」にまできっちり「オフレコ」を徹底しておくべきだろう。
[PR]
by theshophouse | 2009-03-11 21:32 | Critique
続・ヤンキーマーケティング
 先日テレビを観ていた時のこと。 アカデミー賞を受賞した映画「おくりびと」の舞台となった山形県鶴岡市内の古びた銭湯に続々と観光客が詰めかけている様子が紹介されていた。
 銭湯をバックに嬉々として記念写真を撮る人を見た妻がポツリと言う。
 「この人たちヤンキーだよね」
 確かにそうだ。 前回のエントリーで、ヤンキーマーケティングという概念の出発点にさかのぼるあまり、僕は大切なヤンキーのキーワードをいくつか書き忘れていた。 そのひとつは「感動」である。 前出の友人に言わせれば「感動をありがとうな人たち」となる。
 ヤンキーを突き動かすもの。 それは感動だ。 とはいえ、人を感動させるのは容易ではない。 どうすれば人を感動させることができるのだろうか? 先日読んだ「小さな会社のブランド戦略」という本のなかにそのヒントがあった。 それは「感動屋さんになる」ということ。 ちょっと抜粋してみたい。

 たとえば、町のケーキ屋さんに行ったとき、棚に予約のバースデーケーキが並んでいたとします。 それを見て、「あぁ、今日は自分にとっては何でもない日だけれど、誰かにとっては特別な日なんだなぁ・・・」と感動できる能力は、人の心を揺さぶるようなビジネスを展開するブランドオーナーになる上で、とても大切です。 受け手が感動するようなモノやサービスをつくるためには、売り手・つくり手である私たちも、どんな小さなことにも感動できるような感受性を持っている方がよいのです。

 要するにヤンキーマーケティングを制するには自らがヤンキーになるしかないのである。 パートタイム・ヤンキーではなくフルタイム・ヤンキーに。 これは難しい。
 自分で言うのも何だが、ただでさえドライな現代の都市生活者である。 日頃から半ば強制的にでも「感動癖」をつけていないと、そう易々と感動なんて・・・。
 ふたたびテレビに目を移すと、今度は同様にアカデミー賞効果で盛況が続いている「おくりびと」を上映している映画館の話題。 映画を観終わった客が次々インタビューに答えている。 なかには目を潤ませながら、亡くなった自分の身内と映画のシーンを重ねて嗚咽を漏らす方も。
 「感動」という心の動き。 そこには何らかのメッセージの送り手と、そのメッセージの受け手がいて、メッセージの受け手が一方的に「感動」するのではない。 先に引用した本にもあるように、受け手を感動させるには送り手の側も感動していなければならない。 さらに、受け手の側も100%受動的に「感動させられた」というよりは、「感動したい」という能動的心理がどこかにある場合も多い。 イメージとしては送り手と受け手の間にある感動という到達点に、両側から意識が線状に伸びてきて、それが繋がった時に起こる作用が「感動」というものなのだろう。
 
 ここまで書いて、前回はまだ五里霧中だったヤンキーマーケティングの輪郭がだいぶ浮かび上がってきたような気がする。 問題はどう感動に繋げていくかだ。
 ヤンキーが何に感動を覚えるのかという部分について、前回は「不完全さ」というものを挙げたのだが、先日僕にヤンキーマーケティングを教示してくださった友人から助言があった。 それは「ベタ」というキーワード。 「ベタさのさじ加減がヤンキー魂に呼応する」のだと言う。
 ヤンキーの感動を呼ぶベタさのさじ加減。 いつになるかわからないが、次回はヤンキーマーケティングの具体例を示しながら、さらに深くヤンキー魂に斬り込んでみたい。
[PR]
by theshophouse | 2009-03-06 00:24 | Critique



思うところを書く。
by theshophouse
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
Critique
Asian Affair
蹴球狂の詩
Odyssey
Photographs
Iiko et Tama
Non Category
Food
Mystery
Design
アジア人物伝
Alternative
Books
Movie
Sounds Good
昭和
モブログ日報
F1
号外
Profile
以前の記事
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2001年 10月
フォロー中のブログ
国境の南
osakanaさんのうだ...
青いセキセイインコ推定4...
THE SELECTIO...
V o i c e  o...
わしらのなんや日記
90歳、まだまだこれから...
午前4時から正午まで
藪の中のつむじ曲がり
PISERO しゅうまい...
最新のトラックバック
エス東京オフィス
from はるの日常
才色兼備な「タイのセレブ..
from Boochanの宝探し
チベットでのジェノサイド
from わしらのなんや日記
経済別に選びたい放題!チ..
from Boochanの宝探し
IKEA for ママゴト
from わしらのなんや日記
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧