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リアルカタールが仮想カタール以下だった件
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 試合に先がけて行われた国歌斉唱。 カタールのなかには国歌を歌えない選手が何人かいた。 南米やアフリカからの帰化選手の多いカタールならではの光景だが、それが象徴していたかのようにチームとしての一体感を欠いていた。 終わってみれば、直前の試合で日本が「仮想カタール」と位置づけたシリアは、力量からいってまさに仮想敵として適格だった。
 しかしながら日本が完勝したのは、カタールが前評判を覆すショボいチームだったことよりもむしろ日本の出来が良かったからである。
 一言でいえば、カタールは日本のパス回しにまったくついてこれなかった。 下がり目でゲームをコントロールした俊輔とボランチの遠藤と長谷部を中心に、ピンチの芽を早めに摘み取って中盤を制圧。 カバーリングも徹底しており、闘莉王と寺田のセンターバックのいずれかが危険な1対1の状況に陥ることはなかった。 特に遠藤や俊輔に比べるとまだプレーにムラがある長谷部の出来が素晴らしかった。 時に繋ぎ役に徹し、時に体を張り、時に決定的なパスを出し、ボランチとしてほぼ完璧な仕事をした。 この試合のMVPの一人に挙げたい。
 僕が危惧していた寺田については、やはりパスミスが多く、ヘディングも安定せず、見ていてヒヤヒヤさせられたが、それでもマーカーとしての役割はどうにかこなしたのではないだろうか。 何よりシリア戦で連発したファウルを取られなかったのは良かった。 内田と俊輔もたびたび戻って良く寺田をサポートしたと思う。 この経験を次に生かして欲しいものだ。
 前線の3人は素晴らしかった。 特に田中達也と玉田のゴールは賞賛に値する。 いずれも決して簡単なゴールではなかったが、点が入る時というのはこんなものだ。 惜しみなく動いて前線をかき回した田中達也にカタール守備陣は明らかに混乱していた。 また、ワンタッチ、ツータッチのパスが小気味よく回った今夜の日本の中盤において、時折深いところからでもドリブルを開始して強引に縦に抜けようとする玉田の動きも非常に効果的だった。
 岡田ジャパンとしてはベスト・ゲームと言っていい内容だったわけだが、欲を言えば両サイドの内田と長友にもう少し攻撃面で魅せて欲しかった。 ただ二人ともアウェイということで守備に軸足を置いてプレーしていたのだろう。 なんだかんだ言って、最終予選3試合目にして初の無失点への彼らの貢献度は大きい。
 ボールがよく走るピッチコンディション、意外にマトモな笛を吹いた中国人の審判団、中東名物の拡声器でがなるコーラン?みたいな歌もなく、金持ちばっかり集まった?せいか妙にお行儀良く、白いアラブの正装に身を包んだ男たちは限りなくシートに一体化して存在感や圧迫感は皆無。 つまりアウェイ感が限りなくゼロに近い状況だったことも日本に味方したと言っていい。
 まったく盛り上がるチャンスすらなかったせいもあるのだろうが、オイルマネーで潤った中東の小国の人々は敗戦をただ淡々と、アッラーの神のおぼし召しのように受け入れているかのようだった。 ことフットボールに対する飢餓感という点では、数が少ないながらも日本から弾丸ツアーで現地に乗り込み、スタンドの一角を占めたサポーターの方がはるかに勝っていた。 彼らの思いが選手たちを後押ししたのは疑いようもない。
 闘莉王の「練習通り」の3点目の後は実に中東らしいダーティーなプレーが目立つようになり、カタールは完全に自滅した。 オーストラリアに0対4、日本に0対3と連敗したことで、選手同様キレやすい中東の国カタールのサッカー協会のパトロンが、就任間もないブルーノ・メツをクビにするようだとカタールはさらに迷走し、このグループの3位どころか草刈り場になる可能性すらある。
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by theshophouse | 2008-11-20 04:36 | 蹴球狂の詩 | Comments(0)
仮想カタール(笑)に仮想勝利
 次のアウェイでのカタール戦は最終予選前半の大一番である。 そういう試合の直前に行われた今夜の親善試合だったのだが、通常こういうケースでの親善試合に見られるマッチメイクは、数日後に対戦する相手と似たようなタイプの相手であり、なおかつその相手よりはいくぶん力の落ちる相手であることが多い。 願わくばできるだけ多く相手のゴールネットを揺らし、点を取る感覚を体に刻みつけて敵地に乗り込むという、いわば景気づけの壮行試合的なものである。
 ただ、今回は直前に楢崎と中澤が故障で離脱し、ディフェンス面では不安を抱え込むことになってしまった。 楢崎については川口という経験豊かで実力も遜色ないバックアッパーがいるが、これまで日本のディフェンスの屋台骨を一人で背負い、なおかつセットプレーにおいてはストライカーの役割も担ってきた中澤の代役となるとそうはいかない。 現状では阿部と闘莉王が組むことになるだろうが、コンビネーションは未知数だし攻撃面での迫力低下は否めない。 必然的に寺田や高木に注目が集まった今夜の試合だったが、寺田は不用意なファウルが多過ぎるし、高木は何が評価されて代表にいるのかすらよくわからない。 二人のいずれかがカタールでピッチに立つようなことがあれば、日本のピンチが増えることになるだろう。
 特に後半は、もう少し歯ごたえのある相手であれば日本は更に失点を重ね、ディフェンスの脆弱さがより露わになっていたはずである。 快勝するのもいいが、膿を出し切り、課題を整理してから敵地に赴くこともまた重要である。 そうした意味で今夜のシリアは「仮想カタール」としてはあまりに力不足だった。
 攻撃面では長友が出色だったが、逆にいうと長友にあれだけスペースを献上してしまうシリアの側に問題があったと見るべきで、逆にこのところ攻撃参加が目立っていた内田は抜くことにこだわりすぎて効果的なクロスはほとんど上げられなかった。 ただ、今夜のように長友のサイドに攻撃が偏る時、内田は或る程度バランスに気を配らなければならず、そのへんは差し引いて評価すべきなのだろう。
 また、岡田監督に偏愛されてる香川だがこの日も不発。 W杯最終予選は一人の若者の確変を気長に待つための場ではない。 そのために貴重な一人の枠をこれ以上浪費するぐらいなら、新たなセンターバックの人材を追加した方がいい。
 今夜は大久保を2列目に置いた4-2-3-1だったが、カタール戦ではここに遠藤、中村俊輔、松井、長谷部らが加わってくる。 ポイントはボランチの組み合わせで、遠藤と長谷部、或いは遠藤と中村憲剛なのか、これによって岡田監督が意図する戦い方がある程度見えてくるのではないだろうか。 また、このところ自分のチームで試合に出ていない松井の状態がどうなのかも気にかかる。 中村俊輔がピッチに「コア」として存在することで彼を経由するボールが増え、それが時としてもたらす他のプレイヤーの「とりあえず俊輔に預けとけ」的思考停止を防ぐためにも、彼には攻撃の起点を分散させる「ハブ」としての働きを求めたいところだ。
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by theshophouse | 2008-11-14 01:30 | 蹴球狂の詩 | Comments(2)
ダライ・ラマ法王 色即是空 空即是色
 ダライ・ラマ法王猊下の東京公演「心の本質は光」に行ってきた。 場所は両国国技館。
 席に座って開演を待っていると、いきなり目の前に一粒のキャラメルが差し出され、思わず隣の人を見たら、そのまた隣の人からのおすそわけであった。 一目見てチベットの方だとわかる顔立ちだった。 会場には外国人(特定アジア人を除く)も多かった。
 登壇された法王は来日される直前に胆石を除去する手術を受けられており、健康状態が心配されたが、思いのほかお元気そうであった。 まさか法王が中国産の粉ミルクなど口にする機会はないと思うが、何しろ代わりのきかない存在ゆえ、十二分注意していただきたいものである。 中国産のメラミン入り粉ミルクは胡錦濤が責任を持って一人で全部飲むべきだ。

 話は専門的かつ難解だった。 以前読んだ法王の著作はたまたま比較的平易に書かれていて理解できたものの、今日の講話は英語以外にサンスクリット語の口述も多く、法王自身もすぐそばに座らせた側近の僧侶(彼の英語は聞きとりやすかった)に一語一語確認しながら正確に話すことを心がけておられたように見えた。
 内容が内容だけに、法王もある程度まとめて話をされ、それに続いて通訳の方が長いセンテンスを一気に翻訳するので、その間法王はどうしても手持ちぶさたになってしまうのだが、その時間を「利用」して観客に手を振ったり、頭につけたヘッドセットをいじってみたりと、なかなかおちゃめな感じだった。
 最初の頃こそ僕の稚拙なリスニングでも法王独特のチベタン・キングス・イングリッシュが理解できたものの、話が次第に専門的になっていくにつれてついていけなくなってしまった。
 チベットの政治と宗教の指導者であり象徴であるダライ・ラマ14世。 我々日本人はそうした法王に対しついつい何らかの超自然的な力の存在を期待しがちだが、法王自身は極めて科学的かつ実証的であり、そういう手合い(超自然的な力の持ち主)についてはその多くが危険な存在であり、そうした人物については常に懐疑的な立場であると言われた。 また法王は自身についても「just human being」という言葉を用いて自分は何ら特別な存在ではないと話された。
 しかしながら、そうした話を聞かされる側の我々はというと、何故だかわからないが頬が緩み、自然と笑顔になっていく。 むろん法王自身は否定されるが、そこに何らかの癒しのパワーを感じ取る人々は多い。
 2時間に及ぶ講話が終わり、質疑応答の時間が設けられた。 法王自身のご提案もあって、質問者は演壇の前に長蛇の列をつくった。 その数延べ30~40人ぐらいだろうか。 当然すべての質問者と対話する時間もなく、どうするのか見守っていると、結果的には最初に列の先頭に並んだ5人までの質問をお受けになられたのだが、その2番目に並んでいたのがこの男だった(写真はクリックで拡大します)。
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 彼が国士なのは先日の園遊会での天皇陛下との話などから誰しもが知るところだが、その発言は時に宙を彷徨うこともある。 心配とまではいかぬものの、彼が法王にどのような質問をするのか会場全体が注視するなか、彼はこれからの自分の進路について「自分で決めた方向に邁進するのがいいのか、それとも長いものに巻かれた方がいいのか?」という、要は新宿の母にでも訊けばいいようなことを言ってのけて会場中を失笑の渦に巻き込んだのであったが、法王はそうした質問にも仏教の教義に照らしながら「他人の意見を聞くことも大切だが、究極的には自分一人で突き詰めて考えて決めることが大切である」というようなアドバイスをされた。
 最後に何人かの著名人が法王に花束を贈呈する時間が設けられたのだが、当初主催者側が彼にはその時刻に会場入りしてくれればいい旨伝えていたにも関わらず、最初から講演を聞き、質問者にもなってしまったのだという。 どこまでもスタンドプレーが好きな男である。
 ちなみに著名人の中には湯川れい子さん、下村満子さん、三好和義さん、木内みどりさん、そして先ほど法王に直接質問をする栄誉に浴したばかりの元柔道家・石井慧の姿があった。
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 晩秋の両国の空に日章旗と雪山獅子旗が翻っていた。
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by theshophouse | 2008-11-06 22:33 | アジア人物伝 | Comments(2)
トータス松本とバラク・オバマにみる戦略としての同音反復
 昨年、ZARDの坂井泉水さんが不幸にも若くして亡くなられた時、ファンの方々から一様に聞かれた言葉で、「私(僕)はかつてあの曲に勇気づけられた、励まされた。」というのがあった。 
 こういう経験ってふつう誰にでもあるものなのだろうか?
 僕にはそういう経験がまったくない。 たぶん人よりドライな人生を送っているのだろう。 心が乾いているのだろう。 そう思い至ったところで妻にも聞いてみた。

 「あのさー、ちょっと聞きたいんだけど、誰かの曲に励まされたことってある?」
 「ない。」

 即答だった。 似たもの夫婦ここにあり、である。
 もちろん音楽そのものが嫌いなわけじゃない。 思わず口ずさむような曲もあれば、映画のワンシーンが脳裏に浮かぶ大好きな曲もある。 音楽が気分を高揚させてくれることもある。 でもそれによって励まされることなどなかったのである。
 「音楽に励まされた」人たちはどのように励まされたのかというと、多くの場合はその歌詞に込められたメッセージとメロディによって励まされているようである。 つまりはその曲に感情移入できることが必須条件となるわけだが、僕の場合、日本語の歌詞に込められたメッセージはむしろ感情移入を妨げる。
 いわゆる「応援ソング」の歌詞にはストーリーがあるので、或る特定のシチュエーションが設定され、そこで何らかの苦境に陥っている主人公がいて、その主人公を叱咤激励するという三段構成になっているものが多いのだが、個人的にはそんな舞台装置に立たされるのが「面倒臭い」と思ってしまうのである。

 そんな僕だが、例外的に励まされる曲がある。


 むしろ歌詞なんぞに何らのややこしい状況設定など何もなく、ただただ「ガッツだぜ!」の一語を反復され続けるこの曲の方が僕にとっては心を動かされる。 たぶんそれには心理学的な裏付けがあって、伝える側が一番伝えたいメッセージをただ単純に繰り返すことで、伝えられる側の意識下におそらくは「刷り込み」に近い効果をもたらすものなのだろう。
 こういう単純な反復による刷り込みは意識下に作用するから厄介だ。 なにしろ常日頃「曲に励まされることなんてない」などと大見栄切ってる人間でも易々とその罠に嵌ってしまうのである。 伝える側にはその効果について熟知し、用法を誤らないことが求められる。
 傍から見れば「CHANGE !」とか「YES, WE CAN !」とかをただ連呼してた印象しかないバラク・オバマも然り。 彼の支持が黒人はもちろんのこと、アジア系やヒスパニックにまで幅広く及んだことは、よく言われる彼の演説の上手さもさることながら、その主張の単純さと反復性が、良く言えば人々にメッセージを強烈に刷りこみ、悪く言えば集団催眠にかけるような効果をもたらしたからだと思う。
 もっとも、もし自分がアメリカ人だったとしても、ベトナムのヒーローとはいえ脳細胞の硬直化が懸念され、どこかコメディ映画の主人公然とした御年72歳のロートルと、ハーバードのロースクール出の才気溢れる47歳のどちらを選ぶかと問われれば、それは自明のことだったかも知れない。
 洋の東西を問わず、民主党と名のつく政党にロクなものはないが、新たなアメリカのリーダーが現在の金融危機をはじめ、落日ぎみの超大国に山積する諸問題にどう立ち向かっていくか、生暖かく見守っていきたいと思う。



 「サムライソウル」はいい。
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by theshophouse | 2008-11-05 23:33 | Critique | Comments(2)



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