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ターンテーブル
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 最近ターンテーブルを買った。 Victorのやつでボディが木製でダイレクトドライブの重厚なやつを持つには持っているのだが、フォノイコライザーの具合が悪くなったので、この際デスクトップに置けるものを新たに買うことにしたのである。
 このご時世にターンテーブルなんて売っているのかしらと探してみると、なんのなんの。 天下のTechnicsから聞いたこともない怪しいメーカーまで百花繚乱、上は数十万もする高級機種から下は1万円でおつりがくるものまでなかなか充実のラインアップなのである。
 デジタル時代を反映してか、パソコンのUSBに直接繋げられ、しかも取り込んだアナログ音源をWAVやMP3ファイルに変換するソフトまで同梱されているものもある。 これなら自分の持っているレコードの音源をipodに落とすという果てしなく面倒臭そうな作業も楽勝だ。 当然ながら、ターンテーブルの世界も僕の知らない間に着々と進化しているようである。
 選択の基準としては、スクラッチをするわけでもない(笑)のでベルトドライブでOKなのだが、テーブルの上に置くので場所を取るフォノイコライザーは内臓されているものがいい。 デザインはもちろん価格も手頃なものがいいし、Made in Japanが望ましい。
 結局選んだのはVestaxのターンテーブル。 世田谷区の若林にある本社は今住んでいる用賀からも近い。 決して「ご近所つながり」で選んだわけではないが、クルマで本社の前を通るたびに「Vestax」のロゴの刷り込みを受けていたことは否定できない。
 部屋にベスタクスが来て以来、古いレコードを引っ張り出しては聴いている。 その昔タワーレコードで買い集めたブルーノートやプレスティッジ、ヴァーブの名盤は時代を感じさせないし、90年代のNU GROOVEやSTRICTRY RHYTHMのハウスは、若かりし頃クラブ通いをしていた時代の忘れ形見である。
 スペクトラムとかスネークマン・ショー、クラフトワークも長い眠りから覚めて日の目を見た。 どうせ何処にも出掛けぬ寝正月。 この際久々に黒盤に針を落としてみようと思う。
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by theshophouse | 2007-12-31 02:04 | 昭和 | Comments(2)
横山秀夫中毒者の独白
b0045944_2232298.jpg 横山秀夫の警察小説に完全にハマってしまった。 もう他の作家を読む気すら失せてしまった。
 『クライマーズ・ハイ』を読んでからというもの、その魅力に取り憑かれ、既に文庫化された数々の横山作品を読み耽っている。
 映画化された『半落ち』に『出口のない海』、三ツ鐘警察署に勤務する7人の男を7つの事件で切り取った『深追い』、D県警本部の内幕を活写した『陰の季節」、珠玉のオムニバスである『動機』、F県警の3人の刑事の覇権争いを描いた『第三の時効』、期せずして事件に巻き込まれていく市井の人々の心理を描いた『真相』、終身検死官の独創的な推理と生き様を綴った『臨場』。 どれも読む者の心を捉えて離さない。
 なかでも、F県警捜査一課・強行犯捜査一係の一班の朽木、二班の楠見、三班の村瀬という、それぞれに強烈な個性を持ち、各々がまったく違ったアプローチで事件の真相に迫る三人の刑事の姿を描いた『第三の時効』は出色である。
 また、「終身検死官」の異名をとるL県警捜査一課調査官・倉石を主人公に、その非凡な鑑識眼と組織に囚われない生き方を描いた『臨場』も爽快な読後感をもたらしてくれる。
 横山秀夫の警察小説は、警察小説でありながら捜査の第一線に立つ刑事や捜査員が主人公になることは稀だ。 そのことが彼の警察小説を彼の作品たらしめている。 彼の多くの作品で主人公になるのは警察という組織のなかでは裏方的な警務課など管理部門の人間である。 そこに派手な事件や突飛な謎解きはなく、日常から滲み出てくるような、それでいて生半可な推理では及びもつかない結末が待っている。
 先に取り上げたのは、そんな横山作品のなかにあって捜査員が主人公となっている作品であり、僕にとって最も印象的だった二作品である。 他の横山作品同様、いずれも短編集のスタイルをとってはいるものの、収録されているいくつかのエピソードには連続性があり、一冊で完結する構造になっている。
 並行して読んでいた村上龍の『半島を出よ』とついつい比較してしまったせいかも知れないが、村上のそれがただ単に情報を積み重ね、てんこ盛りにすることで重厚にする足し算の手法なのだとすれば、横山の場合それは用意周到に練られたプロットを、漆黒の闇という塊から鋭利なナイフで削り出して成形していくような引き算の手法と言えるのかも知れない。
 そのことは物理的に検証することができる。 両者の本をパラパラと見比べてみても、『半島を出よ』が膨大な活字で埋め尽くされ、紙に余白が少ないのに対して、『第三の時効』や『臨場』は余白が目立つ。 例えばアップテンポな曲をつくる時、一定のシークエンスの中に音符をたくさん置くだけではスピード感はでないものだ。 むしろ休符を上手く使うことでそれが可能になる。 一切の虚飾を廃し、行間に豊穣な思いを封じ込めた横山文学に感じるのは、そんな「引き算の美学」である。


ホルモンでーす(ドラマと映画の比較)
クライマーズ・ハイ(映画のレビュー)
クライマーズ・ハイ(小説とドラマのレビュー)
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by theshophouse | 2007-12-19 22:34 | Books | Comments(0)
クリスマスツリー
 ヨメにIKEAでクリスマス用のモミの木が1,990円で売っていると教えられ、先週「同業者」としてのプライドなどかなぐり捨てて、臆面もなく買いに行った。 もっともこの場合の同業者はインテリアの店のオーナーではなく、植木屋が正しい。
 このモミの木、ただ売られているわけではない。 シーズンが終わり、来年の1月の指定された期間に店で引き取ってくれるというのである。 しかもその際に1,990円分のギフトカードが貰えるという、年末売り上げノルマ達成のための捨て身の作戦とも慈善事業ともバラマキ政策ともとれるようなキャンペーンなのだが、この際騙されたと思って乗ってみた。
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 元来、自宅にクリスマスツリーなどというガラでもない。 従ってモミの木というものと接する機会もそうはないわけだが、さすがに生木は香りがいいものだ。
 専用のスタンドを490円で購入。 残念ながら、こちらは来月店に返却してもキャッシュバックされることはない。 極論するとこのキャンペーンは、この専用スタンドに1,500円分のギフトカードをつけてタダで配っているようなものである。
 北欧の人が考えることはよくわからない。
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 で、ヨメが飾り付けた「使用中」のツリーがこれ。 いつもは奥にあるフェイジョアの鉢植えに使っている照明を移設してライトアップしてみた。 シックにするため、一般的なイルミネーションは敢えて使わないとのこと。
 東京の街中にも様々なクリスマスツリーが見られるが、僕が見た中で一番印象的だったのは、青山のエイベック○本社ビルの前に立っていたツリー。
 運んだ人、飾り付けた人、乙。
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by theshophouse | 2007-12-13 01:25 | Non Category | Comments(2)
半島を出よ
b0045944_13274048.jpg 実は村上龍は久しぶりに読んだ。 もしかしたら学生の頃、「コインロッカーベイビーズ」とか「愛と幻想のファシズム」とか「海の向こうで戦争が始まる」とか読んで以来かも知れない。 ここに挙げた三つの小説もどういう話だったかすら完全に忘れた。 ただ本のタイトルだけが、長いこと僕の部屋の本棚を飾っていた背表紙のタイポグラフィーだけが、映像の記憶として残っているに過ぎない。 村上龍に限らず昔読んだ本の多くはそんなものだ。
 そんな僕が「半島を出よ」を読んでみようと思ったのは、故郷である福岡が北朝鮮のコマンドによって占拠されるというフザけた話だと聞いたからである。 文庫化されるのを待って購入。 もとより文庫にならないようでは読む価値もない。
 或る日、北朝鮮から「反乱軍」を装って福岡ドームを急襲したコマンド。 平和ボケの日本政府は即時対応できず後手を踏み福岡を封鎖。 北朝鮮のコマンドは後続部隊も加わって周辺一帯を制圧。 福岡は事実上北朝鮮のコマンドの自治領となる。
 上下巻から成る大作だが、正直上巻は退屈の極みだ。 ストーリーは全体を二つのフェイズ(局面)に分けてあり、それぞれのフェイズはほぼ時系列で更に小さな章に細分化され、それぞれ章において物語の語り部も川崎のホームレス、北朝鮮のコマンド、中央官僚、新聞記者、福岡のホームレスとめまぐるしく変わる。
 上巻が退屈の極みなのは、北朝鮮のコマンドたちが延々と回想する北朝鮮での過酷な現実の描写だ。 作者はこの作品の取材時に韓国に渡り、実際に元北朝鮮のコマンドだった人間にも会って話を聞いたそうだが、かの国についての報道が毎日のようにテレビの電波に乗り、お茶の間でもある程度の知識を得ることができる今日、山梨学院大学の宮塚教授のような北朝鮮マニアならずとも、そこにこれといって新しい発見をすることは難しい。
 僕にとっては単なる贅肉としか思えないような描写が微にいり細にいり延々と続く。 やがてページを繰ることすら苦痛になってくる。 何度も読み飛ばしたい衝動に駆られながらも何とか乗り切った。 読後感じたのは「贅肉は贅肉でしかなかった」ということである。
 本作の下巻の巻末には膨大な量の参考文献が記載されている。 作者にとって本作がいかに労作であったか、それまでは接してこなかった新しい知識を注入しながら創作されたのかは疑いようがない。 しかし、そうして苦労して調べたことはすべて文中に表現したいという、学生の卒業論文的なお仕着せがましさを感じるのも事実だ。
 もしこの作品が映画化されるならば、脚本家の仕事は非常に楽なものになるだろう。 背景描写は緻密で、ささいな登場人物の造形も手抜きがない。 ただ「贅肉」を削ぎ落とす作業に没頭するだけだ。
 しかし、残念ながら本作が日本で映画化されることはないだろう。 事実韓国での映画化の話が進行中で、日韓共作のかたちをとるそうだが、内容が内容だけに表向き日本の製作会社がイニシアチブを取って進めるのは難しい。 そしてまた、そうしたリスクをとってまで映画化する価値もないと思う。
 本作と同様、北朝鮮のコマンドが日本を急襲し、平和ボケ政府の対応が後手に回ってしまうような類いの作品なら、むしろ麻生幾の「宣戦布告」の方が単純にエンターテイメント作品として楽しめると思う。 もっともこちらの作品における北朝鮮のコマンドたちの標的は福岡ドームのような娯楽施設ではなく原子力発電所が並ぶ敦賀半島という、いわば「王道」である。
 最終的に北朝鮮のコマンドを粉砕するのが福岡のホームレスの少年グループというのも受け入れ難い設定だ。 そこには「AKIRA」以降の大友克洋の近未来的世界観の影響を感じずにはいられない。
 一方で作者の圧倒的な筆力を感じさせられるのは、ホームレスの少年たちが「海の鷹ホテル」に潜入し、北朝鮮のコマンドたちと壮絶な銃撃戦をする場面の描写である。 小説を読んでいて自分の心臓の高鳴りを感じることなど殆どないが、この場面の緊迫感は、それがただの活字のみで表現された媒体から受けるものとしては破格のものだった。
 起こっていることは大事件なのに、章ごとに視点が変わり、読む者の意識が集中から散漫へ、ミクロからマクロへ飛んでしまうのが原因なのか、終始平板な展開が淡々と続いていく本作にあって、それは唯一の読みどころなのかも知れない。
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by theshophouse | 2007-12-08 13:37 | Books | Comments(2)
真剣勝負の場で白日の下に晒された「韓流」の実態
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 すべてが法の下にがんじがらめにある状態というのは、決して理想的とはいえない。 そんな無粋なものがなくても皆が良識を持ってさえいれば犯罪など起こらないであろう。 かつての古き良き日本にはそれに近い社会があったのではないだろうか。
 一方で国際社会に目を転じれば、それぞれが互いの民族の利益に固執するあまり、独善的な主張をぶつけ合って収拾がつかなくなる。 そこにはやはり法による統治が必要となる。 しかしそれすらも最終的な解決策とはならない。 法があってもそれを無視したり抜け道をついてくる無法者のような国も存在するからである。

 北京五輪の出場権を懸けた野球のアジア選手権。 事実上の優勝決定戦となった対韓国戦において、韓国が行った試合直前でのメンバー交代は言語道断である。 試合開始1時間前に交換したメンバー表を見て、成瀬の先発を読み違え、逆に自らの先発を日本に読み切られた韓国首脳陣は、紳士協定を破って試合開始直前に先発投手を含むメンバーを7人も入れ替えた。
 ありえない行為である。
 ルール上先発メンバーは試合開始直前まで変更可能だが、互いがそれをやり出すと収拾がつかなくなる。 そこで1時間前に同時に発表するという約束事を交わしたのである。 両チームがフェアな条件で対峙するために踏んだ手順だ。 それを韓国はいとも簡単に反故にした。 厚顔無恥とはこのことである。 そもそも紳士が存在しない国と紳士協定など結ぶべきではなかった。
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 韓国は試合そのものへの取り組み方も卑怯だった。 バッターは皆ボックスの内側いっぱいに立ち、内角を際どく攻めてくる日本の投手陣のボールに自ら当たりにいった。 中継したテロ朝はじめ日本のメディアはこの不法行為を「韓国の執念」とか「気迫」などという言葉で表現したが、単なる不法行為、卑劣な所業に過ぎない。 ルールでは故意に当たりにいった場合デッドボールにはならず、ストライクかボールいずれかの判定となる。 カナダ人の主審のレベルの低さも災いした。
 互いに絶対に負けられない戦いだった。 そしてまた、往々にしてそういう究極の場面にこそ民族性というのが否応なく滲み出てくるものである。 日本は終始正々堂々と戦い、韓国は姑息で卑劣だった。 「後出しジャンケン」で負ける国があると初めて知った。

 実際に戦った監督や選手、そして日本のマスゴミは「日本と韓国のレベルの差は殆どない」と言う。 しかし僕はまったくそう思わない。 日本は昨年のWBCで世界一になったが、予選リーグではボブ・デービッドソンという糞審判のせいでアメリカに惜敗した。 確かにその試合に限って見れば日本とアメリカの実力差はあまりないようにも思えるが、それでもやはり日本の野球とメジャーの野球には歴然とした差があるのも事実だ。
 日本と韓国の差も同様だ。 野球という競技の性格上、10回戦えば1度や2度負けることはあるが、それでも彼我の実力差は歴然としている。 それは歴史の違いによるものだ。 この差は大きい。 この差をくつがえすために必要なのは、敗戦から謙虚に学び、相手を上回る努力を積み重ね、自らを日々研鑽することしかない。 野球はともかくサッカーでは歴史の浅い日本はまさにこの立場にある。
 そういう地道な努力をせず、毎回毎回姑息な手段で日本につけ込もうして敗れ去り、その敗因を冷静に分析することなく感情を高ぶらせているだけの国に日本が追い抜かれることなど永遠にない。 むしろ日本の野球から既に多くのものを学んでいる台湾や、日本の指導者を招いて野球の強化をはかっているタイなど東南アジアの国々の方が有望である。

 さて、各所で話題に上っている古田の解説?だが、個人的には「オッケーイ!」である。 そのスタイルをサッカー中継における松木のそれとダブらせる論調もあるが、両者はまったく異なるものである。
 これはサッカーと野球の競技上の特性の違いによるものだと思われる。 サッカーと違い、野球はボールが静止している時に解説、動いている時は応援というふうに分けられるため、時折披露した古田の解説?が松木のようなカオスに陥ることはなかった。
 一方で「よっしゃー!」や「オッケーイ!」、「頼む!」などの絶叫もお茶の間の気分を代弁しており、気分を害するような類いのものではなかった。 むしろ「この試合で韓国に敗れると北京への道が絶たれます」と縁起でもないコメントを嫌というほど繰り返したテロ朝実況アナとバランスを保つうえで必要不可欠ですらあったと思う。
 いよいよ来年に迫った北京五輪。 こと野球に限っては、応援団長の座を松岡修造から古田敦也に変更してもいい。
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by theshophouse | 2007-12-05 14:50 | Critique | Comments(0)



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