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点と線
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 ドラマ「点と線」を観た。
 物語の発端となる香椎は少年時代から大学生の頃までよく遊んだ街だ。 佐山とお時の遺体が発見された香椎海岸。 そのもう少し北側で小学生の頃は水中メガネをして銛を持ち、素潜りでよくカレイなどを獲った。 船虫の大群に遭遇したこともあった。 海岸沿いの牧の鼻公園のそばには、友達の間で「中国人の別荘」と呼ばれていた廃墟があり、そこには中国人の幽霊が出るという噂で、当時よく探検したものだ。
 国鉄香椎駅と西鉄香椎駅のオープンセットも懐かしかった。 昭和30年代の設定だが、いずれも僕が香椎で遊んでいた昭和60年代にもまだそのままだった。 西鉄香椎駅などはつい最近まで劇中にも出てきた旧駅舎だった。
 なかでも駅前の中華料理屋「宇宙軒」のセットは特に懐かしかった。 この宇宙軒の向かいにはコトブキというケーキ屋さんがあって、高校の時そこでアルバイトしていた女の子を好きになり、学校帰りに道を挟んだ宇宙軒のそばからその姿に長いこと見とれていたりした。 今でいうストーカーである。
 大学生の頃はもっぱら合コンや飲み会の場所だった。 仲間とバンドをやってたので、ヨシダ楽器店の狭いスタジオはよく利用した記憶がある。
 うちのおばあちゃんは香椎のことを浜男(はまお)と呼んでいて、子供の頃よく「浜男のスーパー」でピロシキを買って来てくれた。 僕はこのピロシキを食べるのが何よりも楽しみだった。 この世にこんなうまいものがあるんだと思った。 あのスーパーはまだあるのだろうか。
 今の香椎には、松本清張が「点と線」で描いた当時の面影はもうない。 JRと西鉄の駅舎は建て替えられ、香椎浜には埋め立てで人工島が造成されたらしい。 人の世は常に移ろいゆくものだが、僕がたかだか20年前に見た風景ですら、その一部は既に存在しない。 あの頃は元気だった祖父母も、若かった父親も、もうこの世にはいない。 僕も歳をとった。 すべてはもう帰ってこない。
 戦前戦中まで遡れば途端に自虐的になるのが日本人の常だが、「三丁目の夕日」のように、あの時代は今を生きる日本人が初めて「あの頃は良かった」と思える時代なのかも知れない。
 翻って今という時代を眺める時、その変化のスピードについていけない自分がいる。 経済効率や利便性だけが唯一の物差しとなり、街の風景は平板で画一的なものになりつつある。 様々なコミュニケーション・ツールの発達は、逆に人々から生きた言葉や裸の付き合いを奪いつつある。
 今の時代をのちに振り返った時、そこにいくらかのノスタルジーをもって「あの頃は良かった」と思えるだろうか。 今を生きる人間の一人として、今がそういう時代であって欲しいと思う。
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by theshophouse | 2007-11-27 00:02 | 昭和
まさに魂と魂のぶつかり合い(笑)だった11・21国立
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 午後6時半。 いつもより少し早めにバックスタンドに陣取る。 試合開始時刻が近づくにつれ、両ゴール裏はともかく、まばらだったメインスタンドとバックスタンドの空席もなくなった。 おそらくは大使館関係者が大半であろう数十人だけが占拠していたサウジアラビアのサポーター向けに確保していた一角も、一部を除き、試合開始と同時に当日券をゲットした日本サポに開放された。
 角澤松木の糞実況糞解説はもう金輪際ご免である。 彼らの口ぶりだと、あたかも絶対に負けられない戦いがそこらじゅうにあるかのようだが、それはまさにこの試合のことである。 しかし試合は観たい。 地上波しか観れない環境下にある僕に残された唯一の選択肢。 それはスタジアムに足を運ぶことだった。
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 「谷間の世代」と言われた。 スター不在、ゴールゲッター不在に加え、反町監督の手腕そのものに疑問符すらついていた今のU-22世代。 これまではホームゲームにも関わらず、観客動員数は振るわなかった。 しかしこの日は様子が違う。 次第に青で埋め尽くされていくスタンドを見ながら、「みんな意外にこの連中のこと気にかけていたんだな」と思った。
 アウェイのカタール戦でのロスタイムの失点による「ドーハの悲劇」によってグループ首位の座から転落した日本代表。 続くベトナムに圧勝してどうにか首位に返り咲いたが、五輪切符はホームでのサウジ戦に持ち越された。 個人技と身体能力では日本を上回る難敵である。
 そこにきて、フル代表の監督であり日本の各カテゴリーの総監督的な立場であるイビツァ・オシムが脳梗塞で倒れるという非常事態。 日本代表の北京そして南アフリカへの道は、病床のオシムの視界さながらに、もやがかかったような、漠たる不安のなかにあった。 この日国立に多くのサポーターの足を向かわせたのは、苦しんでいる若い世代を自分の力で少しでも後押しすることで、今の日本サッカー界を覆う閉塞感を払拭したいという思いだったのかも知れない。 まさに「皇国の興廃この一戦にあり」。 入場門で配られた青いフラッグがZ旗に見えたのは僕だけではなかったはずだ。
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 試合開始。 日本は3-5-2の布陣。 サウジのツートップに対してDF3枚で対応する、守備に軸足を置いたスタメン。 反町監督が意図したのは勝つことよりもむしろ負けないサッカーだった。
 前半30分ぐらいまではやや意識過剰になり過ぎたのか、中盤で簡単にボールを失ってサウジに3バックの裏のスペースを突かれ、何度も決定的な場面を与えてしまう。 守備に軸足を置く意識が逆に受身の姿勢を生んでしまった。 だが、この苦しい時間帯を乗り切ったことで、チームは落ち着いた。 ゲームは次第に日本のペースになっていく。
 後半は日本が完全にゲームを支配した。 個の力では分が悪い日本だが、相手がボールを持つと、マーカーがまず相手の進路に入り、すぐに二人、三人で相手にプレスをかけてボールを奪取して攻撃に繋げた。 なかでも、常にボールをチェイスし続けた柏木の運動量とスペースを消すポジショニングは圧巻だった。
 ボールを持ったサウジの選手は、常に彼方からボールめがけて突進してくる柏木をいなすことを意識し、常に彼の影に怯え、前線への効果的な配球ができなかった。 柏木はフル代表でいうところの鈴木啓太のような汗かき役をこなしつつ、中村俊輔のようなラストパスも出し、そしてなおかつ自分で裏のスペースにさえ飛び出していた。 確かにまだまだプレーに荒削りな部分があるのは否めないが、一人でこれだけの役割をこなすことができるプレイヤーは他にいない。
 元を辿れば梶山の負傷離脱で出番が回ってきた柏木陽介。 このチームに彼がいなかったらと思うとゾッとする。 もちろんその非凡さはテレビの画面を通してでも十分伝わるものだが、今回あらためて彼を実際に見てその存在感に圧倒された。 銀髪をなびかせ、ピッチを縦横無尽に駆け巡る姿は、ひたすらにボールを追いかけるサッカー小僧そのものだった。
 試合開始前のアップの時、いちばんサポーターからの声援を受けているのも柏木である。 あちこちから「ヨウスケー!」という黄色い歓声がかかったと思いきや「カシワギーッ、頼んだぞー!」と野太い声も飛ぶ。 既にみんなは彼に何か特別なものを感じ始めているようだ。
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 歓喜の瞬間、最後はスリートップにしてハイクロスを放り込み、勝利への執念を見せたサウジの選手たちはピッチに倒れこんだ。 試合結果は引き分けだったにも関わらず生まれた勝者と敗者のコントラスト。 サウジの選手たちにとって不運だったのはこの夜の東京の寒さだったかも知れない。 ゴール裏はともかく、メインスタンドとバックスタンドは凍えるような寒さだった。 サウジの選手たちにも心からねぎらいの言葉を贈りたいと思う。
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 一緒にスタンド観戦した友人と渋谷に出てささやかな祝宴となった。 店には今日のサッカーの結果などどうでもいいといった風情のリーマンやOLが与太話に花を咲かせている。 僕らはイラク派遣から平和ボケの母国へ無事帰還した自衛隊員よろしく杯を掲げた。 代表のガチ試合は観るのも疲れる。 それはやはり共に戦った証なのかも知れない。 アルコールが寒さで収縮した血管を拡張させ、その思考能力を奪うのにさほどの時間はかからなかった。
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by theshophouse | 2007-11-23 01:47 | 蹴球狂の詩
柏木に国民栄誉賞を!
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                        サウジ脂肪。
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by theshophouse | 2007-11-21 21:32 | モブログ日報
博多のご当地即席麺あれこれ
 先日福岡に行った。 妹夫婦が住んでいる街には「ルミエール」というディスカウントストアがある。 かつては「ロヂャース」と名乗っていた店なのだが、数年前になぜか店名が変わってしまった。 経営母体が変わったのだろうか。 ロヂャースはロヂャースで、今でも関東一円に店舗網があるのだが、少なくとも九州一円に展開していたロヂャースはみなルミエールになってしまったようだ。 郊外によくある、生鮮から衣料、電化製品まで無節操な品揃えを誇る店である。
 とにかくこのルミエールは安い。 日頃東京は世田谷で暮らす僕。 近所にあるのはヨークマートというスーパーである。 端的に言うと、肉や野菜など生鮮食品はルミエールで仕入れてヨークマートに卸してもそこそこの利幅が見込めそうな値段なのである。 一例を挙げるなら、袋に入って売られている一人前の焼きそばやうどんの麺の玉は東京のスーパーだとだいたい80円から100円ぐらいなのだが、ルミエールでは19円で売られている。 その数字の向こうに生産者の悲哀を感じずにはいられないような価格なのだが、ルミエールではこれが普通なのである。
 東京の物価水準が意識下にある状態でいきなりこの店に放り込まれると、モノの価値観が崩壊してしまうかも知れない。 個人的にはパニック状態に陥りながらも、周りの地元の人々を見てみると当然の事ながら淡々と買い物をしている。 たしかに福岡は東京と比べれば労働者の賃金はいくぶん安いだろうが、その格差を補って余りあるルミエールの爆安である。
 ここはひとつ東京に住む弟と自分へのお土産をということで、福岡でしか売られていない「ご当地モノ」の品々を買うことにした。 家へのお土産は空港で買う「あごおとし」の明太子梅ヶ枝餅と決めているので、地元のスーパーでしか買えない食品がターゲットだ。 いろいろ購入したもののうち、今回は即席麺をご紹介しようと思う。

b0045944_1655394.jpgサンポー焼豚ラーメン
 即席麺メーカーとしてはマルタイ食品と並ぶ九州の雄であるサンポー食品。 同社のフラッグシップ・インスタントラーメンが、1978年に発売されたこの焼豚ラーメンである。 当時フリーズドライの焼豚が入っているインスタントラーメンは他になく、発売当時は大きな衝撃を受けた記憶がある。 焼豚は発売当時からハート型をしており、これには「心をこめて作りました」というメーカーのメッセージが込められているというが、個人的には「空豆型」には見えても決してハート型には見えないと思う。 味はオーソドックスな豚骨味で、久しぶりに食べたら郷愁を感じさせられた。 九州の人間でこれを食べたことがない人間は信用すべきではない。 まずその出自を疑ってかかるべきだ。 もしかしたら日本語の上手な北朝鮮の工作員かも知れない。

b0045944_1662247.jpg元祖長浜屋協力 マルタイ豚骨ラーメン
 元祖長浜屋は僕のラーメンの嗜好を形成する基本となった店である。 豚骨ラーメンの総本山といってもいい。 毎日毎日一人でも多くの客に美味しいラーメンを少しでも安く提供することに専心している店だけに、こうしてインスタントラーメンの開発に手を貸すことじたい意外な感じがする。 そもそも店の味をインスタントで再現することなど不可能であることはわかりきっているわけだが、マルタイ食品の営業マンに日参され、その熱意に負けたのだろうか。 あくまで「協力」にとどめているあたりに元祖のプライドが感じられる。 現在こちらのクチコミサイトでも「食べたいランキング」で1位を独走しているが、これはやはり「元祖長浜屋」のネームヴァリューによるものだろう。 味は麺を除いてなかなか忠実に再現していると思うが、その待ち時間には納得できない。 「カタ麺90秒!好みで60秒!」とあるが、それではもう麺が伸び切ってしまう。 「博多んもんなら30秒!」ぐらいである。

b0045944_1665144.jpgマルタイ長崎ちゃんぽん
 長崎ちゃんぽん初のカップ麺がこれである。 発売は1976年で、サンポー焼豚ラーメン同様、当時からの超ロングセラー商品である。 以来、後発で数多のメーカーが長崎ちゃんぽんのカップ麺を発売しているが、いまだにこれを超えるものはひとつとしてない。 みなこのマルタイ長崎ちゃんぽんの厚い壁の前に敗れ去ってきた。 個人的にも、福岡にいた頃は最も食べたカップ麺のひとつかも知れない。 とにかく美味いのだ。 コクのあるスープにもちもちとした食感の麺と豊富な具材。 それらが三位一体となってカップの中でゴールデンバランスを実現している。 その完成度の高さは、あの日清食品のカップヌードルに勝るとも劣らないものである。

b0045944_1672445.jpgうまかっちゃん 博多からし高菜風味
 「うまかっちゃん」は即席麺の世界で豚骨ラーメンを全国区にしたハウス食品のブランドである。 もともとは1979年に九州地方限定で発売されたものだった。 新発売された1979年は長谷川法世原作の「博多っ子純情」が映画化された翌年で、CMに抜擢されたのも同映画に主演した男女だったと記憶している。 CMソングの「博多ラーメンうまかっちゃん♪」のメロディはいまだ脳裏にこびりついている。 今や東京でもコンビニにすら置いてあるほどポピュラーだが、実は様々な味のヴァリエーションがあり、九州では比較的容易に入手できるのだが、東京では難しい。 スタンダードなうまかっちゃんの他に、ごまとんこつ、しょうゆとんこつ、こくとんこつ、博多からし高菜風味、熊本揚げにんにく風味、鹿児島黒豚とんこつ、みそ、焼きラーメン他がある。

b0045944_1674741.jpgマルちゃん バリうま
 今回福岡で初めて見つけた即席麺。 名前のインパクトでついつい買ってしまったが、これは当たりだった。 少なくとも「うまかっちゃん」より美味いことは間違いない。 特にスープの完成度はかなりの域に達しているのではないだろうか。 やや独特の臭みを感じる豚骨スープは粉末と調味油だけでここまで再現できるのかと驚かされた。 麺は細めのちぢれ麺なのは致し方ないが、総合的に見ても完成度の高い即席麺である。 ぜひ全国展開して欲しいものだ。

 今回紹介させていただいた即席麺の数々はすべてネット上で購入することができるが、やはり「セブンドリーム・ドットコム」のお取り寄せ便が一番便利かも知れない。 最寄りのセブンイレブンに取りに行くことができれば送料も手数料もかからないからである。
 原油や小麦の高騰で最近値上げされたとはいえ、やはりその味と低価格が庶民の食生活を支えている即席麺。 それは日本が生んだ偉大なる発明品である。
 ネットの普及で、東京に居ながら手軽に九州や北海道の味を満喫することができるようになった昨今、こうしたご当地即席麺を食べ比べてみるのも一興である。

※画像はすべてクリックで拡大します。


サンポー食品株式会社
味のマルタイ
セブンドリーム・ドットコム
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by theshophouse | 2007-11-07 16:10 | Food



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