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戦うということ【アジアカップ2007総括】
 アジアカップ2007はイラクがサウジアラビアを1対0で降し、初優勝を飾った。
 僕はイラクがオーストラリアに3対1で勝った試合をバンコク滞在中にテレビで見ていたのだが、そのあまりのインパクトに決勝までやってくるのはイラクだと考えていた。 そしてもちろんその相手は我らが日本代表になるはずだと。
b0045944_144111.jpg ホテルのテレビではドバイのスポーツ専門局が連日アジアカップ特番を組み、試合終了時から深夜までの約4時間に渡って熱い討論を繰り返していた。 主にその日行われた中東諸国の試合を振り返り、アラブの正装に身を包んだ男たちが侃々諤々の大討論を繰り広げるのである。 時には視聴者からの熱い生電話まで紹介するほどの入れ込みよう。 僕の知る限り、ここまで度を越した盛り上がりが日本国内にあったとは思えないし、主催国のタイですらここまでのものは感じられなかった。
 イラクがオーストラリアに勝った夜、スタジアムの外でインタビューを受けたイラクのサポーターは、最初こそ喜びを爆発させていたが、突然号泣してカメラに背を向け、インタビュアーに肩を抱かれながらオイオイ泣き続けた。 もちろん言葉はわからないが、彼が祖国の惨状に思い至り、そうした過酷な状況下でオーストラリアを降した自分たちのチームに激しく心を揺さぶられたであろうことは容易に理解できた。 もちろん日本のサポーターも代表を愛する気持ちはイラクのサポーターに決して劣ることはない。 ただ、この涙は日本のサポーターには決して流すことのできない涙だった。

 ここバンコクには、内戦状態の祖国を脱出し出稼ぎに来ているイラク人もいる。 タイとオーストラリアの試合当日、サイアムのナショナルスタジアムでは同じ組のイラク対オマーンの試合があった。 スタジアムの周辺にはイラク国旗を持った男たちが早くから意気揚々と闊歩していた。
b0045944_1444563.jpg 試合はグループステージの最終戦ということもあり、既に勝ち点4を挙げ、引き分けでも1位通過となるイラクはゲームプラン通りに引き分け、準々決勝をこのままバンコクで戦う権利を得た。
 かたや狙い通りタイをカウンターの餌食とし、なんとか同組2位に滑り込んだオーストラリアは連日のスコール続きで思いのほか涼しかったバンコクから高温多湿、灼熱のハノイへの移動を強いられた。 後の両国の結末を見る限り、ここが今回のアジアカップにおけるひとつの分水嶺だった。
 続く準々決勝。 イラクは大幅にメンバーを落とした状態でベトナムを2対0で降し、残り2試合に向けて準備万端でクアラルンプールへ乗り込んだ。 AFCの不手際で余計な疲労を溜め込んだせいか韓国には苦戦し、PK戦までもつれたがなんとか振り切り決勝進出を決めた。
 一方のサウジアラビアは、準々決勝でオーストラリアを降した日本にゲームを支配されながらも、数少ないチャンスを確実にモノにし、ゴール前を固めて逃げ切った。

 低レベルの凡戦に終わった3位決定戦に対し、休養が一日長いのも手伝ってか、決勝はエキサイティングな試合だった。
 イラクのサッカーは今大会終盤の日本のサッカーとは対照的なものだった。 すべてがゴールという最終目標から逆算されたパス回し。 そこに高度な戦術などはまったく感じられないものの、常にゴールまでの最短距離を全員が意識し、ひたすらに前を目指すサッカー。 どこか南米の選手を彷彿とさせる個人技とイマジネーション。 飽くなき勝利への渇望が支える驚異的な運動量。 それらはいずれも今大会の日本に欠けていたものばかりだった。
 サウジもよく粘ったが、アジアの古豪復活という今大会のストーリーの中では脇役に甘んずるしかなかった。 準決勝で日本を奈落の底に突き落とした9番のマレクは不発。 結局彼が今回のアジアカップで挙げたのは日本戦での2得点のみ。 4得点で大会の得点王(他2人)をとった高原ほどのコンスタントさはない選手だっただけに、日本の運のなさが改めて悔やまれる。

 国内が未だ内戦状態のなか、堂々たる戦いぶりでアジアを制したイラク代表を称えたい。 彼らは優勝にふさわしいチームだった。 そしてそのことは2010年W杯アジア予選にまたひとつ難敵が加わったことを意味している。 戦い方にこだわるあまり、戦いそのものを放棄した今の日本代表が南アフリカに行ける保証はどこにもない。
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by theshophouse | 2007-07-31 01:39 | 蹴球狂の詩 | Comments(4)
アジアと世界の狭間で【アジアカップ2007総括】
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 無様な試合だった。 本当は昨夜の試合について何も書きたくないというのが正直なところだ。
 僕はオーストラリア代表同様、韓国のサッカーが嫌いだ。 技術も戦術もないのに、ただ精神力だけで戦うサッカー。 それはアジアではどうにか通用しても世界では通用しないサッカーである。 そういう意味で、どっからどう見ても草以下の主審のせいで韓国が一人少なくなり、更には監督やコーチまでが退場処分となり、元々彼らが持っている日本への反骨心や精神力を必要以上に刺激したのは非常にまずかった。
 僕は韓国が一人退場で少なくなった時点でPK戦を覚悟した。 試合が力と技の応酬ではなく、単なるガマン大会に成り下がったからだ。 日本は数的有利になる以前からゲームを支配していたが、これによって韓国の土俵で戦わざるをえなくなってしまった。
 一方で、日本が目指しているのはアジアを勝ち抜くサッカーではなく、世界の列強のなかでいかに日本らしいサッカーで勝負していくかということであり、未だその道半ばにある。 常にボールを動かし、プレイヤーは目まぐるしくポジションチェンジし、ボールとプレイヤーの動きを有機的に連動させて崩していくサッカーには、ボールとプレイヤーが動くスペースが必要だ。
 相手が一人少なくなって引かれたオーストラリア戦、中盤を省略して引いてきたサウジ戦、そして昨夜の韓国戦と、日本は完全に引いた相手を崩すミッションを与えられたが、いずれも答えを出すことはできなかった。 残念ながら、今の日本代表には相手に完全に引かれた時に崩しきるだけのアイデアも技術も強引さもなかった。 これは決して今に始まったことではない。
 結局日本は今回のアジアカップにおいて4位という結果に終わった。 その敗因ははっきりしている。

【加地さんの起用】 無意味なだけでなく日本にとって大きなマイナスだった。 すべてを狂わせたと言ってもいい。 昨夜にしても加地さんは数え切れないほど韓国に貢献していたし、事実上韓国の12番目の選手だった。 やはり彼の血がそうさせるのだろうか? 最初から10人対12人で戦っているのだから、相手が一人退場になっても日本は数的不利のままだった。
 そのプレーぶりについて今さら書くのも疲れた。 詳しくはこのカテゴリーの過去ログ「日本の右サイドはこれでいいのか?第1回~第9回」をご参照いただきたい。
 加地さんには代表引退はもちろん、自らそのサッカー人生に終止符を打ってもらうことを激しく熱望する。 今ならまだ若いからいくらでもやり直しがきく。 何なら僕が仕事を紹介してもいい。 とにかく一刻も早く消えてくれ。 日本に帰国する必要はない。 できることならそのままスマトラ島に骨を埋めてもらいたい。

【大会メンバーの人選】 ベンチに使える選手がほとんどいなかった。 使われたのは山岸や羽生ら、ティバでオシムの薫陶を受けたお気に入りの選手と佐藤と矢野だけ。 同じティバでも僕が起用を熱望した水野は結局使われずじまい。 その結果、途中交代もパターン化し、誰が入っても何かが起きる気がまったくしなかった。 すべてはベンチの駒不足が原因だ。

【オシム采配】 無論言いたいことはたくさんあるけれど、ジーコの時みたいに監督批判はしないと決めている。 僕はこのアジアカップで初めて彼がやりたいサッカーがおぼろげながら見えてきたし、その目指す方向、コンセプトは悪くないと思う。 ただ、彼の目指すサッカーを体現するのに、今回のメンバーでは明らかに役不足だった。 

【大会運営】 僕がいたバンコクもスコール続きで涼しかったが、昨夜のインドネシアも涼しかった。 クアラルンプールも同様に涼しかった。 つまり、ハノイが一番高温多湿で酷な環境だった。 当初ずっとハノイで試合ができる日本は有利と思われていたが、実際は累積疲労が溜まり、サウジ戦以降、十分なパフォーマンスを出すことが困難だった。
 東南アジアの4カ国開催と一口に言っても、緯度も経度も大きく異なり、すべての出場国がイコールコンディションで戦うことはできなかった。 加えて試合の行われる都市間の交通も非常に不便なうえ、ホスピタリティは最悪。 選手たちは余計なストレスで更に消耗した。

 色々な意味でアジアと世界との格差の狭間でもがいた今回のアジアカップだった。 コンフェデレーションズ・カップの出場権を逃したのは痛いが、日本サッカーの進化を確認するうえで今後欧州や南米の強豪国とのテストマッチは欠かせない。
 協会やスポンサーとのしがらみを断ち切って、咬ませ犬みたいな三流国やアジア諸国は華麗にスルーし、オシムの顔でそうした列強と戦い、数をこなしていくことでしか日本代表の強化はない。 そうでなければ日本代表は亀田三兄弟化し、果てはドイツの二の舞となることだろう。
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by theshophouse | 2007-07-29 02:43 | 蹴球狂の詩 | Comments(0)
11年ぶりの敗戦
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 アジアカップ準決勝。 サウジアラビア戦。 日本2対3の敗戦。 ここ2大会勝ち続けてきた日本の命運も尽きた。
 試合前の段階では日本が有利なはずだった。 ハノイにとどまり、サウジ対策も入念にやってきた。 休養もサウジより一日多かった。 片やサウジはジャカルタから移動もあり、コンディションでは日本の方が優位に立っているはずだった。 しかし、試合を見る限り、そうしたアドバンテージはまったく感じられないほどサウジの選手たちの動きは良く、逆に日本の選手の疲労の色は濃かった。
 日本はマークすべき相手を間違えた。 警戒していた20番のヤセルはどちらかというとシャドーストライカーであり、前線とはいえ下がり目の位置でゲームメイクに徹していた。 中澤がヤセル対策に忙殺された分、9番のマレクへの対応が手薄になった感は否めない。
 日本が中東のチームにやられるパターンは、いつも相手の前線の選手の個人技や身体能力の高さである。 加茂監督時代の1996年UAE大会の準々決勝、対クウェート戦でフーウェイディ一人にやられた試合を思い出す。 日本のアジアカップでの敗戦はあの試合以来、11年ぶりだ。 当時の主要なメンバーは、カズ、高木、前園、森島、名波、山口素、相馬、柳本、井原、小村そして下川。 無論誰一人として今の代表に名を連ねるものはいない。
 僕はむしろ、アジアカップというそれなりにレベルの高い大会、しかもレベルの低い審判の不可解なジャッジや偶発的な事故も起こりえるサッカーという競技において、日本がこれだけ勝ち続けていたことに今さらながら驚きを禁じえない。 つまり、いつかは負けることもあるし、それがたまたま昨夜のゲームだったということである。 昨夜も決して悪いサッカーをしていたわけではなかった。 むしろサウジより日本の方がゲーム自体は支配していたのではないだろうか。
 サウジは高い位置からプレッシャーをかけてきたが、序盤の日本は慌てることなくボールを回していた。 ただ、相手のボールを奪ってからの展開は遅く、アイデアを欠いた。
 敗因を分析しておくことは必要である。 堅守速攻を武器とするサウジアラビアに2度もリードを許したのが痛かった。 日本はいずれもゲームが落ち着かないうちに追いつく逞しさをみせたが、3度目はなかった。
 サウジは日本のサイドチェンジによく対応し、日本はサイドで数的優位をつくることができず、最後まで決定的なクロスを入れることができなかった。 真ん中にしても、あそこまでペナルティエリア内に人数をかけられてはパスで崩しきるのは至難の業である。 後半、サウジが完全に引いてからは逆にペナルティエリアの前にスペースが生まれ、俊輔や憲剛、羽生がミドルシュートを放ったが、枠に行かないシュートは脅威にすらなりえず、相手DFをエリアから引きずり出すことすらできなかった。
 最初の失点は加地さんが競り負けたこぼれ球をヤセルに蹴り込まれ、2失点目も加地さんのクリアボールが相手へのプレゼントボールになり、そこからサイドチェンジされてクロスを入れられてゴールを許した。
 加地さんはなまじ守備もできない(ヘディングが弱い)のに、エリア内で相手をマークすべきではなかった。 サウジの1点目はセットプレーからだったし、あのシーンはむしろ巻のようにヘディングの強い選手が競るべきだった。
 2失点目は中澤がヤセルに引っ張られるなか、その中澤と阿部の間の小さなスペースに飛び込んできたマレクへの対応が遅れたが、個人的にはその小さなスペースにドンピシャのクロスを送り込んだアル・バハリと、見事なヘディングシュートを決めたマレクを褒めたい。
 3失点目もマレクの個人技から。 巧みなフェイントに置き去りにされた中澤と阿部を責めるのは酷というものだろう。 終始ふがいなかった攻撃陣の代わりに二人ともゴールを決めたのだから。 本来なら最初に加地さんが対応し、阿部と中澤が余るかたちになるべきだったが、この時前がかりだった加地さんは戻り切れていなかった。
 こうして見ていくと、日本の失点はすべて加地さんが直接の原因であったり遠因となっていたりするのである。 無論それを補うような攻撃面での働きがあればいいのだが、今日もいつものようにクロスの精度はなく、突破を試みるでもなく、ボールキープすらできなかった。 持ち前の運動量すら少なかった。 このうえ加地さんが代表の右サイドに居座り続ける理由を知っている人がいたらぜひこの僕にご教授願いたいものである。 日本の右サイドはいつまで不毛地帯で危険地帯であり続けるのだろうか。
 もうひとつ。 まだ3位決定戦があるので総括は先送りにするが、今大会を通じての俊輔のプレーには不満が残る。 いくら相手のマークが厳しいからといって、シュートが打てる場面でもパスを選択したり、危険なゾーンに侵入していく回数も著しく少ない。 相手から見れば昨夜の俊輔はまったく恐い存在ではなかっただろう。
 決勝はサウジアラビア対イラク。 話題性という意味で、オーストラリアを3対1で破ったり、祖国で応援していた国民の「祝砲」で死者を出したりしたイラクは紛れもなく今大会の主役である。 目標を失った日本の3位決定戦よりもむしろこちらの結末の方が興味深い。
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by theshophouse | 2007-07-26 02:19 | 蹴球狂の詩 | Comments(5)
天の配剤
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 僕はオーストラリアのサッカーが嫌いだ。
 プレミアリーガーをたくさん抱えるわりには、国技であるオージーボールみたいにフィジカルに頼った面白くも何ともないサッカー。 それだけに、そんな美意識ゼロのサッカーに叩きのめされた1年前のカイザースラウテルンの出来事は余計にダメージが大きかった。 日本がジーコとともに4年の歳月をかけて築き上げてきたサッカーがわずか9分のうちに瓦解したのである。 初戦でのつまづきは大きく、日本はグループリーグでドイツを去った。
 昨夜の試合は、ありきたりの言葉で言うなら「意地とプライドを懸けた戦い」だった。 結果はドローだったものの、PK戦で日本が勝利し準決勝に進んだ。 圧勝で借りを返すというわけにはいかなかったが、内容では終始日本が上回っていた。
 前のエントリーでも書いたように今大会もオーストラリアはいいサッカーをしていない。 タイのサッカーの方がスリリングで面白かったぐらいだ。 オーストラリアには、とにかくヴィドゥカに当てる以外に戦術らしい戦術は存在しない。 タイ相手ではそのフィジカルの違いだけで相手DFを子供扱いしたヴィドゥカだったが、昨夜は中澤と阿部に完封された。 昨夜日本中のサッカーファンがヴィドゥカのいないオーストラリアのサッカーを見たことだろう。 アロイージにしろキューウェルにしろケーヒルにしろ、みな個人個人は素晴らしい能力を持つプレイヤーだが、オーストラリア代表の中に入ってしまえばヴィドゥカという巨大な回転軸にぶら下がって、ただ周りをぐるぐる回っているだけに過ぎない。 それだけにオーストラリアベンチが早々にヴィドゥカを見切り、代わりにキューウェルが入って楽になった。 カイザースラウテルンの時はヒディンクが前線にもう一枚ノッポを入れ、ヴィドゥカへのマークが散漫になってやられただけに、この起用には救われたと言える。 ヴィドゥカはこのアジアカップを最後に代表を退く意志を表明しているので、昨夜が彼の代表でのラストマッチとなるかも知れない。 オーストラリアがアジアで真に危険なチームとなるのは、脱ヴィドゥカの戦術を確立した時だろう。
 日本はハノイに長くいるせいか、選手のコンディションが非常に良かった。 一部の選手を除いて出来も良かった。 中澤と阿部は完璧な仕事をしたし、鈴木啓太も惜しみなく動いてピンチの芽を摘んだ。 駒野は積極的に攻撃参加し、後半右サイドに入ってからも良く動いた。 遠藤と俊輔は落ち着いてボールを捌き、巻も献身的に動いた。 高原の同点ゴールには救われたし、能活のPK戦でのセーヴは3年前のVTRを見ているようだった。
 不満が残るのはミスが目立った中村憲剛と右サイドの加地さんということになる。 特に加地さんは相変わらずパスを貰っても自分で局面を打開する姿勢すら見せないでバックパスか横パスばかりで、縦にボールを入れるシーンがほとんどない。 相手DFを目掛けての正確無比なクロス、不安定感抜群のディフェンスは、まるでオーストラリアの12人目の選手かと見紛うばかりだった。
 準決勝に向けての光明は、その加地さんがケガで途中交代したこと。 きっとこれはサッカーの神様がアジアカップ3連覇を狙う日本代表にもたらしてくれた天の配剤である。 次戦こそはディフェンス面に多少目をつぶってでも右サイドに水野を使っては貰えないだろうか。 無論加地さんのことである。 「次は休め」と言ってもゾンビのようにしぶとく復活してくるだろうが、それでも水野を試して欲しい。 経験とは真剣勝負のなかでしか培うことができないものだからだ。
 日本はあと2試合戦える。 停滞しっ放しの日本の右サイドに「水をこぼしまくる人」はもういらない。 澱んだ水が腐臭を放っている右サイドに新鮮な水を注いで欲しい。
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by theshophouse | 2007-07-22 02:19 | 蹴球狂の詩 | Comments(2)
タ、タ、タイランド~
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         試合翌日、代表の惨敗を伝えるタイの英字紙「ネーション」

 チャオプラヤ川の藻屑と消えたのは、オーストラリア代表ではなくタイ代表だった。
 アジアをナメていたのは、オーストラリア代表ではなく、この僕だった。

 試合当日、朝ホテルを出た僕を包んだのは、前日までのスコールの残り香と、その湿気をバンコク市内に密閉するかのように降り注いだ強い日差しだった。
 「こりゃあ今日もオージーには厳しい天候だわ。」 ほくそえみながら仕事に出掛ける。 今日は月曜日、つまりプミポン国王の日である。 例によってバンコク市内は黄色いポロシャツの一団が支配する。 予定よりも長引いた仕事にロスタイムでケリをつけ、サイアムからタクシーに飛び乗る。 試合会場のラジャマンガラはバンコク郊外にある比較的新しいスタジアム。 開始1時間前にタクシーに乗れば大丈夫だろうとその時は思っていた。
 タクシーに乗る1時間前からまたも降り出したスコールは一向に止む気配がない。 それどころかフロントガラスを叩く雨粒は時間を追うごとに大きくなっていく。
 ほどなくタクシーはスクムビット通りで渋滞に捕まった。 折からのスコールもあって交通量も増え、帰宅ラッシュとも重なり、クルマは微動だにしない。 スタジアムに近づくどころか、ここにきて完全にクルマは路上のオブジェと化してしまった。 タクシーの運ちゃんも次第にあきらめモードに。 「悪いことは言わないから、そこらへんのスポーツバーで観た方がいいよ。」などと言い出す始末。 既に試合開始の時刻を過ぎた。
 このままでは埒が明かない。 僕はスタジアム行きをあきらめ、急遽ホテルに戻ってテレビ観戦するという苦渋の選択をした。 タクシーを降り、最寄の駅からBTSに乗ってホテルに戻る。 スコールは既に上がっている。 結局試合を観れたのは後半からだった。
 試合は前半1点を先制したオーストラリアに対し、後半開始早々からタイが一方的に攻め込む展開。 オーストラリアは防戦一方である。 前のオマーン戦ではほぼ二人だけで2点を取った13番のセナムアンと23番のトンカンヤーのツートップは脅威だが、何故かこの日23番のトンカンヤーは後半途中からの投入。 トンカンヤー投入後、サイドからの崩しもあれば、ワンツーで中央突破と、二人のコンビネーションで何度か惜しいチャンスをつくるも得点には至らず。 もっともタイとしては1点差以内の負けなら得失点差でグループ2位が確定するだけに、前線に人数を割いてまで攻撃する必要はなかったのだが、6万人の大観衆と大声援がそれを許さなかったのか、イケイケ状態である。
 まさにその状況を待ち望んでいたのがオーストラリア代表であり、前線中央で体を張っていたヴィドゥカであり、後半途中から投入され、前線でフレッシュな状態を保っていたキューウェルだった。 どうしても2点目が欲しいオーストラリアは、ディフェンスラインを下げてタイの猛攻を凌ぎながら体力を温存、カウンター狙いの一点突破を狙っていた。
 後半35分、そのヴィドゥカにボールが入った時、彼をマークしていたタイのセンターバックはまったく相手にならなかった。 巧みに反転されて追加点となるゴールを許すと、3分後にはヘディングで自身の2点目、終了間際にはキューウェルが独走してキーパーとの1対1を左足で冷静に決めて一気に4対0とし、タイの決勝トーナメントへの希望を完膚なきまでに打ち砕いた。 後半最後の爆発力はあのカイザースラウテルンの悪夢を彷彿とさせるものだった。
 それでも僕はタイの方がいいゲームをしていたと思う。 事前にシンガポールで合宿を張ってバンコクに乗り込んで来たとはいえ、今大会のオーストラリアは明らかに気候馴化に失敗していた。 ならばなぜこの日のオーストラリアは後半バテなかったのだろうか?
 この日の試合について言えばオーストラリア代表にとって二つの幸運が存在した。 ひとつは試合開始2時間前から前半途中まで続いたスコールである。 僕もホテルに帰る途中、モワッとした東南アジア特有の暑さがこの突然のスコールによって完全に除去されたことを感じていた。 もうひとつはこの日が月曜日だったこと。 前のエントリーにコメントを下さった方も触れておられたが、スタジアムでタイ代表を応援したサポーターは、タイ代表の青いゲームシャツを着るでもなく、国王慶賀の黄色いポロシャツ一色だったのである。 月曜日ですらなかった前の試合、対オマーン戦においてもスタジアムはほぼ黄色が支配していただけに、十分に予想されたことではあったが、なにせこの日の対戦相手のオーストラリア代表のチームカラーは黄色である。 サッカルーが黄色一色のスタンドからの大歓声に「後押し」されたのは想像に難くない。

 今回のバンコクではアジアカップの主催国という盛り上がりも手伝って、夜店や露店で通常売られている世界のトッププレイヤーのパチ物ゲームシャツ(セルティックの中村のシャツも多く見られた)に混じって数多くのタイ代表の青いゲームシャツも売られていた。 ならば、国王敬愛もいいけれど、この夜だけはスタンドを青一色に染めて欲しかった。 タイ惨敗を見るにつけ、そう思わずにはいられない。 しかしタイの人々は当然のように黄色いポロシャツでスタジアムを埋め尽くしたのであった。 けれど、タイの人々のそんなところが、僕がこの国を好きな理由のひとつでもあるのだけれど。


関連 : バンコク出張記2006秋 幸福の黄色いシャツ
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by theshophouse | 2007-07-19 23:55 | 蹴球狂の詩 | Comments(0)
Welcome to Asia, Suck-a-roos.
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 とりあえずチケットをゲットしたので観に行ってきます。 もちろんタイ代表の応援。 グループステージではオマーンに苦戦し、イラクに辛酸を舐めさせられたサッカルー。 憎きオーストラリアをタイの13番と23番が粉砕し、チャオプラヤ川の藻屑としてくれるはず。 アジアをナメてもらっちゃ困る。
 帰国後の観戦記をお楽しみに。
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by theshophouse | 2007-07-14 21:19 | 蹴球狂の詩 | Comments(2)
団塊世代に習う壁の作り方
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 アジアカップグループリーグ初戦、カタール戦。 1対1のドロー。 その結果ほど悪い内容ではなかった。
 ハノイの高温多湿もあり、日本はうまくペース配分しながら戦っていたように思う。 オシムのサッカーは人とボールが絶えず動き続けるタフなものだが、この環境下でそれを律儀にやり過ぎると確実にバテる。 解説の松木は盛んに「横パスが多いのが気になりますねえ。 もっと縦に入れなきゃダメですよ。」とホザいてたが、ワントップの高原だけがほぼ唯一のターゲットの状況で、引いた相手にやみくもにクサビを入れていたら、トラップ際を狙われて逆襲食うのがオチである。 そういう意味では、後ろで回す時と縦に入れる時の緩急は決して悪くなかった。 松木には解説者としての進歩がない。 もちろん角澤は論外である。
 ただ選手個々の出来には不満が残る。 相変わらず何の貢献もできなかった加地さんと、相変わらず代表にいること自体がよくわからない山岸。 やはりイマイチだった今野は右足アウトのクロスで高原のゴールを演出したので許せても、左サイドの劣化は否めない。 両サイドがこの状態でワントップの布陣では得点の匂いがしないのも仕方ない。 
 後半途中、山岸に代わって入った羽生が前線に活気を与えはしたものの、あのチャンスで枠に行かないようでは言葉もない。 外せと言われてもなかなか外せない距離である。 それでも羽生がトップに張ったりサイドに開いて起点ができてから得点の匂いが漂いはしたものの、時既に遅し。 日本はカタールに勝てないというジンクスをまたも払拭できなかった。
 とにかく両サイドが死んでるのにワントップもヘチマもあったもんじゃない。 次戦からはツートップで臨むべきだろう。 右サイドには水野を、怪我の回復次第だが左には駒野を入れてもらいたい。 だいたいメンバーに左のスペシャリストが一人もいないこと自体理解に苦しむ。
 最後のFKを与えた阿部の守備はお粗末だった。 その直後の失点シーンでは壁にも入っていたのに、自分の股間を守るのに精一杯で、カタールの選手にこじ開けられた穴の補修もできていないばかりか、その穴の存在にすら気づいていない。 阿部は左官屋に行って1年ぐらい修行してきたほうがいい。 カタールの選手に易々と押し出された格好の今野も同様だ。 まともに体を預けられてどうする。 このウルグアイ人がその前のFKで蹴ったボールを覚えていれば、この局面で壁に入る選手が跳ぶ必要などまったくない。 ゴールまで至近距離でもあったし、むしろ足元を固めるべきだった。 しかしながらニアサイドの中沢と高原?が跳んだことで、壁の強度が瞬間的に減り、今野が態勢を崩したともいえる。
 それにしても日本の壁のなんと脆弱なことか。 こういう壁をつくるような仕事は今の若い世代よりも、むしろ学生運動を経験した団塊の世代の方が上手にやるだろう。
 仕事の関係でグループリーグの残り二戦を観ることができないが、決勝トーナメントでふたたび代表の姿が見れることを祈るばかりだ。
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by theshophouse | 2007-07-10 01:47 | 蹴球狂の詩 | Comments(0)
地獄のヘルメット
b0045944_220646.jpg 有栖川公園とナショナル麻布スーパーマーケットの間の坂を上り、交差点を右折するとフィンランド大使館がある。 丁稚時代、よく「お使い」に行かされた馴染みのエリアだ。 その大使館の隣に建設中の物件に商品を納めた。 外人向けの賃貸マンションの棟内モデルルームである。
 納品口にクルマを停め、現場に居る女性担当者の携帯を鳴らす。 ほどなく彼女は外へ出て来た。 薄汚れた青いヘルメットを片手に。
 「まだ工事中なので、部屋の中に入るまではこれを被ってもらわなきゃダメなんです。」 彼女は申し訳なさそうに言う。
 「○○さん(僕の名前)、ヘルメットなんて被ったこと、あります?」
 見損なってもらっては困る。 僕はかつての組立工のバイト時代、入る現場によっては毎日のようにヘルメットを被っていた時期もあった。 経験のある方ならおわかりだろうが、夏場に空調のない場所で作業をする際など、ヘルメットを被る前に頭にタオルを巻いてから被らないと、やがて滴り落ちてくる汗で仕事にならないものである。
 「もちろんありますよ。」 僕はふたつ返事でヘルメットを受け取ると、装着してあごひもをかけようとした。 その時だった。 
 ヌルッとした感触が両手指に走った。 指を見ると、黒いタール状のものが無数に付着しているではないか。 僕は慌ててヘルメットを脱ぎ、その内側を確認してみた。
 ヘルメットの内側には、衝撃を吸収するため、頭部が直接樹脂製のヘルメット内殻に触れないように発砲スチロールが貼られていたり、頭部をホールドするバンドが十字型に取り付けられているのだが、そのすべてが黒いタール状でドロドロになっているのだ。 もちろん異臭も漂っている。 これはキツイ。
 おそらくこのヘルメットがここまで腐食してしまった原因は、約10年ほど過酷な夏の炎天下と冬の酷寒での作業を繰り返し、たった一度の洗浄すら行うことなく、時には地面に放り投げられ、時には風雨に晒された挙げ句に熟成していった結果だと思われる。 ただ僕は、そのことを言下に否定するものではない。 ヘルメットとは多くの場合そのように扱われる運命なのである。 問題なのは、なぜそのような「10年物」が、この僕が建物に入場する際にあてがわれることになったのかという、まさにその一点である。
 女性担当者自身は白く光り輝くキレイなヘルメットを被っていた。 仕事で現場に入る機会の多い彼女である。 おそらくは自前のものであろう。 彼女が、一目見て「ヤバい」とわかるこの薄汚れた青いヘルメットではなく、もう少しマシな代物を僕に持ってきてくれていたら・・・。 彼女を恨んではみたものの、仕事を貰っている立場上、そんな些事をいちいち口に出すわけにはいかなかった。
 意を決した僕はヘルメットを被り直した。 僕の頭部の体温で、ヘルメット内部に年月をかけて堆積していたおぞましい物質が覚醒し、惜しみなく異臭を送り出してくる。 一方、あごひものヌメヌメ感はえもいわれる恍惚をもたらし、僕は思わず喜悦の声を上げそうになった。

 帰りに金物屋によってヘルメットを買い、家に帰って頭を死ぬほど洗った。
 このように、普通の生活を送っていても、或る日突然誰もが「地獄のヘルメット」に出会う可能性がある。 僕の場合はそれが昨日だったということだ。 今から思えば、ヘルメット(HELMET)の「ヘル」はまさしく地獄(=HELL)を表しているに違いない。
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by theshophouse | 2007-07-03 22:09 | Non Category | Comments(8)



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