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タイムトラベル@新宿
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 今月の21日から伊勢丹新宿本店の本館5階のリビングフロアで、「ラグジュアリーなエキゾチックスタイル」をテーマにKELLY HOPPEN×SPINA×THE SHOPHOUSEのコラボレーションイベントを開催中なのである。
 20日はイベントスペースの設営のために閉店後に現場に乗り込んだのだが、なにせ新宿伊勢丹本館は古い。 建造はなんと1933年(昭和8年)で、アールデコの歴史的建造物である。 そのバックヤードは現代の流通事情には合わなくなってしまっており、搬入車を停めておくスペースも少なければ業者用の通用口も一カ所のみ。 閉店時にそこから全店員が津波のように吐き出されてくる様は壮観である。 搬入を手伝ってくれた弟曰く「これは昭和の風景だ。」 僕もまったく同感である。
 その日は明日からの各フロアのイベントの会場設営のために商品の入れ替えも多いのに加えて工事関係者も続々とやって来ていたため、狭い通用口はほとんど阿鼻叫喚の地獄絵図(多少大げさに書いています)といった状況。 通用口に殺到する店員の津波に抗うように牛歩戦術的な歩みでようやく搬入用エレベーターに辿り着いたのは通用口の外の行列に並んでから約30分後ぐらいだっただろうか。
 昔インテリアデザインの仕事をしていたので古い百貨店には縁がある。 最初は学生時代にアルバイトをしていた店舗設計の会社で現調(現場調査)に行った、今は亡き福岡玉屋。 こちらは1925年(大正14年)建造で伊勢丹本店より古い。 次は東京で最初に働いたデザイン事務所が全面改装のプロデュースをした銀座松坂屋(1924年開店)。 この時は条件図として松坂屋の設計当時の青図を与えられたのだが、寸法が尺貫法で書いてあって面食らった記憶がある。 本社のある名古屋から松坂屋首脳のお歴々がお見えになった会議室で、どでかい舟形テーブルを前にプレゼンした記憶は忘れられない。 当時まだ駆け出しだった僕はかなりビビったものである。
 新しいものは綺麗で便利に決まってる。 でも、古いものを愛しんで使い続けることも大切だし、文化である。 狭い通用口に殺到する伊勢丹の店員さんたち一人一人の顔を見ていると、みな一様にフラストレーションが溜まっている印象だが、どの顔にもどうにかこの古い建物とつきあっていこうというある種の諦観が認められ、それが弟や僕に「昭和」を感じさせたのかも知れない。 たぶん昭和という時代は平成の今より少しばかり不便で、そしてまた少しばかり優しい時代だったのだろう。 伊勢丹のバックヤードには今もそんな昭和の空気が封じ込められている。
 イベントスペースの設営を終え、誰もいなくなったせいか来た時より広くなった通用口を出たら午前3時を回っていた。 夕食抜きだったので、とりあえず何かお腹に入れておこうと駅の方に歩いたら、早朝5時まで営業の「青龍門」があった。 オープン当時、バブル時代にCMディレクターの李泰栄氏がデザインした内装のままだ。 目まぐるしく移り変わり、消費されていく商業施設のなかで、ここにも止まったままの時間がある。 都市の中には様々な時代の残像が断層のように存在しているのだろう。 「昭和」から「バブル」へのちょっとしたタイムトラベルだった。

 イベントは4月24日まで。 本館5階、エスカレーターで上がってすぐ正面の場所です。 お近くにお越しの際はぜひお立ち寄り下さい。

LIVING FLOOR INFORMATION【伊勢丹新宿本店】
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by theshophouse | 2007-03-26 00:59 | Design
日本右翼工作員是健在也
 オシムジャパン、2007年最初の試合はどこか物足りないものだった。
 僕は常々、代表の試合が始まって15分ぐらいが経過すると、「この相手なら○対○で勝ち(負け)そうだ」とだいたいの見当をつける。 今日の場合は「2対0で勝ちそうだ」という見当をつけ、試合結果もその通りになった。
 だが僕は今夜の試合には非常に不満である。 バイエルン・ミュンヘンのピサロやPSVのファルファンら「欧州組」が来日しなかったペルーに対して日本はミスが多く、ほとんどと言っていいほど決定的なシーンをつくれなかった。 とにかくシュートまでいくシーンがなさ過ぎてつまらないのである。 スコアこそ俊輔のプレースキックの精度と、別人としか思えない最近の高原の決定力で2対0だったが、流れのなかでの得点はなし。 左サイドでは駒野を中心にチャンスメイクしたものの、最後のクロスの精度を欠いて得点には至らない。
 だが左サイドはまだマシである。 かたや右サイドはあろうことか代表を引退したはずのミスター・バックパスこと加地さんがピッチにいるではないか。 僕は自分の目を疑った。 なぜ加地さんがまたオシムに選ばれているのか? オシムは日本の右サイドを運動量「だけ」の選手でもいいと思っているのか?
 今回、オシムが選んだ他のメンバーには異存がない。 リーグでも好調な川口に加え、闘莉王と中澤のセンターバックは屈強だし、阿部と鈴木啓太のボランチも理解できる。 三都主がいない状況での駒野の起用もわかるし、俊輔と遠藤のコンビも悪くない。 たぶん今がサッカー選手としてのピークであろう高原の起用は、慢性的な決定力不足の日本FW陣にあっては当然の帰結。 唯一加地さん以外で起用に疑問を感じた巻が得点を決め、得点シーン以外でもポスト役を無難にこなした点は評価に値する。 つまり、加地さんの存在だけがまったく理解できないのだ。
 僕が右サイドとして期待している水野が加地さんに代わって投入されたのは後半40分。 水野は持ち前の攻撃力で、加地さんが85分かかって一度も立ち入れなかったペナルティ・エリア内に易々と侵入しクロスを上げた。 もちろん水野のディフェンス力は未知数だし、3バックの時の方が生きるプレイヤーではあるが、高い位置にいるのに突破を試みず、クロスを上げるでもなく、不用意なバックパスでチームのボール回しのリズムをひたすら破壊する作業に没頭した加地さんはチームを停滞させるために存在する工作員以外の何者でもないではないか。
 個人的に今回注目していたのは俊輔と憲剛のダブル中村の組み合わせ。 後半14分に実現し、15分には最初のパス交換があったが、ともに広い視野とボールタッチの柔らかさ、創造性を持ち合わせる二人。 今日はたがいにポジションチェンジしながらプレイしたが、この二人のコンビが熟成されてきたら楽しみだ。
 それにしてもペルー代表、相当ヘタレだったな・・・。
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by theshophouse | 2007-03-25 00:36 | 蹴球狂の詩
Birthday@Bangkok
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 バンコク郊外、午後9時30分。 スワンナブーム新国際空港にアプローチする5車線の直線道路は壮観の一語に尽きる。 滑走路に並走する高速道路を走るタクシーは、おりしもちょうどランディングに入った航空機を左に見ながら並走するかたちになり、それまでは時速100㎞/hで走っていた安全運転のタクシーの運ちゃんも、やや無意味な戦いを挑んでいるとみえ、時速はたちまち140㎞/h近くにまで上がった。
 思えば今回は短い出張だった。 いつものように直前になって慌しく航空券とホテルを手配し、たま吉を弟に預けた。 いつものように仕入れをし、お金を払い、発送の手配をした。 東京にいる時より遥かに歩き、汗を流し、疲れた足を癒すためにフットマッサージを受け、汗の分だけビールを飲んだ。 いつもの買い付けと寸分違わぬ毎日。 唯一違ったのは、出張の最中に僕の誕生日が巡ってきたことぐらいであった。
 その日、チャトチャックのいつもの店「ビバ」で会ったチコちゃんに妻が「今日は彼の誕生日なのよ」と言ったがために、チコちゃんにはいろいろ気を回させてしまったようである。 その晩たまたま彼女のところに遊び?に来ていた長崎在住のデザイナーS氏と福岡在住のデザイナーN氏と一緒に食事をする席にご招待していただいたのである。 場所はトンローのソイ15にある日本人経営の火鍋屋。
 S氏は長崎の出身だが、長くイタリアで仕事をしていたそうで、プロダクト・デザインに軸足を置くかたわら、建築デザイン誌「アビターレ」の編集にも関わってきた。 今では地元の波佐見焼など磁器のデザインに携わっている。 その繊細な作風に似合わぬ豪放磊落なお方であった。
 一方のN氏は僕と同郷で年齢も二回りぐらい上の紳士。 イタリアでS氏と共同のプロジェクトに携わるなど、一緒の仕事も多いようである。 この夜は福岡の話題とインテリア業界の話題で盛り上がったのであった。
 S氏やN氏と話していると、この業界がいかに狭いものか思い知らされる。 共通の知人の名前が続々と話題にのぼるので、自分も久しぶりにインテリア・デザイナーだった頃の昔話を持ち出してしまった。 人間昔話が多くなるともう先は長くないものである。
 その後、火鍋屋のオーナーの方と、たまたま横浜から来ておられたオーナーの友人も加わり、僕の41歳の誕生日は、この日が初対面の中年男性4人を含む6人に祝ってもらうことになった。 思いのほか妙な展開である。 チコちゃんが気をまわしてくれたのか、店からバースデーケーキとシャンパンが差し入れられ、なぜか3本の蝋燭に火が灯される頃には火鍋屋のタイ人スタッフも動員されて、バースデーソングまで歌っていただき、場はすっかり賑やかなものとなった。 これほど大勢の方々に誕生日を祝ってもらうのは小学生の時に自宅で開いた自分の誕生日会に友達を呼んだ時以来である。 厄年の誕生日にしては少々出来過ぎの夜だった。

 ところでこのチコちゃんだが、最近タイのテレビに生出演し、猫好きが集まる雑貨&カフェ店オーナーとして、地元のタイでも注目を集めているらしい。 13年前は僕とドラフター(死語)並べて図面書いてたというのに・・・。
 人生はまさにローリングストーン。 何処にどう転ぶかは自分でさえわからない。 お互い13年前には今の自分の在りようを想像できはしなかっただろう。 前出のS氏とは、お互い同じ東京のホテルに商品を供給しているという偶然もあった。 東京で送る日々の中ではなかなか顧みることのない人生の不思議。 そんなことに思い至るのも、この街の魔力なのかも知れない。
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by theshophouse | 2007-03-18 01:58 | Odyssey



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