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<   2005年 01月 ( 17 )   > この月の画像一覧
走るたまちゃん
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 たまちゃんの彼女はセルロイド製のたまみです。 暇さえあれば背後から襲いかかったり、餌をあげたりしています。 もっともたまみは何も食べないので、口のまわりにたまの唾液にまみれた餌がべたべたとついていくだけなのですが、それでもたまはいっこうにやめる気配はありません。
 たまちゃんがたまみ同様に好きなのが、ティッシュペーパーです。 箱からティッシュが一枚放たれるや超速で飛んできてティッシュに攻撃を開始します。 映像はそんなたまちゃんの習性を利用してたまちゃんに走ってもらったものです。

【おしゃべり解説(ボリュームを大きめにしてご覧下さい)】
口笛:途中ずっと口笛みたいな音を出していますが、これは僕が口笛でたまちゃんの鳴き声を真似ていたら、逆にそれを真似られてしまったものです。 今では鳥本来の鳴き声を忘れてしまったようで責任を痛感しています。
自分の名前を連呼:「たま」「たまちー」「たまきち」 
擬音:「ふぅぃっ!」「しゅーっ!」「ぴしぴし!」 たまとティッシュでじゃれる時に僕が使っていたら覚えられてしまいました。 お恥ずかしい。
気合:「よし!」

【見どころ】
43秒ぐらいでみせる、ややアンダーステア気味のコーナリング。

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by theshophouse | 2005-01-31 11:45 | Iiko et Tama | Comments(6)
日本の右サイドはこれでいいのか?第2回/龍時/松木不要論 第2回
 今日の加地。 カザフ戦。 加地ばっかり気にしてみているせいもあるが、今日もホントにホントにさっぱりだった。 何でペナルティエリアの直前で時差ボケのカザフFWをわざわざ引き倒してFK与えなきゃなんないのか? なぜトラップ際いつも相手にボールをかっさらわれるのか? なぜ必死に上げてるクロスがあんなに牧歌的なのか? 答えはひとつ。 プロのサッカー選手としてはあまりに未熟だからである。 朝から晩までサッカーやってメシ食ってる人間としてはあまりにもお粗末だからである。 そんだけやってりゃ普通もう少し上手くなると思うんだけど・・・。
 しかし、繰り返しになるが悪いのは加地ではない。 加地に日の丸を背負わせたジーコが悪いのだ。 ジーコはこのブログ、やっぱり見てくれてないらしい。 ポルトガル語で書かなきゃダメみたいだ。 ジーコだって日本語で「加地 どうよ」などとググったりするはずもない(検索結果約16,500件)。
b0045944_16349.jpg そんな人材難の日本の右サイドに待望の新星が現れた。 志野龍時だ。 龍時はスペイン1部リーグのアトランティコFCに所属する16歳の右サイドハーフ、地元アランフェスでのリーガ最終節、対バルサ戦の後半に交代でピッチに入り史上最年少のリーガデビューを果たした。
 野沢尚「龍時01-02」の話である。 巻末の解説で金子達仁が「日本人作家による史上最高のサッカー小説」と書いたとおりの内容である。 この作家の引き出しはどこまでも深い。 サスペンスばかりかと思えば青春小説、そして本格的サッカー小説まで書いてしまう。
 龍時にとって右サイドを突破することは、それまで自分が存在していた日本というしがらみを断ち切ることに等しいのだ。 読み終えて、日本に右サイドの選手が育たない理由がわかったような気がする。 筆者があえて主人公である龍時のポジションを右サイドハーフにしたのもそんな思いがあったからではなかろうか? 日本に足りないものは右サイドの人材なのではなく、右サイド的精神なのだ。 ワンツーもらって抜くのではなく、単独で突破する精神なのだ。 退路を断って攻め上がるという、それは哲学なのだ。

 悪い知らせは続く。 ドイツW杯アジア最終予選テレ朝独占放送だと。 また松木のバカ騒ぎを聞かなきゃならないのか? 今日も枠を大きく外れた中澤のボレーシュートにひとり大興奮しまくり。 親善試合でここまでイッちゃうんだから最終予選はホントにヤバい。
 テレ朝に告ぐ。 松木は副音声、もしくは系列のラジオ中継にでも格下げして公衆の耳目にさらさないようにすること。 でなけりゃTBS(ドーハの”世界の松下”実況以来負け癖ついてるから)を除く他局に放送権を譲渡すること。 今からでも決して遅くはない。
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by theshophouse | 2005-01-30 01:15 | 蹴球狂の詩 | Comments(4)
Viva@Chatuchak Weekend Market
b0045944_16485178.jpg 仕事がらタイによく行くわけですが、なかでも滞在中必ず一度は訪れるのが、毎週末チャトゥチャック公園で開催されているチャトゥチャック・ウィークエンド・マーケット(以下チャトゥチャック)です。 タイに旅行に行かれた方なら誰もが一度は足を運んだことがあるでしょう。 僕らも行った時はセクション26(アンティーク・エリア)あたりをうろうろしています。 知る人ぞ知るところなのですが、このチャトゥチャックでは土日だけでなく金曜日も業者向けに開けてる店もあります。 僕らの取引先はだいたい金曜日もやっているのですが、短い滞在中に行くとなるとやっぱり他の店も見ておきたいので、結局行くのは土日のいずれかということになります。
 チャトゥチャックの規模は年を追うごとに膨張し、もはや土日フルでも完全に見切ることは不可能です。 また、亜熱帯のバンコクの公園の中に場当たり的に増築され続けている巨大なバラックに冷房などあるはずもなく、内部は体感気温が軽く40℃を超えます。 楽しい買い物ならいざ知らず、買い付けの使命を帯びてひたすらに職務を遂行するにあたって、やはりこの暑さは耐え難いものがあります。 それでも熱中症でぶっ倒れたりしてる人にはお目にかからないので、タイ人はやっぱり暑さに強いんだと思います。 僕なんかがだらだらと傍目にも見苦しいくらい汗をかいているのに隣のタイ人は涼しい顔、ということもよくあります。
b0045944_16491574.jpg そんなチャトゥチャックでの終わりなき苦行のさなか、ひとときの安らぎをもたらしてくれるもの、それが今回紹介するVivaです。 Vivaは僕らがうろうろしているセクション26にあるバーです。 最初はバンコク在住のチコから教えてもらったのですが、それ以来行くと必ずここでひと休みしています。 そばには名物のソムタム(パパイヤサラダ)屋などもあり、飲み食いには事欠かないエリアです。 店のオーナーのはチコの友人でもあり、このバーの成功で同じチャトゥチャック内に同名のカフェも開くに至りました。 またオーナーの姉はカフェの向かいで「natta」という雑貨屋を経営しています。 スエード小物などが充実してるなかなかの店です。
 前回僕らが行った時には、ちょうど2日前にチェンマイのとある店で見かけたイタリア人女性をVivaで偶然見つけ、再会を祝いました。 その女性はバンコク在住で、自宅の調度品を揃えるため、夫とタイ国内のアンティーク買い付け旅をしているとのこと。 Vivaはそうした情報交換の場でもあります。
 みなさんもチャトゥチャックに行かれる際にはぜひ寄ってみて下さい。
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by theshophouse | 2005-01-29 17:19 | Asian Affair | Comments(0)
石ちゃん来店
b0045944_2375288.jpg ずいぶん前のことなのですが・・・。 昨年8月の末、日本テレビ系列「メレンゲの気持ち」の取材で弊店を訪れた石塚さん。 番組の中の「石塚英彦の通りの達人」というコーナーで千歳船橋が特集されたのだった。
 事前にロケハンしに来たスタッフの方曰く、「石塚さんはじめスタッフもデブが多いので、汗っかきなんです。 できれば取材中はいつもより冷房の設定温度を低くしておいていただけないでしょうか?」と丁重に頼まれた。
 実際の石ちゃんは思ったほど大きくなく、小太りという印象。 記念撮影をお願いすると気さくに応じてくれた。 カメラを構えて撮る寸前までは仏頂面(というか普通の表情)だったのだが、写真はご覧の通りである。
 取材当日、店にはマスコットのたま吉もいたのだが、石ちゃんはたま吉を見るや、「お~い水島ぁ~! 一緒に日本に帰ろうーっ!」とビルマの竪琴ネタを披露。 芸人さんっていうのはやっぱりいろいろ引き出し多いなあと実感。 ただ、オンエアでそのシーンを目にすることはなかった・・・。
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by theshophouse | 2005-01-27 23:24 | Non Category | Comments(0)
上海2005 豫園・外灘・陸家嘴編
 最終日。 今日は友人のO嬢が紹介してくれた上海人のエージェント、Gさんに会うため待ち合わせ場所の花園飯店(ホテルオークラ)に向かう。 日系のホテルらしく門松が飾り付けられたロビーで待っていると、頬を赤く染めたGさんが小走りでやって来た。 挨拶もそこそこにGさん行きつけのレストランに向かう。 GさんはO嬢から頼まれた仕事で昼夜の別なく多忙を極めているので、昼食を挟んでの顔合わせとなったのである。 滞在3日目にして初めての正式な上海料理である。 その味は油っこさの中に少々癖のある独特のもので、日本の中華料理に慣れている舌では少し違和感を感じるかも知れない。
 Gさんの夫はアメリカ国籍で、Gさんも最近グリーンカードを取得することができた。 今は上海とニューヨークで別居生活だが、いずれは夫婦でニューヨークに住む予定だという。 Gさんは日系商社の上海支店での勤務歴が長く、当時から日本のアパレルメーカーを中心に仲介業務をしてきたそうだ。 Gさんは我々に「今年中に投機目的で東京に不動産を買いたいと思ってるの。」と言う。 歳は聞かなかったが、おそらくGさんは僕らより年下である。 このあたりにも元気な今の中国が垣間見えた。
 満漢全席ではないが、中国ではお皿をいっぱい並べて食事をし、少し残すのが礼儀というのを聞いたことがあった。 全部平らげてしまうと足りなかったと受け止められて、もてなした人に恥をかかせてしまうと。 ところがGさんによると、近年そうした慣習は悪習とみなされるようになり、みんな食べられるだけ注文するようになったという。 むしろ僕らの方がそうした古い慣習にとらわれすぎたせいで幾つかの皿には少し食べ残しがあったのだが、Gさんは僕らに断ったうえで店員を呼び、食べ残しを店が用意した持ち帰り用の容器に詰めて持ち帰り、夜食にするという。 最近はどの店も持ち帰りに対応してくれるそうだ。 僕らは少し申し訳ない気持ちになった。 中国は世界市場に仲間入りする過程で、これからも多くの普遍性を獲得し、多くの固有性を捨て去っていくのだと思う。 Gさんとの食事のなかで、この国が文革以来の大きな変革期にあるのだということを改めて実感した。
 Gさんと別れてタクシーを拾い豫園に行く。 豫園は2万㎡に及ぶ広大な伝統的中国庭園である。 元々は1559年、明の時代に四川省の役人だった藩氏が作った私邸というから驚きだ。 ガイドブックにあるとおり、「上海のなかのチャイナタウン」という雰囲気のエリアだ。 香港でいうところのかつてのタイガーバーム・ガーデンである。 目的はふたつ。 南翔饅頭店で小龍包を食べ、湖心亭で中国茶を飲む。 まさに豫園観光の王道である。
 広い豫園だったが南翔饅頭店の場所はすぐわかった。 行列さえ発見すればいいのである。 行列には先客が20人ほどいた。 日頃なら行列アレルギーの僕らとしては絶対並ばない場面だが、ここは上海、そう簡単にまた来れるわけではないので、潔く最後尾に並んだ。 小龍包は18個入りで8元(約100円)という庶民価格であるため、観光客ばかりでなく地元の人も行列を形成する。 20分ぐらい待っただろうか。 ようやく僕らの番が回ってきた。 テイクアウトした連中はみな湖心亭が浮かぶ池のほとりに陣取って食べているので僕らもそれにならった。 その味はもちろん美味しかったが、期待していたより普通だったというのが正直な感想。 18個は一人前だが、二人で分けても多い量であった。 見ると地元の人はこの18個で完全に一食分と考えているような食べっぷりである。 六本木ヒルズではいったいいくらで売ってるんだろう?

b0045944_22454183.jpg南翔饅頭店
直前に食券を買ってから小龍包と交換するシステムになっている 行列は終日絶えることはない 店の2階でも食べることができる 行列がひどい時は中で食べた方が早くありつけるかも
b0045944_2246368.jpg小龍包
18個入りが8元、36個入りが16元である イメージ的には食いつくと肉汁が溢れんばかりにほとばしるのかと思っていたが、そこまでの汁量はなく、じわっと出てくるぐらいのもの ちょっと失望
b0045944_22463125.jpg湖心亭
湖に浮かぶ茶楼 こちらも人気だが、南翔饅頭店よりはるかにすいている
 熟慮の末、湖心亭でのお茶をパスしてタクシーで外灘へ向かうことにした。 もっとも上海らしいエリアだ。 1930年代、上海が「東洋のウォールストリート」と呼ばれていた頃とまったく変わらぬ重厚な石造建築物が今もそのまま建ち並ぶ。 目的地は「THREE ON THE BUND」という新しいスポットだ。 元々はイギリスの保険会社が1916年に建てた中国最初の鉄骨ビルディングだそうで、外観は当時のままだが、中身は大規模なリノベーションによってレストランやショップ、スパなどが集まる上海の最先端スポットになっている。 このリノベーションの中心にいたのが、あのポストモダンの旗手マイケル・グレイヴスというから驚きだ。
 食事にはまだ少し早い薄暮の時間だったので、最上階の「New Heights」というバーに行くことにした。 中国の五星紅旗がはためくテラス越しには対岸の陸家嘴のビル群が見える。 まるでこちらに来てからの決まりごとのように青島啤酒を飲む。 僕は単純な人間だから、うまいビールがある国なら何処だって住めるだろう。 大同小異の多銘柄、発泡酒、穀物ビール飲料、町おこし地ビールとカオス的様相を呈している日本に比べると、この「青島一本」で事足りる中国の姿勢は極めて潔くていい。 好感すら覚える。
 そろそろ上海の最終目的地であるグランドハイアット上海に向かうことにする。 外灘観光隧道へと続く階段を下りる。 外灘観光隧道は外灘と陸家嘴を結ぶ海底トンネルだ。 チケットを買って進むと小さなゴンドラが待っていた。 妻と二人で占有乗車。 走り出すとすぐに始まるのが、やや子供騙しの音と光のページェント。 その音と光の乱舞に飽き始めた頃、ゴンドラは対岸の陸家嘴に着く。 地上へ出るとすぐ眼の前に東方明珠広播電視塔がある。 上海のランドマークのひとつだ。 この電波塔のデザインにも驚かされるが、そばに近づくに従ってその高さに圧倒され始めたグランドハイアットも異様な存在感を醸し出している。 お腹もすいてきたので、グランドハイアット・メインエントランス・ビューを誇る恵まれた立地にたたずむこじんまりとした上海料理のレストランでしっかり食べてから、ホテルに行くことにした。 目指すは87階のバー「Cloud 9」である。

b0045944_2344551.jpg外灘観光隧道のゴンドラ
すいてるので一人でも占有できる この時点ではかなりワクワクして子供のようにはしゃいでいた僕らだった
b0045944_235395.jpg走行中なこんな感じ
子供は喜ぶと思います 途中軌道上で2人ほど轢き殺すという悪趣味なアトラクションもあり
b0045944_23102153.jpg東方明珠広播電視塔
近すぎてデジカメのファインダーに収まらず、2カットを合成した写真です それにしてもこの子供じみたデザインはいったい何なんだ!?
 ホテルはロビーからして既に54階である。 そこからの夜景だけでもう満腹状態、これ以上何を求めようものか。 ロビー階からエレベーターを乗り換えること2回、僕らはようやくCloud 9にたどり着いた。 世界一高い場所にあるバーである。 残念なことにその夜は多少ガスっぽく、居る場所が高すぎるせいか雲にさえぎられて視界不良、54階の方がかえって夜景はよく見えた。 妻はバーカウンター越しに窓を背にしたバーテンダーの方を見ながら、本来特等席であるはずの窓際のスペースを酒のボトルで埋め尽くすようにデザインしたこのバーの設計者に対してしきりに不満を表明していた。 まったくだ。 僕だってもう少しうまくレイアウトできそうに思える。
 二人のグラスがその用を成さなくなりかけた頃、どこからともなく中国服のおじさんが何かを大事そうに抱えてやって来た。 最初はおもちゃに思えたそれは生きた小鳥だった。 小鳥は「八卦抽答」と記されたやや大袈裟な止り木にとまっていた。 直後、鳥占いだと直感した。 鳥好きの僕らにとってまさに渡りに船。 深夜労働の金色雀には少し気の毒だが、二人の今年の運勢を占ってもらうことにする。 ところが虫の居所が悪いのか、なかなか札を選んでくれない。 やがておじさんは見切りをつけたのか、何処からか別の金色雀を持って来て再挑戦してくれた。 ようやく選ばれた札には「損得運」の文字、今年は僕にとって激動の年らしい。 一方妻は「富盛運」という何だが儲かりそうな運勢だった。 地上87階にはあまりにも不似合いな鳥占いだったが、ろくに景色が見えなかったので楽しい思い出になった。 うちのたま吉にも占いの技を仕込んで店の目玉にしようと思う。

b0045944_23143167.jpg鳥占い
裏側には「Fortune Telling Bird」の文字 両側の小鉢はそれぞれ餌と水入れ 手前に並べられたのが占いのお札
 過去と未来が共存し、躍進を続ける中国経済のシンボルといわれる上海。 そんな枕詞を頭から排除してこの街を見つめ直すほどの時間がなかったのが残念だが、次回はもう少し長く滞在してみたい。 そしてまたこの街に行くとすれば、変化の只中にある今が一番面白い。 宇宙船のようなデザインのビル群と、香港の九龍城のようにいずれ取り壊される運命にあるゲットーのような長屋。 最新流行のファッションに身を包み携帯電話片手に闊歩する若者たちと、いまだ人民服の老人たち。 すべてがコンフリクトしている今の上海は退屈とは無縁の街だ。
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by theshophouse | 2005-01-24 23:44 | Odyssey | Comments(1)
反乱のボヤージュ
b0045944_0571013.jpg 野沢尚にハマっていることは少し前にも書いた。 あれからハマりっぱなしで、ほとんどすべての単行本を読んだ。 で、以前最高傑作は「呼人」と書いたが、「反乱のボヤージュ」もそれに比肩する作品だ。 同作品はサスペンスが中心の野沢作品の中にあっては異色の青春小説であった。
 物語は首都大学の学生寮「弦巻寮」で繰り広げられるのだが、弦巻寮の世界と個々の寮生たちの描写がいきいきしていて、自分も寮の一員になったような気にさせられた。 弦巻も組立工のバイトの時に3年ほど通った街だ。 彼の作品に出てくる街のほとんどが僕の生活圏であることは前にも述べた。 もはや偶然ではないだろう。
 他の野沢作品はいつも2、3日で読みきってしまうのだが、この作品だけは違った。 読み進むうち、この物語の結末を迎え難くなってしまい、日に30ページぐらいしか読めなくなってしまった。 読んでいる間だけは共有できる弦巻寮の世界を手放したくなかったのだ。 しかしどんな物語にも結末はやって来る。 そして、その結末は他の野沢作品には見られない痛快さと明るさに満ちていた。
 自分がなぜこんなに野沢ワールドに魅かれるのかを確かめるため、僕は「龍時01-02」に取りかかった。
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by theshophouse | 2005-01-22 01:07 | Books | Comments(0)
アジア・デザイン界の暴れん坊将軍 ケネス・コー
 その存在を知ってしまった以上、やはりこの男について触れぬわけにはいくまい。 問題の人物ケネス・コーは上海生まれで香港に事務所を構えるインテリアデザイナーである。 僕たちが彼の存在を知った、いや、正確に言うと彼の本性を知ったのは上海にあるライフスタイル・ショップ「LIFEZTORE」を訪れたことによる。
 まず店に入って我々が直面したのが、ボディービルダーとおぼしき中年男性の巨大な写真パネルがあちこちに置かれているという、この種の店に決してあるまじき状況だった。 男の名前は高文安(Kenneth Ko)というらしい。 名前の下には「香港室内設計師之父」とある。 香港では大御所のインテリアデザイナーらしい。 僕も以前訪れた香港の上海灘のデザインも彼によるものらしい。 そういえばかつてそんな名前を聞いたことがあったようななかったような・・・。 華僑らしく、自分の本名とは何の脈絡もない「ケネス」という英語名をつけるあたりまでは許せても、その筋肉ムキムキのヌード写真はいかがなものか?

b0045944_039227.jpg店内に10種類ほど掲示されていた特大ケネス裸体パネル
思わず「何だこれ?」と立ち止まってしまう2×2mの巨大パネル そこそこいい店なのに、これではせっかくの商品が台無しだ
 このLIFEZTOREとケネス・コーの関係はわからないが、彼の作品らしきものが店内にいくつもあることだけは間違いない。 ウェブサイトを見ても彼の直営店というわけではなく、デザインもの全般のセレクトショップという趣きである。 たまたま僕たちが訪れた時にケネス・コー・フェアでもやっていたのだろう。 で、ケネスの何のフェアなのかというと、普通なら彼の新作家具の発表会であるとか、新たに手がけたプロジェクトにまつわるものなのだろうが、2000㎡を誇る広い店内を隅々まで見渡してもそうしたコーナーは存在しないのである。 しかし、店内でも最もデッドスペースになっている奥の方に行くと、フェアの主役が明らかになった。
 ディスプレイ用の棚にまるで人目をはばかるようにひっそりと、しかし大量に置かれていたのは「Kenneth Ko At His Peak」と銘打たれた本。 その内容は彼の集大成となる作品集などでは決してなく、最初から最後まで海辺のリゾートでその鍛え上げた肉体を惜しげもなくさらしている53歳の男のヌード写真集であった。 パラパラとページをめくってみると、ケネスはありとあらゆるポーズで自らの完全な肉体を誇示しつつ、恍惚の表情で印画紙に焼き付けられていた。 全編完全全裸、一糸まとわぬ裸だけの写真集である。 しかも同じ内容で小さいサイズのカラー版と、大きなサイズでモノクロの豪華本仕様の2種類が用意されている。 よく見ると豪華本の方には日本語で「今が最高の時…」と記された肩掛けがついているではないか。 その上の棚には肩掛けのタイ語バージョンもある。 確かにケネスは日本でのプロジェクトの経験もあるのだが、この本のターゲットとして日本はおろかタイまでも視野に入れていることじたい理解に苦しむ。

b0045944_0401172.jpgケネス・コー写真集「At His Peak」カラー版
全編にわたってこのようになケネスの恍惚とした表情と見事なポージングが横溢している
b0045944_0404463.jpgモノクロ豪華本についていた日本語の肩掛け
「今が最高の時…」という邦題を見て、僕と妻は思わず吹いてしまった 正しい訳には違いないが、これでは後の人生落ちる一方みたいだ
 ケネス・コーのウェブサイトによると、亡き母に捧げられたというこのヌード写真集を出版した動機は、仕事で成功することと同時に健康な身体を得てこれを維持することの意義を勤勉なアジアの中年男性に伝えたいという、実に大それたものであった。 果たして彼の目論見どおりにこの写真集をアジアの中年男性が買い求めるのだろうか? この店でもなかば厄介者扱いされているこの写真集、記念に一冊買って帰ろうとも思ったが、知り合いに見せて一笑に付した後の処理が困ることは目に見えているので思いとどまった。 勤勉かどうかは別にして僕も今やアジアの中年男性、あやうくケネスの策略に引っかかるところだった。
 これだけの人物がネットで盛り上がってないわけがない。 しかし東京に帰って、ありとあらゆる組み合わせでググってみても、さっぱり検索結果に反映されてはこなかった。 かくなるうえは、後に続くであろうケネス・ウォッチャーたちのためにもこの僕が日本におけるケネスネタに先鞭をつけるしかない。 アジア・デザイン界の暴れん坊将軍ケネス・コーの今後に注目である。
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by theshophouse | 2005-01-18 14:35 | アジア人物伝 | Comments(0)
上海2005 呉中路・衡山路編
 上海二日目の今日はアンティーク家具店を見てまわる予定になっている。 上海市の西部を走る呉中路沿いには大規模なアンティーク家具店が点在する。 短い上海滞在の中で時間の許す限り多くの店を見るため、朝食もそこそこに地下鉄に飛び乗った。 中山公園駅で下車してタクシーを拾い、呉中路へと向かった。 タクシーの初乗りは10元(約116円)。 上海のタクシードライバーは中国で一番マナーがいいそうで、旅行中まったくトラブルはなかった。 日本と同じように領収書をプリントアウトしてくれるので出張には便利だ。

b0045944_0455290.jpg上海市地下鉄にて
下着姿のモデルの写真に発情し、思わずホームから飛び込む人が続出しているようだ
 呉中路の店はどれもでかい。 ビルの全フロアがまるごとアンティーク家具で埋め尽くされていたり、体育館のような建物がすべて店兼工房だったりという具合である。 明代や清代のものとおぼしきものもあるが、多くは近代にリプロダクションされたもの、という感じ。 何軒か回れば中国家具のほとんどのものが揃いそうな気配であったが、それらのなかに僕らの探すものはなかった。 僕らの印象では、タイなんかで見かける中国家具の方が洗練されている印象がある。

b0045944_0462976.jpg呉中路のアンティーク家具店
高校の体育館4つ分ぐらいのスペースをアンティーク家具が埋め尽くす 呉中路はこんな店ばかりだ
 最近特にそう思うのだが、我々の場合買付けといってもむしろ「いかに買い付けないか」という買い付けである。 予算が少ないこともあるが、それをネガティヴに捉えずに限られた条件下でいかにいいものを掘り出すかに集中する。 うちの店らしいものはもちろん、そのうえで他の店には無いようなもの、そして当然何処かの誰かにすごく気に入られて買ってもらえそうなものをひたすら探す。 潤沢な予算であれもこれもと買い付けることができる人は羨ましいが、予算が少ないおかげで審美眼は多少なりとも鍛えられた。
 店は呉中路沿いに点在しているので、移動は歩くに遠し、タクシーに近しという距離だ。 地図を片手にどうしようか迷っていると、すぐそばの停留所にダブルデッカーの路線バスが停まった。 「乗ってみようよ!」という妻に促されてバスに飛び乗ったはいいが、降車する停留所もわからない。 さいわいバスには料金収受員の女性が乗り合わせていた。 何のことはない。 料金先払いでチケットをもらう、勝手知ったるバンコク方式だ。 言葉は通じないまでも筆談ならどうにかなる。 僕は次に行く店の住所「呉中路○○○」を地図の余白部分に大書きし、収受員の女性に指し示した。 すると女性はジェスチャーを交えながら二つ目の停留所で降車するよう教えてくれた。 料金は1元(約12円)であった。 何処の街に行っても一番の庶民の足は路線バスだ。 バスに乗って初めて庶民の目線で街を眺めることができる気がする。 今回は時間がなかったが、次回はバスルートマップを入手してバスを乗りこなしたい。 バンコクのように。
 10軒近くアンティーク家具店をまわった僕らだったが、結局これといった収穫はなく、買い付けに備えてバッグに忍ばせた人民元を使うことはなかった。 僕らはふたたびタクシーを拾い、地下鉄を経由して衡山路に向かう。 このエリアはもともとフランス租界の富裕層のための屋敷街で、現在は各国領事館や洒落たレストランやショップが立ち並ぶエリア。 東京でいうならさしずめ広尾。 目的の店は「Madame Mao's Dowry」という雑貨店。 直訳すると「江青の持参金」となるこの店、小雨が降り始めるなかようやくたどり着いてみると閉店時刻前にも関わらず早じまいしており、中に入ることが出来なかった。 文革に魅せられたイギリス人がやっているだけあって、ウインドウ越しに中を覗き見ると毛沢東の等身大人形がシンボルのように鎮座し、共産党グッズ各種が陳列されている様子が伺える。 それにしても酔狂なものをテーマに店を開いたものだ、と思う。 まあ個人オーナーの店っていうのはこうしたコアな世界が展開されていた方が面白いもの。 入店の機会は次回以降にとっておこう。 ただひとつ、雨が降ろうが槍が降ろうが営業時間は守りなさい。 江青女史がご存命なら真っ先に自己批判、ひいては粛清の対象となったことだろう。
 続いて同じエリアの店をいくつか見てみるがめぼしいものはなし。 例によって「買わないモード」に再突入である。 つまるところ上海にはまだまだそれほど魅力的なものは少ないということか。 結局最後に行ったシルク製品の店で少し仕入れたのがこの日の唯一の買い付けであった。
 夕食は昨晩目をつけておいたセント・レジスそばの火鍋屋に行くことにした。 中に入ると広い店内はなかなかの盛況、これは期待できそうだ。 三度目の火鍋だが、14年前マニラで華僑の取引先に食わせてもらったのが最初で、次は渋谷の店であり、本場では始めてである。

b0045944_0313276.jpg宿泊していたホテル近くの火鍋屋
火鍋屋の名前には最後に「城」がつくのが多いようだ 見てのとおりロードサイドの巨大火鍋屋といった風情 もともと四川料理の火鍋だが、いま上海はちょっとした火鍋ブームなのだそうだ
 まずベースとなるスープを10種類の中から選択。 火鍋としては最もスタンダードな辛いスープと普通のスープのコンビネーションである紅白の二色鍋を選択。 メニューのスープの欄に「紅白」とあったのでどうにかわかった。 しかし、入れる具材のメニューは当然のごとくオール漢字ながら、なぜだかその内容はまったくイメージできないから困惑してしまった。 あいにく英語のできる店員もいないという。 僕と店員は顔を見合わせて笑うしかなかった。 すると店員は「ついて来い」とばかりに僕を店の奥に連れて行く。
b0045944_23435570.jpg そこは厨房だった。 そこには、これから客のテーブルへと運ばれる火鍋の具材が皿に盛られた状態でたくさん置かれていた。 店員はこの現物から僕に選ばせようとしたのだ。 厨房への突然の闖入者にホールのスタッフも厨房内に集まってきた。 厨房のスタッフは一皿一皿僕の前に具材を差し出し、そのなかから気に入ったものをトレイに乗せていく。 ホールのスタッフのお調子者が、スッポンだの海老だの上海蟹だの僕の苦手なものばかり持ってきて薦めるのだが、僕がいちいち断るたびに何故か周囲のホールスタッフ一同大爆笑で、すっかりイジられてしまった。 そんな苦労のかいあってようやく火鍋にありつくことができたのだが、いかんせんこれが辛かった。 自分の経験のなかではこれまでで最強の辛さの火鍋である。 もちろん赤い激辛スープもろとも具を食べるわけではない。 胡麻油のつけだれが用意されており、具に染み付いた激辛スープをあるていど落とすことができるため、辛さは十分許容範囲内におさまるのだが、顔面及び頭部から流れ落ちる汗をおしぼりで拭いながら食べるのがなんともしんどいのだ。 気持ちは辛さを受け入れても体の方が危険信号を発しているのだ。 それでも結局僕は赤の激辛スープ一本で通した。 前回渋谷で両方のスープで食べていたら、白い普通スープまでも赤く染まって辛くなってしまい、もっぱら白一本の妻に怒られた苦い記憶があったからである。
 明日、トイレに行くのが少し怖い・・・。
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by theshophouse | 2005-01-18 01:08 | Odyssey | Comments(3)
たまちゃんの電線音頭
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 今年は酉年ということで、たまちゃんの動画を公開させていただくことにしました。 ただいま電線音頭フルコーラスに果敢に挑戦中のたまちゃんですが、サビの部分に執着するあまり、なかなか先を覚えてくれません。 ボリュームを大きめにしてご覧下さい。

たまちゃんの動画を観る(MPEG4/90sec)
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by theshophouse | 2005-01-17 02:27 | Iiko et Tama | Comments(6)
毛沢東ウォッチ
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右が東台路の骨董街で買ったパチ物、左が10年前に買った上海灘の本物です。パチ物は値切り倒したら本物の7分の1の価格まで下がりました。どちらも手巻式で、ネジの巻き過ぎには要注意。いまだ現役です。
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by theshophouse | 2005-01-17 00:23 | モブログ日報 | Comments(0)



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by theshophouse
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