Top
<   2004年 10月 ( 60 )   > この月の画像一覧
エルデコ奮闘記
b0045944_23421450.jpg 商売柄、海外のインテリア事情は気になるものである。 そうした情報をてっとり早く入手する方法として、興味の対象である国のインテリア雑誌を見るという方法がある。 都合の良いことに、そこらへんの洋書屋まで足を運ぶ時間さえあれば、先進国とよばれている国のインテリア雑誌の多くを見ることができる。
 しかし仮にもっとエキゾチックな国々のインテリア雑誌を日本で定期講読したいとするならば、旅行でその国に行った際に一冊購入し、巻末の定期講読申込用のハガキに必要事項を記入して送るしかない。 半年か一年分に送料を加えた額を送金し、最初の号を辛抱強く待つ。 多少時期遅れの号でも届けば一安心、2ヶ月め、3ヶ月めと送られてくればもうこっちのものである。
 エル・デコ香港版は毎号きっちり送られてきた。 ところが講読しはじめてから1年3ヶ月がたとうという1998年6月、香港の出版元の予約講読係から「エル・デコ香港版は今号をもって廃刊とさせていただきます。 今後はエルの付録として不定期に刊行する予定です。」というEメールが突然送られてきたのである。 そんなことを言われてもこちらは既に一年分の料金を支払い済みなのである。 ハイそうですかというわけにはいかない。 僕は担当者に抗議の書簡を送信した。 出版社の担当者は現在日本語を勉強中のローザさんという女性で、メールの文中にも英語に混じって「コカッダデスネ、タカクラサン、チョットカクニンシラレマセンカ?」と意味不明な日本語が顔を出し、話がよけい複雑になってしまった。 結局その後のやりとりが功を奏して余分に支払った額はちゃんと僕の口座に払い戻された。 ローザさんとの変な日本語を介したやりとりは、ある意味エル・デコ香港版より面白かった。

b0045944_23424332.jpg タイのエル・デコはひどかった。 お金を振り込んでもまったく送られて来る気配がない。 抗議のファックスを何通送っても返事がない。 いたずらに月日は流れ、あきらめかけていた頃、突然半年前の号が送られてきた。 それから約2ヶ月後、今度はまとめて3冊が送られてきた。 しかも前に送られてきた号との間3ヶ月分が欠落している。 1年分の料金を払った僕の元に届いたのは結局それだけだった。
 このような配達状況は以前年間講読したイタリアの某デザイン誌と極めて酷似していた。 ただ困ったことにタイのエル・デコはそこそこ面白かったのだ。 僕は仕方なくバンコク在住の友人に頼んで毎月最新号を郵送してくれるように頼むことにした。 このことから僕が得た教訓は「ラテン系の国の雑誌の年間講読は回収率50%を旨とすべし」ということである。(2000/11/16出稿を再録)
[PR]
by theshophouse | 2004-10-31 23:45 | Asian Affair
あんでるせん その後
 1年ぶりの福岡出張へ行ってきたのだった。 またまた例によって取引先のスタッフの皆様と親戚のもつ鍋屋(もつ幸・祇園町地下鉄出口そば)で談笑していると、スタッフのひとりである井上君が突如として挙動不審な動き。 注視していると彼はカバンからおもむろに何かを取り出した。 「こんなものが手に入りましたよ。」 井上君が僕に差し出したのは何とあの超能力喫茶「あんでるせん」のショップカードであった。 聞けば氏の父君がはるばる福岡から長崎・佐世保のあんでるせんに行ってこられたというではないか。
 僕はあまりに突然の展開にいささか狼狽しながらも言葉をつないだ。 「それで父君は(あんでるせんについて)何かおっしゃっておられましたか?」 井上君曰く「父はあのマスターはやっぱりタダ者じゃないと言っていました。」 ううむ、またしても身近な人があんでるせん詣でを果たしたか。 このままでは僕ひとりが置き去りにされてしまうのではないか。 これまで4回にわたってこのあんでるせんをウェブサイトで取り上げてきた僕としてもこの事態は看過できるものではない。 かねてからあんでるせんへの旅を画策してきたものの、東京と長崎という物理的距離の大きさからそれは実現に至ることはなかった。 あんでるせん訪問は福岡出張とセットで行うのが地理的にも合理的ではあるが、今回は「讃岐うどんツアー」という別のオプションが既に選択されていたのである。 我々(僕・ルイジ・クニーニョ)は長崎ではなく香川に立ち寄って東京に帰るのである。
 もしかしたら僕はあんでるせんに行くことを無意識のうちに避けているのかも知れない。 行ってすべてをこの目で見た瞬間にすべてが白日のもとに曝されてしまうのを恐れているのかも知れない。 仮に無理して行ったところで店の前に「タカクラさん、あなたはうどんが食べたいのでしょう ここにはカレーしかありません また出直してきて下さい」とマスターのコメントが貼り出されているのがオチだ。 そう、きっとマスターは僕が来れないように今回「讃岐うどんツアー」という降って湧いたようなオプションを用意したのだ。 そうに違いない。 我々は常にマスターによってその行動を規定されているのだ。
 かくして今回もあんでるせんについての潜入ルポはなし。 この話、いつまで引っ張れるかわからないが、僕としてもこの話の落としどころが未だ見えない。 結局最後は行くしかないのだ。 しかしこんな激レアなものとお目にかかれるとは思ってもみなかった。 ネタ提供者の井上君の顔写真とともに公開させていただく。(2000/10/31出稿を再録)

b0045944_23302677.jpg情報提供者の井上君
現在ロンドン在住 僕の「モザイクかけましょうか?」との問いに「モザイク無用」とは本人の弁 さすが九州男児である 次回はお父上にもお会いしたいものだ
b0045944_23304849.jpgあんでるせんのショップカード
型紙用の紙を切り抜きスタンプを押しただけの飾り気まったくなしのカードである 市場価値は底知れない

[PR]
by theshophouse | 2004-10-31 23:37 | Mystery
連絡下さい。
 便利な世の中になったものである。 携帯電話の普及は誰でも何処でも連絡がとれるという状況を生み出した。 インターネットの広がりは地球上のあらゆる人との双方向のコミュニケーションを可能にした。 現代に生きる我々は帰せずして他者と繋がっている。 そうした人的連鎖の中にこそ自分を見い出すことができる。 高度情報化社会において人は個体では存在しえないのだ。
 しかしそんな現代においても、様々な理由から連絡がとれなかったり音信不通でどこにいるかもわからないといった対象者は存在する。 そんな時、人はいまでも全国紙に尋ね人広告をうってみたりする。 携帯電話やインターネットの時代に尋ね人広告とはいかにもアナクロな手法には違いない。 けれども新聞の尋ね人広告は、インターネットが「接続」という手順を踏まなければならないのに対して、より直接的かつ無遠慮に視野に入ってくる。 小さいながらもその行間にひとつの人生が凝縮された尋ね人広告は、見た者を一瞬どこかの見知らぬ人たちの見知らぬ顔や暮らしへと誘わずにはおかない。
b0045944_23231026.jpg 新聞の尋ね人広告が載っているスペース、そこは言わばワケありのスペースである。 最近では再三の虫や爬虫類の混入に恐々とする食品メーカーの謝罪広告ばかりが幅をきかす。 自動車のリコール、おくやみなど、「本来なら広く告知しなければならないが、あんまりおおっぴらに広告うつのもちょっと・・・。」というような内容の場合に重宝がられるスペースなのである。 先日も食品メーカーの謝罪文の隣に尋ね人広告を見つけた。 食品メーカーの謝罪文がかたちばかりのプロットの羅列なのに対して隣の尋ね人広告の言葉はステレオタイプではあるが血の通ったメッセージと受け取れる。 両者の広告へ込めた思いの温度差は如何ばかりか。
 範嘉さんはこの広告を見たのだろうか? 範嘉さんの家族は3人暮らし、東北のとある小都市に住んでいたが、家業である畜産の仕事を継ぐことが嫌になった範嘉さんは父英一さんとの大喧嘩の末18歳の時に家を飛び出した。 それからはや10年の歳月が流れた今年、母親が持病の肝炎を悪化させ危篤状態に。 風の噂で東京方面にいることを伝え聞いていた英一さんは藁にもすがる思いで主要各紙に息子範嘉さんへ宛てた広告を頼んだ、といったような情景を僕はその行間に垣間見てしまう。 この広告が掲載されたのは7月28日、範嘉さんが母親に会えたと信じたい。

b0045944_232336100.jpg 高橋芳雄さんは女ばかりの4人兄弟の末っ子、唯一の男の子として生まれた。 3人の姉に可愛がられてすくすくと育ち、やがてふみさんという伴侶を見つけ実家で父母と祖父母、いきおくれた3人の姉という大家族のなかで新婚生活をスタートさせたが、度重なる姉たちの辛辣な嫁いびり、介護に等しい老いた祖父母の世話、意地悪な姑との確執といった未曾有の危機に直面し早々に結婚生活は破綻。 これに業を煮やした芳雄さんは家族を捨ててふみさんと家を出ることを決意、深夜みんなが寝静まった頃を見計らって家を後にし夜行列車が待つ駅へと急いだ、なんてことはないだろうが芳雄さんはたぶん気の優しい人なのではないかという気がする。 理由はない。 この広告は9月15日に掲載されたものだが、芳雄さんとふみさんが仮にこの広告を見たとしても連絡はしていないだろう。 世の中には理由あって音信不通にならなければならなかった人や連絡したくてもどうしてもできない人がいるのだ。
 新聞の尋ね人広告を見るたび僕はそんな「繋がらない人々」のことをついつい考えてしまう。(2000/9/26出稿を再録)

Vote for Design+Art Blog Ranking
[PR]
by theshophouse | 2004-10-31 23:28 | Critique
これは一体?
b0045944_19164433.jpg

何のアピールなのか?Σという文字がつく社名のビルなのか?麹町にて。

Vote for Design+Art Blog Ranking
[PR]
by theshophouse | 2004-10-31 19:16 | モブログ日報
パーキングメーターの考現学(1986)
b0045944_2354103.jpg

 写真を撮る時、何かテーマを決めて撮るというのも面白いものです。 世界中どこの国に行っても、道を歩けば道路標識や電話ボックスなど様々な公共の設置物や施設があります。 こうした公共施設のデザインはお国柄を実によく反映しているものが多く、その国の行政のデザイン的洗練度を測るにはもってこいの代物です。
 僕が選んだのはパーキングメーターでした。 撮影年が古いこともありますが、そのいずれもがアナログ式のメーターを採用しており、現在の日本のような味気ないデジタル表示のものはありません。 デジタル式のメーターはちょっとやそっとじゃ狂わなそうなので、不心得者に殴られたり蹴飛ばされたりすることはなさそうですが、アナログ式のメーターは昔のピンボールマシンのようにありとあらゆる方法で衝撃を加えられ、おまけにせっせと集めた小銭も叩き壊されては盗まれるという悲惨な扱いを受けています。 従ってなかなか状態のいいものがなかったのですが、選びに選んで写真を撮りました。
 左上と右下はオランダのもの、右上がフランス、そして左下が西ドイツのものです。 こうして並べてみると、さすがにフランス製はシトロエンに通じるエスプリを感じさせます。 万国共通の下品な落書きは一対のメーターを男と女になぞらえる極めてわかりやすいメタファーと言えるでしょう。 ドイツ製のものはやはり質実剛健で機能性重視のデザインを感じさせられます。 個人的には右下のオランダのものが程よくメカニカルで好きです。
 それにしても日本の「親方日の丸」的な設置物や施設は、なぜかくも無機質でつまらないデザインばかりなのでしょう。 指定された業者が何の競争もないまま製品を作っては設置することの繰り返しで、そこには公共の設置物のデザインに対する真摯な議論も、独占的に決められた法外な入札価格に対する辛辣な批判もありません。 真に自由な競争がなければ成熟した文化も生まれません。
[PR]
by theshophouse | 2004-10-29 23:55 | Photographs
感動はありがたくない!
 オリンピックの季節がやってきた。 なぜだかこの僕はオリンピック放送には縁がある。 初めてテレビで観たオリンピックはモントリオールだった。 この時は小学生だったが、オリンピックが夏休み期間中に開催されていたこともあり、僕はほとんど連日テレビの前から動けなかった。 そのせいで宿題はまったくといっていいほど手付かずで、新学期が始まって苦い思いをしたのを覚えている。 でもそんなことよりもよけい覚えているのは体操の加藤沢男の平行棒の金メダルや塚原光男の月面宙返りだった。
 それでもさすがに大学を卒業して仕事に就くと、僕とオリンピックのテレビ観戦との蜜月も終焉の時を迎えるかと思われたが、何と急性肺炎をわずらって一ヶ月間の入院を余儀なくされ、ソウルオリンピックもベッドの上でほぼ完全に観ることができた。 アトランタは駄目だろうと思っていたら、ちょうどその頃は勤めていたインテリア・ショップを辞めて独立しようという時期で、思いのほかテレビ中継を見ることができた。
 その四半世紀の間、主に日本人選手の応援をしながらテレビの前に座りつづけた僕だが、四年ごとにその応援が過熱度を増していくのと反比例するようにわがニッポンはメダルを減らし続けてきた。 理由はさまざまだ。 第三世界の参加国の増加による未知の強豪の出現、他国の恒常的なレベルアップ、競技によってのプロの参加の容認などの諸要素によって、日本選手がたちうちできる競技はお家芸の柔道だけになりつつある。 事実アトランタで日本が獲得した金メダル3つはすべて柔道によるものだった。
 しかし何よりも日本が金メダルを減らし続けている理由は、選手個々の意識の変化に負うところが大きいと僕は思う。 ひところの日本人選手は「目標はもちろん金メダルです。 金メダル以外は敗北に等しい。」というようなことを言ってはばからなかった。 ところがである。 今の日本人選手の口から聞かれる言葉はどれも「オリンピックを楽しみたい。」に代表されるイベント参加型がステレオ・タイプである。 これでは勝負事に勝てようはずもない。
 こうした現象は一時期の金メダル至上主義的な世論の高まりに押され、そのプレッシャーのあまりに本番で実力を発揮できずに終わり、マスコミからも槍玉に挙げられたりする選手が続出したために、個々の選手が自然に身につけていった自己防衛本能に他ならない。 その発言は「金メダル→ベストを尽くす→楽しむ」と、時代に応じて徐々に変化してきた。 ただこうした現象のうち日本選手だけに見られることがある。 それは金メダル候補に挙げられている選手までもが「楽しみたい。」という発言になってしまうことである。 これが他の国のメダル候補となると「私は金メダルを取るために生まれてきた。 他の誰にも金メダルは渡さない。」である。
 これは金メダルを期待する周囲のプレッシャーから自己を解放し、より平常心で競技に臨めるようにしようという競技者自身の自己暗示的な側面もあるが、金メダルを確信して競技に望む外国選手とのメンタル面での優劣は如何ともしがたい。 まがりなりにも一国を代表して競技に臨むのである。 そこに至るまでに自分が踏み付け、踏み超えてきたものの大きさを考えれば「金メダルが目標です。」ぐらいのことは義務として言うべきではないだろうか。
 またこうしたイベント参加型のアスリートが増えた理由には、そうした時期のみ日本中に突如として蔓延する感動症候群すなわち「夢をありがとう、感動をありがとう」を声高に叫ぶ人々の存在である。 この「感動をありがとう、夢をありがとう」という陳腐な標語を考えたのはいったい何処の誰なのだ? それはまるで街角で見かける「世界人類が平和でありますように」の看板と同じレベルで無意味だ。 本来美しいはずである「夢」や「感動」といった言葉をこれほど詭弁化する文章を僕は知らない。 これを考えた人には今すぐ名乗りでて全国民に即刻謝罪撤回してもらいたい。 夢や感動に「ありがとう」を言うのは断固として間違いだ。 夢や感動は一人一人の心の奥にこそ訪れる。 横断幕に「感動をありがとう」なんて愚の骨頂、ナンセンスとしか言いようがない。 シドニーで日本選手を応援するスタンドにそんなものが映らないことを祈るばかりだ。(2000/9/11出稿を再録)

Vote for Design+Art Blog Ranking
[PR]
by theshophouse | 2004-10-29 23:26 | Critique
いいこの食生活
b0045944_051059.jpg いいこにも好物というのがあります。 猫も人間と同じように住む場所によって食べるものも千差万別で、アメリカに住む猫は肉は食べても魚には目もくれないというから驚きです。 トムとジェリーでもトムが冷蔵庫から魚をくわえて逃げたシーンは記憶にありません。 その点日本の猫は、日本人の雑食性を反映してか比較的何でも食べます。 日本に土着の猫はしっぽが短いタイプなので、いいこの場合、伝統的な日本の猫というよりもむしろ古代エジプトを起源とする西洋からの流入種に属するわけですが、先祖代々から日本で暮らすうちにすっかり和食に嗜好が移ってしまったようで、やはり魚を主食としています。
 うちで魚を焼いたりするとそれはもう大変な騒ぎです。 いいこのDNAにも「魚が焼かれたら飛びつけ」という、太古から連綿と日本の猫社会に受け継がれてきた情報が書き込まれているようで、するすると台所に侵入しては焼かれたばかりの魚の切り身を強奪し、すばやく口にもっていって咀嚼を試みるも、悲しきかな猫舌はそれを受け付けず、仕方なく温度が冷めるまで手でこねまわしたりしながらようやく胃の中におさめるといった状態です。
b0045944_052694.jpg もちろんうちも毎日魚を焼いたりはしないので、そんな特別の日以外はキャットフードで我慢してもらっているのですが、毎日毎日出されるドライフードをカリカリ黙々と食べているいいこを見ていると不憫に思えてきたりもします。 そこでいろいろなものをいいこに食べさせてみるわけですが、とりわけいいこのお気に召したのが「海苔」でした。 海苔であれば何でもいいわけではありません。 味のついていない高級海苔が大のお気に入りなのです。 あまりの海苔の気に入りように、僕は一時期いいこのことを「のり太郎」と呼んでいたほどです。 考えてみれば海苔も魚と同じ海のもの。 いいこも海苔から魚と同じ磯の香りを嗅ぎとったのかも知れません。
 モンプチもいいこの大好物です。 いいこの聴覚はモンプチの缶の蓋を開ける音を半径100メートル以内であればどこにいても察知することができます。 蓋を開けたが最後、いいこはニャアニャアなきながら執拗に缶へのアプローチを試みます。 家の中にいても、外で誰かがジュースの缶を開けた音に過剰反応してそわそわしています。
 外でいいこに会うと、何やら草むらに顔をうずめては雑草の匂いを嗅ぎ、おもむろに口にくわえてはいきなりばくばく食べていたりもします。 いいこも各家庭で出される食事ばかりでは自分の味覚が退化してしまうという危機感から時折こうした訓練を積み、野良猫としての自分のアイデンティティを再確認しているのでしょう。(1999/5/7出稿を再録)

Vote for Design+Art Blog Ranking
[PR]
by theshophouse | 2004-10-29 00:08 | Iiko et Tama
厚木米軍基地を狙う男達
b0045944_1444531.jpg

今日は納品で平塚へ。途中通った厚木の米軍基地の柵の外にはアヤシイ男達の一団がカメラ片手に真剣な面持ちで陣取っていた。軍事航空オタクだ。

Vote for Design+Art Blog Ranking
[PR]
by theshophouse | 2004-10-28 14:44 | モブログ日報
癒されてますか?
 世の中「癒し」という言葉が氾濫している。 先日もレストランで食事をしていると、隣の席から「やっぱり癒し系ビジネスってこれから注目だと思うんですよね。」なんていう言葉が聞こえてきた。 恐らく日経流通新聞の読み過ぎだろう。 癒し系ビジネスなんてものは決して今に始まったことではない。 温泉やマッサージはその代表的なものだ。 癒し系美女なる言葉もすっかり定着している。 僕自身は癒し系美女のことを次のように認識している。 即ち「スキのないほど美しい訳ではなく、語り口もおっとりしていて、一緒にいて何だか安心できるようなタイプ」である。 このようなタイプは一昔前なら「家庭的な女性」で片付けられていたものである。
 「~系」という表現は人種を細分化して表現する働きがある。 癒し系なんて言葉は、事物や現象を細かくカテゴライスしているに過ぎず、それ自体は太古の昔から存在しているものである。 現代文化はそうしてわざわざ細分化した分野にいちいち新たな価値を創出し、市場を形成していく文化といっても過言ではない。 そんな世の中に踊らされている人は大勢いるだろう。 「踊らされる」というのは決して愉快なことではない。
 街に出てもテレビを見ても「癒されたい」とか「癒されました」とみな口を揃える。 僕はそうした言葉を耳にするたび、「ケッ」と思う。 「癒されました」と言っている人が本当に癒されているようには全然見えない。 それらは多くの場合「のんびりしました」とか「和みました」という表現で済ませられる場合がほとんどだ。 僕は「癒し」という概念はもっと高次のものであると思っている。 「癒し」という言葉を辞書で引くと『病気・苦痛などを直す(の雅語的表現)、「医す」とも書く』とある。 治癒という言葉が示すように、それは医学的な言葉なのである。
 現代人はいろんな意味で病んでいるとしばしば言われる。 その病根は深い。 ちょっとマッサージを受けたり、キレイなものを見たりしたぐらいでは到底癒されるものではない。 むしろ、禅寺にこもって精神修養したり、プライマル・スクリームのような過激なカウンセリングを受けたりでもしなければ、即ち自分の精神をより極限に近い場所に置かなければ真に癒されることはないと僕は考えている。
 つまり癒しとは本質的に本人に能動的に関わっていく姿勢が必要であり、ただ「癒されたい」とじっとしている人は永久に癒されることはないのである。 僕は、癒しという概念は非日常的な空間での極限状態に近いところにこそ常に存在していると思う。 加えて、ある種特異なパワーを持った人的・物的存在により、被験者がそうした次元に引き上げられることで癒される場合もある。 イルカと一緒に泳ぐことで病気が直ったりするアニマル・ヒーリングはその代表的なものだ。 イルカに関してはジョン・C・リリー博士の著作をもとに詳しく書きたいところであるが、話がとても長くなりそうなのでまた別の機会にしたいと思う。
 いずれにしろ、癒しという言葉が氾濫する今、誰もが自分にとっての真の癒しとは何かを自問してみる必要があるのではないだろうか。 人はそう簡単に癒される生き物ではないのだから。(2000/8/20出稿を再録)

Vote for Design+Art Blog Ranking
[PR]
by theshophouse | 2004-10-28 00:37 | Critique
小さなリース業者(1992)
b0045944_0223512.jpg

 この写真はタイのアユタヤにあるワット・プー・カオ・トンという、高さ80メートルの尖塔をもつ寺を訪れた時に撮ったものです。
 この時僕らはトゥクトゥクを一日チャーターして寺巡りをしていたのですが、トゥクトゥクが寺の敷地に入るとすぐに子供たちが集まって来たので、荷台からシャッターをきりました。 子供たちはみな手に古い懐中電灯を持っていて、それを僕に売りつけようとするので僕は「何でこんなところでボロボロの懐中電灯なんか売っているのかなあ。」と疑問に感じつつも、「いらないよ。」と言いながらティップと二人で長い階段を登っていきました。
 それでも子供たちはニヤニヤしながら僕らの後について階段を登ってきます。 僕は構わず階段を登り続け、やっとのことで頂上に辿り着きました。 するとそこには下へ降りる通路の入口が、まるで洞窟のような状態で口を空けていて、これまた階段で降りるようになっているのですが、照明設備がないため2~3メートル先の足元すら見えない状態です。 はっとした僕が後ろを振り返ると、さっきの子供たちがニカっと笑いながら懐中電灯を差し出してくれました。
 子供たちは「懐中電灯のリース業者」だったのです。 おかげで僕は、こうもりに襲われながらも地下通路の奥にある小部屋で見事な仏教壁画を見ることができました。 子供たちは無言で懐中電灯を差し出すので、旅行者にとってはその意味を理解することは不可能でしょう。 だとすると彼らは日々僕のような異邦人とともにこの高さ80メートルの塔を往復するより他はありません。 懐中電灯のリース代は、そうした彼らの労働に見合うほどのものではありませんでした。
 子供たちは頂上に着いた時にビニール袋入りのジュースをくれたり、とても気がきく可愛い子ばかりだったので僕らも仲良くなり、頂上の展望台でしばらく遊んだりしました。 またいつかこの寺をこの写真とともに訪れてみたいと思っています。
[PR]
by theshophouse | 2004-10-28 00:23 | Photographs



思うところを書く。
by theshophouse
カテゴリ
Critique
Asian Affair
蹴球狂の詩
Odyssey
Photographs
Iiko et Tama
Non Category
Food
Mystery
Design
アジア人物伝
Alternative
Books
Movie
Sounds Good
昭和
モブログ日報
F1
号外
Profile
以前の記事
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2001年 10月
フォロー中のブログ
国境の南
osakanaさんのうだ...
青いセキセイインコ推定4...
THE SELECTIO...
V o i c e  o...
わしらのなんや日記
90歳、まだまだこれから...
午前4時から正午まで
藪の中のつむじ曲がり
PISERO しゅうまい...
最新のトラックバック
エス東京オフィス
from はるの日常
才色兼備な「タイのセレブ..
from Boochanの宝探し
チベットでのジェノサイド
from わしらのなんや日記
経済別に選びたい放題!チ..
from Boochanの宝探し
IKEA for ママゴト
from わしらのなんや日記
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧