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カテゴリ:Food( 36 )
トッピングラーメン勝太
2007年6月15日、新装開店した勝太の情報はこちら。
http://shophouse.exblog.jp/7005901/

 僕の住んでいる経堂という街は全国的にもラーメン激戦区で通っている。 「出没!アド街ック天国」でもそういうことになっている。
 確かにラーメン屋は多い。 ただ、あくまで僕の主観で言わせてもらえば、うまいラーメン屋は1軒もない。 巷では東京一の豚骨ラーメンと評判の店「英」もある。 毎日店の前は行列だ。 しかし、幼少より長浜ラーメンを食べつけた筆者はあの粘度の高いスープは「違う!」と声を荒げたくなる。 最初食べた時はスープにとろみをつける片栗粉が入っているのかと思ったほどだ。 しかも麺を食べた後にご飯をスープに入れてぐちゃぐちゃにして食えと薦めている。 僕はそういうのはあまり好きではない。 英に比べれば、チェーン店だがむしろ丸金ラーメンの方が長浜の味を忠実に再現していると思う。 ただし豚骨に海苔はいらないが。
 少し経堂エリアから離れるが、僕が好きなのは百麺である。 近場に食いたいラーメン屋がないから、多少遠くても百麺に行く。 百麺は豚骨臭さでは他に類を見ないほど強烈だが、なぜだか病みつきになってしまう味だ。 月に1回は食べないと落ち着かない。
 僕の場合、ベースにあるのが元祖長浜屋なので、どうしても他人様とはラーメンに関する基準が違ってしまうようだ。 だが所詮ラーメンは嗜好品、各々自分の好きな店で好きなラーメンを食べていればそれでいい。 人気投票など意味がない。 攻略本など不要。 ひっそりと自分の食べたいラーメン屋に足を運び、黙ってラーメンを食う。 好きなラーメンであれば汁も残さず飲む。 それが正しいラーメン食いの姿ではないかと思うのである。

b0045944_023391.jpg 僕は昨年の6月に経堂駅の南側から北側に引っ越したのだが、そのせいで行動エリアが変わり、これまでその存在すら知らなかった一軒のラーメン屋を発見したのであった。 店の名前は「トッピングラーメン勝太」である。 外観写真を見ておわかりのとおり、一見これといって特徴のないさびれたラーメン屋に見える勝太だが、なかなかの名店である。
 「自分はちょっとラーメンにはうるさいよ。 一家言持ってるよ。」なんていう思い上がりを多少なりとも持った人であれば、この「美味しさいろいろえらべます」と思い切り書かれた入口横の壁、赤いテントの堂々たる「トッピングラーメン」の文字を見た時、普通は不安のどん底に叩き落されるであろう。 外観から率直に判断すると、「この中で出されたラーメンを食べて、腹を壊すことなく生還できれば良しとしよう。」という雰囲気だ。 昼時や夕飯時のお腹が空いている時でも、周囲1km圏内に他に食べる店がないというような状況でなければ入るのは避けたい外観と雰囲気である。
 最初中に入った時は勇気が要った。 店はおじさん一人で切り盛りしている。 おじさんの動きには無駄がない。 狭いカウンターの中でラーメン製造マシーンと化している。 おじさんは注文を聞くとき以外ほとんど無言でラーメン作りに没頭している。 やっぱりラーメン屋っていうのはこういうのがいい。 近頃の店は若いのがいっぱいいて妙に威勢がよくてうるさくて疲れる。 それで流行ったらすぐに2店目、3店目と多店舗化する。 こういうのはよろしくない。 おじさんの店はカウンターのみ8席と小さいが、そこには紛れもなくおじさんがすべてを仕切っている唯一無二の空間がある。 ラーメン屋っていうのはそういうのが大切なのだ。
 その昔おじさんは恵比寿の名店「香月」で修行したそうで、出されたラーメンからもそれが伺えた。 ただその味を自分なりに消化しきったのか、そのラーメンにからはおじさんのキャラクターが十二分に感じられた。 店の営業時間は午後9時から午前4時までというかなり思い切った設定である。 さらにこの勝太は地元のコアな若者たちにある種の熱狂をもって受け入れられており、深夜1時を回った頃でも店の前に数人が待っているということもしばしばだ。
 トッピングラーメン勝太は、TVや雑誌のラーメン特集とは無縁の店だが、正しく、そしておいしいラーメン屋なのだ。
 それにしてもラーメン九州ドットコムは見ごたえあるなあ。
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by theshophouse | 2005-02-14 00:36 | Food
近頃流行りの外食店について考えた
 これは自分がインテリアデザイナーだったせいなのであろうが、ある時突然デザイナーが変に頑張ってデザインしている店などに自分の身を置くことが生理的に嫌になった。 物販店ならまだしも、入ったら最後ある程度の時間その空間に身を置くことを余儀なくされる飲食店の場合はなおさらである。 本当に優秀なデザイナーとは、物販店であればそこで売られている商品を、飲食店ならそこで饗される料理を引き立たせるように空間をデザインすべきであると考えるが、ときにデザイナーは自らのデザイン・スタイルを強要したり、実際の商品や料理を過剰に誇張したイメージを押し付けたりすることでデザイナーとしての自らの存在証明を残そうとする。 そんな空間に置かれることは僕にとって迷惑以外の何ものでもない。 いつしか僕の足はそうした店から遠ざかっていった。
 僕が普段利用する食事のおいしい店の多くは内装などにはあまり気を使っていない店が圧倒的に多い。 しかしながらそうした店に入り、何気なく見つめるテーブルのメラミン化粧板の柄や壁紙のパターン、無造作に選ばれたであろう業務用の椅子や時代遅れのシャンデリアなどのひとつひとつは、不思議とあるレベルでの美的均衡状態にあり、そこに居て不快に感じることはない。 それは選ばれた物たちが僕に何も強要してこないからだ。 逆接的な言い方になるかも知れないが、心地よくデザインされた店とは、このような美的均衡状態のレベルを上げてやるだけでいいのかも知れない。
 仕事がら新しくできたレストランなどの物件に立ち入る機会が多い。 どの店もおしなべてデザイン的なレベルは高いのだが、まるでデジャ・ヴを見ているかのように似た店ばかりで個性のかけらもない。 ふと気がつくと、かつて僕が入るのをためらったような品の悪い店はすべて淘汰され、品の良い店ばかりになってしまっている。 なぜこのような状況になってしまうのかを考えてみると、そこにはバブル経済の破綻以降の経済的要因も多分に見て取れる。
 バブル以前はデザイナーとオーナーとの間にある種の距離があった。 そこにはお互いの仕事の領分を汚さない紳士協定とでも言うべき緊張関係があったと言ってもいいかも知れない。 そうした関係が非常にうまくいくと、店のデザインと料理はお互いに触発され合うことでより高い次元に達し、デザイン批評家から高い評価を得て、営業的にも成功をおさめた。 ところがやがて訪れたバブルの狂乱のなかで、こうした両者の関係の中に空間プロデューサーなる第三者が介入し、事態は複雑化した。 本来シンプルであった関係が、この時代特有の企画コンシャスな風潮に流されてしまったのである。 結局空間プロデューサーという人種はバブルの崩壊とともに絶滅し、あとには壊れたデザイナーとオーナーの関係が残された。
 マイナス成長(へんな言葉だ)の時代に突入して、オーナーは博打を打てなくなった。 店の成功はもはや最低条件である。 市場を調査し、流行りの料理を出し、洗練されたデザインを採用し、オペレーションにも気を配る。 デザイナーにはオーナー的思考が求められる。 両者は店の成功のために机を並べて協議し、成功する店づくりについて考える。 その思考が市場という出発点に依拠している限り、出来上がってくる店は必然的にどれも似たものになってしまう。 歴史的にも芸術家やデザイナーを育ててきたのは富裕なパトロンだったのだが、今この国には気骨のあるパトロンは少ない。 僕がデザイン過剰としてきた空間の多くはこうしたパトロンの存在なくしてはあり得ないものだ。 それは僕にとっては心地よいものではなかったが、必要悪でもある。 どれもこれも似たような店ばかりだなんて、まるでどの店もどこかの外食チェーンの系列店みたいで背筋が寒くなる。
 そうした店で出される料理の傾向として圧倒的に多いのが創作料理である。 創作こそは料理の基本であり、それを否定するものではない。 しかし、僕個人は創作料理全般が大嫌いだ! 既存のレシピと何ら変わらないのに奇妙な盛り付けで客を騙そうとか、突飛な名前で料理の貧弱さを悟られないようにしようというものが多すぎるのである。 こうした傾向は創作和食ダイニング系の店に特に顕著だ。 僕もこうした店に騙されてたいして旨くもない料理に法外な金を払わされた。 「ベトナム風生春巻き」、ありがちなメニューだが、そもそも創作料理系の店のメニューに頻繁に見られるこの「風」は何なのか? なぜ「ベトナム生春巻き」ではいけないのか? 僕は、もう~風とか言っている時代じゃないと思うのである。 そもそも~風などという言い回しは~というものが一般によく知られていない場合において、イメージを共有するために用いる言葉であろう。 僕の知り合いでベトナムに行った人も多い。 誰もが本場の「ベトナム生春巻き」を食べている時代に「ベトナム風生春巻き」はあり得ない。 無論この種の言葉の元祖である「和風」という陳腐きわまりない言葉もいいかげん死語に選定すべきだ。
 僕は、こと食べるものに関しては出所のはっきりしているものだけを食べたい。 「イタリア風雑炊」や「タイ風ピリ辛ブイヤベース」ではなく、リゾットやトム・ヤン・クンが食べたいのだ。 だから僕はこうした創作ダイニング系の店には絶対に行かない。 ~料理とはっきり看板を掲げている料理店、~料理とはっきりカテゴライズできるものを出す店にしか行かないようにしている。 これは哲学の問題である。(2003/3/15出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-12-05 00:39 | Food
近頃のカフェ事情
 今日何気なく日経流通新聞を見ていたら「ベーカリーショップのアンデルセン、カフェをFC展開へ」という記事を目にした。 既に自由が丘などで試験的に展開している「カフェデンマルク」を全国展開するというのだ。 「注文を受けてから作るサンドイッチや焼きたてパンに加え、エスプレッソやカプチーノを提供、欧米系のカフェチェーンに対抗し、年商は2億円を見込む」とある。 その隣には「UCC上島珈琲がユニバーサル・スタジオ・ジャパンに隣接する商業地域にタッスドール・スウィーツというカフェを出店した」という記事。 これも前出の「欧米系コーヒーチェーンに対抗する」動きであろう。
 ここにきて我が国のカフェ(喫茶店)業界は、こうした欧米系コーヒーチェーンの台頭と、それを追随する国内企業の進出で一極化が著しい。 日本人ってやつはどうしてこうも流行りモノに弱いのか? そもそも味なんかわかりもしないくせに、うろ覚えのバリスタなんて言葉をちらつかせてはモノ知り顔でエスプレッソのうんちくとやらを語り、隣の女の子が投げかける尊敬の眼差しに軽微なエクスタシーを感じるぐらいならまだいいが、この問題は意外に深刻であると僕は見る。
 そもそも欧米系コーヒーチェーンとは何か? 欧米系とは大局的な表現であり、その実はシアトル系とイタリア系である。 前者にはSTARBUCKS、TULLY'S、SEATTLE'S BESTなどがあり、後者ではSegafredo ZANETTIが代表格だ。 東京ではこれら欧米系コーヒーチェーンが台頭する直前、フランス系のオープンカフェが数多く生まれた。 個人的にはこうしたフランス系の店がいい。 なぜなら僕の愛するペルノー・オレンジは欧米系コーヒーチェーンには置いていないからである。 ところがこうした欧米系コーヒーチェーンは、その味と価格が圧倒的に支持され勢力拡大を続けている。 コーヒーの上で渦をまく泡の姿は、戦後最大の不況にまみれた我が国が飲み込まれたデフレ・スパイラルを暗示していなくもない。
 だからといってである。 パン屋がコーヒー屋にならなくてもいいのではないか。 ドトールがエクセルシオールを出さなくてもいいのではないか。 ルノアールにはルノアールのレゾン・デートルがあるし、談話室滝沢には談話室滝沢の存在理由がある。 少々特異な理由ではあるが。 要するに僕が言いたいのはもう十分だ!ということなのである。 考えてもみたまえ、そこらじゅうが欧米系コーヒーチェーンばかりになってしまったら、喫茶店のモーニングセットはどうなる! 普通のアイスコーヒーはどうなる! 「コーヒー」とか「ブレンド」と、短い言葉で注文できなくなったら、中年以上の世代はどこでコーヒーを注文すればいいのだ! ベーグルやスコーンは恥ずかしくて注文できないオヤジたちは餓死しろというのか!
 欧米系コーヒーチェーンの席巻は、日本に確かに根付いていたコーヒー文化を根絶やしにしてしまう可能性がある。 純喫茶という言葉は死語になりつつある。 大人たちによって仕組まれた流行りモノ、それに迎合することに価値を見い出す今の若者を見ていると、この国はやはり滅びるな、と思う。(2001/3/30出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-11-16 17:27 | Food
サンマルク恐るべし
 極端な言い方をすれば、この世の中は2種類の人間に大別することができる。 男と女、大人と子供、そして自分と他人というように。 僕はこうした分類に、サンマルクを知る人と知らない人という項目も加えるべきだと思う。 そして僕はサンマルクを知らない人だったのである。 ついこの前まで。

 2月のある晴れた日、僕は妻と駒沢界隈を散策していた。 駒沢オリンピック公園のすぐそばにはベーカリーレストラン「神戸屋」がある。 ちょうどお腹を空かせていた僕らは神戸屋で軽い食事でも取ろうと思ったのだが、「せっかく駒沢に来たのだから、チェーン店ではなくて、なんか地元の店に入ろうよ。」ということになった。 ふと見ると、すぐそばに「サンマルク」というベーカリーがあり、中に入ってみると奥がレストランになっていた。
 渡りに船とはこのこと。 僕らはさっそくレストランに入った。 ゴシックを模した柱が並ぶ店内は、庭に面したガラスのサンルームから差し込む午後の光に照らされてなかなかシックな雰囲気。 はしっこに鎮座するグランドピアノもゴージャスさを醸し出している。 僕らの他には客は2~3組しかおらず、聞こえてくるのはヴォリュームを抑えたBGMとかすかな話し声のみ。 僕が心の中で「ちょっと高そうな店だなあ。」とやや後悔の念を強くしていると、ウェイトレスがメニューを持ってやって来た。
 ラミネート加工されたメニューを見て初めて僕は気付いた。 ここがファミレスであることに! 気になる値段は、なんとイタリアンもしくはフレンチのフルコース(スープ or 前菜 + エントリー + メイン + デザート + コーヒー or 紅茶)が1,680円(!)から。 いったいこの安さは何なのだ! 僕は平常心を保つのに苦労しながら、メニューをチェックした。 そして選んだのは、パンプキン・スープ + ピリ辛バジルスパゲッティ + 若鶏のグリルチーズ風味 + ブランマンシェ + コーヒーという組み合わせだった。 各カテゴリーで単価の高いメニューを頼むと基本料金である1,680円をオーバーしてしまうので、ここはきっちり基本のメニューを選択。 ウェイトレスが注文を聞いて厨房に戻っていっても心のざわめきは収まらない。 妻はそれほどお腹を空かせていなかったせいか、おしゃべりコース(デザート + オープンサンド + 焼き立てホットスフレ + ハーブティー)1,080円を選択。 こちらもなかなかのコストパフォーマンスには違いない。
 次々と料理が運ばれてくる。 決して一皿一皿の量が少ないわけではない。 その味は決して一級品とはいえないが、「安かろう悪かろう」とタカをくくっていた僕らを驚かせるには十分であった。 しかもさすがにベーカリーレストランらしく、食事中に焼き上がったパンがバスケットに山盛りで何度も運ばれて来る。 中には持てないぐらいアツアツのものもあった。 これら5種類以上の自家製ハースブレッドは食べ放題。 つまり1,680円の中に含まれている。 パンはとても美味しく、ヘタをするとそれだけでお腹いっぱいになってしまい非常に危険だ。
 メニューを見ると、ワインもボトル1,500円からと非常にリーズナブル。 グランドピアノもただの飾りではなく、誕生日などに予約をした客のために専属のピアニストが曲をプレゼントするために設置してあるのだ。 いったいこの充実ぶりは何なのだ。 これはもう完全に価格破壊を起こしている。 出されてくる料理を見ながら頭の中で原価計算をしてみるが、これでまともな利益が出ているとは到底思えない。 もしかしたらこの店は半官半民の第三セクターか何かが運営していて、国から補助金が出ているのではないか? そんな考えが頭をもたげてきた頃、ウェイトレスが我々のテーブルに伝票を置きに来た。 恐る恐る見てみると二人あわせて消費税込2,898円。 夢ではない。 気分的には5~6,000円分の食事をした感覚だ。
 サンマルクを既に御存知の方からすれば「当たり前」のことかも知れないが、僕らにとってそれは大袈裟に言うと「何かが降りてきた」ような感覚であった。 僕らはサンマルクを知ってしまった人間としてこれからサンマルクに通い続けるであろう。 あなたの街にもきっとサンマルクがあるはずだ。 まだ行ったことがないというあなたは、騙されたと思ってぜひ行ってみて欲しい。 行く前にサンマルクのホームページでメニューを決めてから行くのもいい。 嗚呼、うちのすぐ前の「とんでん」が「サンマルク」に代わってくれたらどんなにいいか!(2000/3/5出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-10-17 12:44 | Food
広島のお好み焼きについて
 その土地の名物、旨いものを食べるというのはいいものです。 福岡の大学に通っていた頃、僕はよく友達と、講議を終えてからクルマで広島へお好み焼きを、長崎へちゃんぽんを、熊本へ馬刺やちょぼ焼きを食べに行っては、深夜になって福岡に舞い戻るといった「日帰り食いしん坊バンザイ!」とでもいうべき活動を実践していました。
 特に広島は、子供の頃はいとこが住んでいたので遊びに行き、今では弟が住んでいることもあって特に愛着のある街です。 これまでに20回以上広島を訪れました。 あるときは中沢新一のシンポジウムを見るためにお金をけちって、平和公園のコルビジェぽい丹下健三の作品の前でクルマを停めて一夜を明かしたことなどもありました(朝、目を覚ますと両側を修学旅行の観光バスに挟まれていて、中学生たちの冷ややかな視線を浴びていた)。 その主な目的は前述したように「お好み焼きを食べる」という一点に絞られていました。
b0045944_12113841.jpg 広島には「お好み村」というのがあります。 いわば広島型お好み焼きのメッカともいえる場所です。 僕が通っていた頃は二階建てのバラック(今はきれいなビルになったらしい)で、確か1階と2階にそれぞれ8軒ずつ、つごう16軒のお好み焼き屋が市場のような配置で店を構えていました。 当時の僕は友達と1軒ずつ、しらみつぶしにお好み村を制覇していったのです。
 誤解を恐れずに言うと、広島のお好み焼きというものは、のどを通る前はお好み焼きかも知れませんが、のどを通ったら最後、ほとんど焼そばです。 最初はそれなりのインパクトがありましたが、2軒3軒と食べていくうちに感動は薄れ、「福岡にある大阪風のお好み焼きもそこそこうまいからなあ。」とやや邪念も混じり始め、純粋だった広島型お好み焼き追求の情熱にも翳りが見え始めました。
 地元の人に言わせると「本当にうまいのはお好み村なんかじゃなくて他にあるんだよね。」と、いかにも物知り顔で言います。 まったく地元の人っていうのは日本全国おんなじようなことを言います。 だいたいにおいて、メッカと呼ばれるところは観光地化し、大量の客を相手にするうち質の低下を招き、形骸化していく運命を辿るものです。 結果、もともとは二番煎じだった店がサブカルチャー的熱狂のもとに、いつのまにか本命になっていくのです。 こうした例は広島のお好み焼きに限らず、日本はおろか世界中に数知れぬほど存在します。
b0045944_12115567.jpg すっかり前置きが長くなってしまいましたが、こうした広島のお好み焼きの権力闘争とは無縁の、一軒のお店を紹介します。 その名も「一休さん」。 何だか名前からしてレイドバックしてしまいそうですが、確かに不定期に休んだりするのであながち嘘でもなさそうです。
 一休さんは広島市の舟入町にあります。 店の看板には現在でも「甘党の一休さん」と書かれており、「もともとはあんみつ屋か何かをやっていたのに客に恵まれず、仕方なくお好み焼き屋に鞍替えしたのだろう。」と容易に推察することができます。 僕が気に入ったのはこの店が「お好み焼きなんて所詮その程度のもの」と考えている点です。 実際にそうなのかはマスターに聞いたわけではないのでわかりませんが、少なくとも鞍替えして始めた程度のお好み焼き屋です。 お好み焼きにそれほど強いこだわりがあるとは到底思えません。 しかしながらこの店のお好み焼きは圧倒的にうまいのです。
 広島ではよくあるパターンなのですが、店の中にはおでんなんかもあり、客はセルフで勝手にとって食べています。 常連客はビールさえもセルフでジョッキについでは飲んでいます。 お好み焼きのテイクアウトもできます。 店内は見事に広島弁の男たちに占領されていて、慣れないとヤクザの連中のなかで食べているみたいです。 岩国の米軍基地からも、この「ジャパニーズ・ピッツァ」に取り憑かれた男たちが大挙してやって来ます。 ある時、連中は一台の軽自動車に12人も便乗してやって来たそうで、今では伝説となっています。b0045944_1212427.jpg マスターは40代後半で現役サーファーです。 奥さんと二人で店を切り盛りしています。 いい波が来た日は店を閉めて日本海の荒波にボードを漕ぎ出すのです。
 もともとこの店を最初に知ったのは弟で、会社の同僚から教えてもらってから通いだし、今では週のうち4日はここのお好み焼きで夕食を済ませるといったハマりようです。 やはり血なのでしょうか。 初めて連れていかれた僕も見事にハメられました。 そのうまさを文章で表現するのは不可能です。 「歯ごたえ満点のソバの麺を縁の下から支える香ばしい生地、口中でソバと渾然一体となってうまさを引き出す玉子焼き、ほどよく塗られた甘辛いソースに彩りを添える青のりの香り」などと言っても、実物のうまさの一割も表現できたでしょうか。 時に言葉は無力です。
 広島に行って下さい。 そして食べて下さい。 そして五感を総動員して味わうのです。 その土地のうまいものは、そうすることによってのみ体感することができるものです。 僕はそれまで通っていた東京・下北沢の広島風お好み焼き屋と、地元の世田谷・経堂にある広島風お好み焼き屋には金輪際行くことはないでしょう。 本場っていうのはそういうものです。(1999/5/12出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-10-17 12:19 | Food
長浜ラーメン
b0045944_17361718.jpg 先日仕事で福岡に行ってきました。 福岡は僕にとって故郷であり、生まれてから22年間を過ごした街でもあります。
 福岡という街には、大陸に近いことから交易によって様々な文化が流入してきました。 なかでも食文化は中国や朝鮮の影響が今でも色濃く残っています。 朝鮮から伝わった明太子や中華火鍋をルーツとするもつ鍋も、大陸からはいってきたものを福岡の風土に合うように咀嚼していった結果生まれたものです。
 これから紹介する長浜ラーメンもそんな食べ物のひとつです。 そもそも長浜ラーメンの名前の由来ともなっている長浜通りは港に近いところにあり、戦後長浜に屋台が立ち並び始めた頃はもっぱら港での荷役に従事する港湾労働者のためだけのものでした。
 今でも長浜通りの屋台街でラーメンを注文すると、まず最初に空のどんぶりに塩がたっぷりと盛られ、そこに豚骨スープが注がれます。 これは苛酷な労働で大量の塩分を必要とした港湾労働者たちの嗜好の名残りなのです。 この屋台街は、はっきり言って「日本じゃない」です。 福岡は直線距離で見ると東京より上海の方が近い土地柄ですから、初めてこの地を訪れた人がアジア的なものを感じてしまうのも無理もないことです。
 ところがこの博多名物の屋台も行政の横暴で「今の代限りで廃業」を余儀なくされ、博多の街から姿を消そうとしています。 行政ってやつは必要なことは何もしないくせにまったく余計なことばかりやるものです。 日本の行政は一方で町おこし、村おこしを奨励しながら一方で地方色の消滅を画策し、日本全体を金太郎飴のような画一的都市の集合体に作り変えようとしているのです。
b0045944_17363994.jpg すっかり話がそれてしまいました。 長浜ラーメンの話に戻ります。 数ある長浜ラーメンの店のなかでも定番中の定番といわれる店が『元祖長浜屋』です。 この店は長浜通りにあるのですが屋台ではありません。 ラーメン一杯400円、替玉50円、替肉そして替汁もあります。 ちなみに僕が学生だった10年前は一杯250円でした。 店に一歩足を踏み入れることイコール「ラーメン一杯ちょうだい」です。 言葉を発する必要すらありません。 ただし、硬めの麺が食べたいなら入店時に「かた」と言わなければ普通の硬さの麺が出てきます。 店の人は客の入店と同時に麺をゆで始めるからです。 寡黙な人なら一言も口をきかずに店を出ることも可能です。 味は最高。 言葉はいりません。
 東京にも多くの豚骨ラーメンの店があります。 ごく稀に「うまい」店はありますが「本物」の店は残念ながら一つとして存在しません。 断言できます。 多くの店が「こってり」を売りにしているのに対して本物は「さっぱり」しているからです。 こってりの東京型長浜ラーメンに慣れてしまった人が本物を食べた時に物足りなさを感じてしまう。 これは実に嘆かわしいことです。
b0045944_17365341.jpg 話はまたそれるのですが、最近よく「頑固なラーメン店主」とか「頑固な寿司店主」をテレビで見ることがあります。 僕の持論として「客にサービスできないなら店など出すな」というのがあり、こうした「頑固系」が社会的に認知されつつある現状に激しい憤りを感じています。 だいたいにおいて頑固系はラーメンとか寿司のような単品しか料理することができません。 色々作る技術自体持ち合わせていないような最低の料理人なのです。 そのくせ「俺はこの道を極めた」なんてことを堂々と言ってのける。 吐き気がします。 テレビで見てわざわざ並んでやっと席に着いてラーメン食べて怒られて追い出される間抜けな客も客。 みんなでこういうふざけた店はボイコットして潰しましょう。 今すぐこの地球上から抹殺しましょう。(1999/4/20出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-10-16 17:51 | Food



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