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カテゴリ:Critique( 97 )
これからの新聞はどうあるべきか
 最近の新聞紙上を賑わす少年犯罪、警察汚職、政治腐敗の記事の横溢は目に余るものがある。 もう見飽きたと言ってもいいぐらいだ。 したがって新聞も経済面、スポーツ面、さらには広告面を中心に読んでしまう。
 新聞というものも記事以外のところに注意を向けて見てみると、それはそれで面白いものである。 雑誌や本、旅行の広告、求人欄、株式市況、尋ね人など、それはそれで世相を反映しているものが多く、最近はこうした欄を「深読み」する癖がついてしまった。
 しかしながらここ数年、新聞というメディアは急速に時代遅れになりつつある。 情報の即応性という面ではテレビにかなわないし、扱う情報の種類や深度においてはもはやインターネットに完全に凌駕されてしまった。 紙に印刷されていること自体がもはや時代遅れになりつつある。
 時代は紙を必要としない世界へとシフトしていると言っていい。 電子メールや電子マネーはその顕著なものだ。 だが、その反面人間は古代エジプトから連綿と続く紙との付き合いをそう簡単に放棄することはできない。 僕自身、画面上に作成したワープロの文章をわざわざ紙に印刷してから眺め直したりしないと落ち着かないという、いささか古い体質なのである。 僕にとってディスプレイの向こうにあるものはすべてヴァーチャルなもので、それが印刷されて目の前で触ることができる紙という存在になって、はじめてリアリティーをもつ。 情けない話ではある。
 ただ、このさき新聞はメディアとしてどう生き残っていくのだろうか。 僕は新聞の未来を「回覧板」にみる。 つまり未来の新聞はもっと地域に密着し、限定的なコミュニティーの中での情報の共有や伝達のために使われていくのではないかと思うのである。 これはとりもなおさず新聞というものがわが国に生まれた当時の「かわら版」的なものになっていくということである。
 新聞の未来が退行現象ともいえる逆の進化を辿るとすれば皮肉なことだが、僕は新聞の一読者として今の新聞の行く末を案じる。 新聞は来るべき21世紀に向かって、もっと魅力あるものに生まれ変わらなければならないと思うのである。
 ところで最近新聞の片隅にヘンな通販の広告を発見した。 こういうのを見せつけられると、この国がほんの50年前まで農耕国であったことを思い知らされる。 わが国を農耕国から工業国へ引っ張り上げた世のお父さんたちですら、まだまだこうしたアイテムが必要不可欠なのだ。 時代の変化についていけないのは新聞だけではない。(2000/5/9出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-10-24 23:33 | Critique | Comments(0)
アメリカの通販番組に思う
 ここ5年ぐらいのことだろうか。 夜中にやたらとアメリカの通販番組をやっている。 テレビ東京系で始まった「テレコン・ワールド」が先鞭をつけたこのアメリカの通販番組の類いを僕はついつい観てしまう。 理由はこれといってない。 実際に買うわけでもない。 ただ他の番組より面白いから観てしまう。
 アメリカの通販番組を観ているとアメリカ人の生活が見えてくる。 通販番組そのままに解釈するならばアメリカ人の日常的な関心事は、フィットネス、ハウスクリーニング、カーケア、そして釣りやゴルフ、日曜大工などの趣味、といったことになるだろう。 すなわち典型的なアメリカ人は「アブ系フィットネス器具で腹筋をやたらと鍛え、天然成分100%の家庭用多目的洗剤で家中を掃除し、クルマにはNASAで開発された成分でできたポリマーをかけ、エンジンが甦る添加剤をぶちこみ、信じられないほど当たりが来るルアーで釣りをし、飛距離が20%も伸びるドライバーでゴルフをし、どんな入り組んだ所でもネジが絞められるドライバーなどを使って日曜大工に励む」人々であるらしい。
 これが我々日本人となると少々事情が変わる。 標準的な日本人は「ふとん圧縮袋でせっせと圧縮に励み、桐の3段重ねのタンスをこよなく愛し、磁気ネックレスを首からぶら下げ、遠赤ヒザサポーターでヒザを楽にし、ぶらさがり健康器で背筋を伸ばす」人々ということになる。 アメリカの通販商品がいかにもアメリカ的なポジティヴ志向に裏打ちされているのに対して、日本の通販商品は欠点補完型というか内向的というか、何だか他人に買ったことを言うのがちょっと気恥ずかしくなるような商品が多いような気がする。
 もっともこのあたりの違いは両国における通販の発達事情の違いによるもので、アメリカの場合、国土があまりに広大で近所に適当な店がなく、シャツ一枚買うのにクルマで2時間走らなければならないなんてこともザラだったために通販というものが急激に発達した。 一方日本においてはそのような僻地はもはや存在しないと言っていい。 我が国土は狭いのだ。 従ってそこでの通販のレゾンデートルとは、「人に知られずにモノを買いたい」という秘かな願望を持つ人々の要求に応えるということに他ならない。 このことは我が国の近代通販の黎明期のヒット商品がシークレットシューズや増毛剤、痔の薬などであったことを考えれば論を待たない。
 また、通販番組に見る標準的なアメリカ家庭の風景のなかで特筆すべきはそのベッドの下の空間の大きさである。 とにかくベッドの下になんでも収納できてしまう。 ありとあらゆるタイプの折り畳み式フィットネス器具はベッドの下に見事に収納される。 ベッドの下には果てしなく広大なスペースがあり、ヘタをするとそこだけで日本の一世帯が暮らせるのではないかと錯覚するほどだ。 そんな広大なアメリカ家庭であるから、最近日本のお茶の間でやたらと幅をきかせている「収納名人」【限られた収納スペースに極力多くのものを収納するためなら生命の危険もいとわない人=収納の達人】なるセコい人種は生まれようもない。
 個人的に言わせてもらえば収納名人なる主婦連合の類いは嫌いだ。 考えがセコすぎて身震いしてしまう。 自分の家にそんなに収納がないなら、収納がある家に引っ越したまえ。 「素敵な奥さん」なんか読んで自分の貧相なアイデアをわざわざ投書するのはやめたまえ。 僕には収納名人的な発想がどうも日本人の島国根性みたいなものと根底で繋がっているようで嫌だ。 だからといって毎日せっせと腹筋鍛えて、広大なベッドの下や巨大なソファーの陰にそれらフィットネス器具を放り込み、夫に「結婚した頃の君に戻ったね。 見違えたよ。」って言われたの! なんて喜んでるカリフォルニアの青いバカみたいなのも、いかにも知能指数が低そうでどうかと思う。
 もっとも最近の日本の通販番組も先に例を挙げたような前時代的なものから脱し、アメリカ志向のもの、コレクターズアイテム専門のもの、相も変わらず午後2時の奥様方用のおしゃれグッズ専門のもの、そして年配の方用の健康グッズというように細分化、特化されつつある。 このような広がり方はまさに和魂洋才、通販も我が国の生活事情に合わせながら日常に定着してきたと言っていいのではないだろうか。
 最近うちのかみさんは通販にハマっていて、毎日毎日わけのわからないカタログが大量に送られて来る。 僕も毎夜テレビで、鍛えに鍛えて三つに割れた腹筋を見せつけられ、自分の腹と見比べては電話に手が伸びそうになるのを必死にこらえる始末。 しかしアメリカの通販番組はこうも語りかける。 「Call now !」そして「Do it !」と。 アメリカの通販商品の唯一の欠点は、自分でやらないと効果もでないということ。 それが一日たったの5分でも。 今の僕にはそれができそうにないのである。(2000/3/12出稿を再録)

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by theshophouse | 2004-10-23 01:00 | Critique | Comments(0)
マーケティングなんていらない!
b0045944_18425959.gif 最近テレビで『WiLL』という商品のCMをよく目にします。 といっても商品はひとつではなく、ビール、衣料用消臭剤、旅行パッケージ、自動車、パソコンなど様々で、「WiLLっていったい何だろう?」と不思議に思っている方もおられるかも知れません。
 『WiLL』とは、アサヒビール株式会社、花王株式会社、近畿日本ツーリスト、トヨタ自動車株式会社、そして松下電器産業株式会社の5社が、21世紀における新たな消費スタイルへの適応と新市場創出を目指し、新たなマーケティング手法を開発するための業種を超えた合同プロジェクトなのです。(プレスリリースより抜粋)
 結論から言うと、僕はこの『WiLL』というプロジェクトは、消費者にとっては退屈極まりなく、参画した企業にとっては単なる時間と経費の無駄にしかならないと思います。
 そもそもこの異業種合同プロジェクトが発足したのは、「WiLLでは、1990年代に入り日本国内で顕著になってきた、従来の世代とは明らかに異なる価値観を持ち、異なる消費行動を取り始めた生活者をニュージェネレーション層と定義づけています。 ニュージェネレーション層の消費スタイルは、企業がそれぞれに展開してきた従来のマーケティング手法ではなかなか捉えきれず、この層でのヒット商品が生まれにくい状況にあります。 WiLLは、こうしたターゲットの特性を捉えるための新たなマーケティング手法を、共同で開発することを目的に発足したものです。(プレスリリースより抜粋)」という理由からです。
 ここでいうニュージェネレーション層とは、言わずもがな「団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)」を中心とする20~30歳代のことを指しています。 この世代は、情報ネットワーク社会の中で能動的な情報選択を行ない、自分なりの「こだわり」を大切にする傾向を持つと言われています。
 このプロジェクトが徒労に終わるという僕の確信は、こうした団塊ジュニア世代がこのような「オトナの企て」には必ずしもノッてこない、いやむしろ嫌悪感すら覚えると思うからです。 だいいちWiLLというビールを飲んで、WiLLというパソコンを使い、WiLLというクルマに乗って、WiLLというパッケージツアーで旅行に出掛けるような酔狂な人間がいったい何処にいるでしょう? もしそんな人間がいたら僕はそいつに「アホ」と言うでしょう。
 僕はこのプロジェクトがどこかの四流プランナーが思いつきで各企業にプレゼンし、最近流行りの異業種交流の気運もあいまって「机上の空論」が盛り上がり、やがて実現に至ったものであると思いますが、こんな幼稚な企画に参画してしまった各企業の先見性のなさ、自社での市場開拓力のなさに愕然としてしまいます。 しかもこの企画に賛同し参画している企業は、そのいずれもが各分野で日本のリーディング・カンパニーと言われている企業なのですから呆れます。 まあもともとこうした談合的姿勢は極めて日本人的体質であり、「WiLL」はそれが具現化されたものと言えるでしょう。
 さて、実際に商品を見てみると「WiLL」では、各社が共通のコンセプトに基づいて各社内で独自に商品を開発し、出来上がった商品に共通のブランドネームである「WiLL」が冠せられるだけで、CM同様たいしたインパクトもなく、各企業間でのソフト/ハードの交流も少なく、単なるイメージ戦略に過ぎません。 マーケティングの重要性が叫ばれて久しい現在、メーカーはそろそろマーケティング至上主義的な商品開発から脱却し、今こそモノづくりの原点に立ち戻るべきではないでしょうか。 商品が売れないのはそのモノ自体に魅力がなく、また必要とされていないからなのではないでしょうか?
 いわゆるロングセラーといわれる商品は、その商品の市場性以前にモノとしての魅力があるものばかりです。 そこには開発者の「こんなものがあったら」とか「僕はこういうものが欲しい」というような無垢な思いが体現されていました。 人はそんなモノにこそ心を動かされるのです。(1999/11/22出稿を再録)

※2004年、WILLプロジェクトは業績不振により打ち切られました。
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by theshophouse | 2004-10-17 18:45 | Critique | Comments(0)
悪態型テレビ鑑賞法
 恥ずかしながら僕はテレビがないと生きていけない類いの人間です。 家にいる時はだいたいテレビをつけていないと落ち着きませんし、見ていない時でもテレビの音が生活騒音として流れていないと何だか不安なのです。 まあこれはほとんどビョーキです。
 毎日テレビを見ていると実に様々な映像や音声を見聞きすることになります。 それらのなかには美しいものや醜いもの、面白いものや退屈なもの、強いものや弱いもの、つまりは世の中のほとんど全てのものがあります。 特に最近のテレビ放送は、万人に見せるものであるにも関わらず「きちんと選ばれていない」素材や題材が多すぎて、まさに情報のタレ流しといった感さえします。
 そんな僕のストレス解消のひとつが「テレビに向かって悪態をつく」ことです。 最近僕が毎週悪態をつきながら見ているのが、TBS系の「世界遺産」という番組です。 最初に断っておきますが、この番組はとてもいい番組です。 世界遺産である素材の選定はもちろんのこと、その魅力を余すところなく伝えるハイビジョン撮影による質の高い映像など、番組としてかなりのレベルに達していると言っていいでしょう。 ただひとつ緒方直人のナレーションを除いては。
 先日はマダガスカル島の特集で、世にも不思議なバオバブの木や例の横っ跳びで有名なキツネザルの映像など楽しく見ていたのですが、全編にお経のように流れる緒方直人のナレーションが気になってしょうがない。 というか不快である。 なぜ彼はあのように平板な喋り方をするのだろうか。 あまりにイントネーションがなさ過ぎて、ときおり言葉の語意さえも把握しかねる状態に陥ってしまう。 たぶん彼は、森本レオや江守徹がナレーションという分野で独自の世界を築き上げたようなことを自分も成し遂げたいと思ってやっているのであろうが、現状を見る限り勘違いと言わざるをえない。
 この場合、彼にとって語りの対象である世界遺産は、自然物の場合は人跡未踏の秘境であったり、また人工物であっても歴史的建造物などが主なので、ナレーションに求められるのは過度の感情移入でないことは確かである。 だからといって全編を般若心経のように喋るべきでは断じてない。 よいナレーションとは、映像と一体化して自然に受け手の体の中に入ってくるようなものであると僕は思う。 もっとも、僕に言われる前に彼の父親が一言「おまえ、あの喋りはマズいよ。」と諭すべきである。
 プロ野球もよく見る。 解説者を名乗るプロ野球OBたちの間抜けな喋りに悪態をつくためだ。 彼らの仕事ぶりを見ていると「野球解説者ほど誰にでもできる仕事はない」ことを痛感させられる。 やれ次はカーブだフォークだ、結果論ですが云々、ここまできたら技術じゃないですね気持ちの勝負ですね等々。 彼らの常套句には枚挙にいとまがない。
 ピッチャーが次に投げる球種を予想することにどれだけの意味があるのか。 しかもよく外す。 スポーツは何でもダイナミックなもので、今そこで起こっていることである。 予想は無意味だ。 起こった結果に対して、その結果に至った原因を技術面と精神面から解説すべきなのである。 結果論は聞き飽きたし、テレビを見てる誰もがわかっていることをあえて言う必要はまったくない。 気持ちだけでヒットが打てるわけがない。 そんな解説は川藤ひとりで十分だ。 最後は技術なのである。 プロ野球のOBとして、あらゆる局面での選手のリアルな心理状態の推測と、なにより技術解説こそ不可欠ではないか。 僕はイチローがなぜあんなにヒットを打てるのか知りたいが、そのことを明確に説明した解説者を知らない。
 ヒーロー・インタビューで完投した投手に「今日のピッチングは100点満点で何点でしたか?」と聞くオバカなアナウンサーも後をたたない。 プロのインタビューアーであるならば、その日の彼のピッチングを自分なりに分析し、彼に「よくぞ聞いてくれました」と思わせるような質問をしてナンボではないのか。 そもそもピッチングなどというものは100点満点で採点できるような性質のものではないし、仮にマヌケなピッチャーが「80点ぐらいですかね。」などと答えても、視聴者としては「ふうん」と思うだけである。 僕がそのピッチャーだったら、そのての質問はシカトしてそいつに恥をかかせてやるのに、と思う。

 とまあ僕はこのように少々ひねくれた態度でテレビを見ているわけですが、人様に見せるにも聞かせるにもお粗末なものがテレビの世界には横溢しているわけで、そうしたものに悪態をつきながらテレビを見るというのはなかなか高尚な趣味であると思っています。 抗議電話をかけるようなみっともない真似だけはしない、というのがこの趣味における唯一のルールです。(1999/8/21出稿を再録)
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by theshophouse | 2004-10-17 14:39 | Critique | Comments(0)
さん付けについての考察
 最近の女性誌(特にan an)を見ていると、だいたいどの雑誌にも、登場している有名人や芸能人の名前のあとに「さん」がついています。 「樋口可奈子さん、桐島かれんさん、山口智子さん」という具合に。 これって本当に必要でしょうか?
b0045944_14285170.jpg 外国の雑誌なんかを見ていて名前の前にいちいちMr.やMs.がついていることなんてありません。 一般人ならともかく有名人や芸能人の方々は名前で「メシを食っている」わけで、そこに「さん」なんかつける必要はない、と僕は思うわけです。
 仮に僕が有名人だったとしたら(もちろん一般人であったとしても)、「さん」なんかつけないで欲しいと思います。 有名人もさん付け、一般人もさん付けではどこまでが公人でどこからが私人かよくわかりません。 僕は、今の女性誌に対して「有名人も一般人も同じく、さん付けで呼ばれるべき一個人として扱う」というような、ある種安っぽいヒューマニズムを垣間見てしまいます。
 日本は礼儀を重んじる国です。 だから名前にさんが付いていてもいいじゃないか、別に外国の真似をしなくてもいいじゃないか、と考える方もなかにはいらっしゃるでしょう。 でもこの場合の「さん付け」がどれほど礼儀として有効に作用しているかはいささか疑問です。 僕は呼び捨て形式の方が明らかに格好いいし、かつスマートだと思うわけです。 ところが、現状として今の日本のメディアで呼び捨てで扱われたいと思ったら、犯罪者になるより他はないのです。

b0045944_142971.jpg 街を歩いていると、喫茶店の前で「香り高いコーヒー」という宣伝文句をよく目にします。 同様にスパゲッティー屋(正統派イタリアン・レストランにはほとんどない)の前では「茹で上げスパゲッティー」とあります。 僕はこうした言葉に出会うと「ケッ」と思います。 そもそもコーヒーというのは香り高いからコーヒーなのであって、茹で上げないスパゲッティーというのもありません。
 確かにアジアなんかを回ると「ネスカフェ頼んどいたほうが無難かな。」という国はいくらでもありますし、現にメニューに「ネスカフェ」と載っていたりもします。 しかしここは日本です。 日本は世界中見渡しても、コーヒーの味と人々の嗜好に関してはトップレベルを維持している国です。 そんな我が国で、わざわざ「香り高い」と謳う必要がいったいどれほどあるでしょう。
 「茹で上げスパゲッティー」については特にその「上げ」の部分に「ムカッ」ときます。 さも茹でたてアツアツのパスタが出てくるような印象を見た人に与えます。 大抵においてこういう看板を出している店がうまかったためしはありません。 そういうスパゲッティ屋のメニューに必ずと言っていいほどあるのが「森のきのこのスパゲッティー」です。 へたをすると「森の妖精たちときのこの森のスパゲッティー(意味不明)」となっている場合もあります。 僕はこれらの恥ずかしい言葉を口に出して注文するくらいなら死んだほうがましです。

 日本語は美しい言語です。 それだけに近ごろの若者の言葉使いの低俗化をはじめ、こうした不必要な使われ方や陳腐な表現には辟易させられます。 今後も公共的な媒体で無遠慮に使われる、日本語を堕落せしめる表現に目を光らせ、厳しい姿勢で糾弾していきたいと思います。(1999/5/23出稿を再録)

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by theshophouse | 2004-10-17 14:34 | Critique | Comments(0)
日本のアパートの名前はこれでいいのか?
 今からもう十年も前のことです。 僕は川崎に越して来た友人のアパートを訪ねました。 住所を頼りにアパートを探したのですが、なかなか見つかりません。 アパートの名前は「プチ・フルール溝口」でした。 フランス語で「小さな花」です。 僕は、その名前から漠然と「比較的新しく、ツーバイフォーで建てられ、パステル調の色彩に身をまとった恥ずかしいぐらいファンシーなアパート」を想像していたのですが、ようやく探し当てた住所にそんな建物はなく、かわりにそこに鎮座していたのは紛れもない「木造モルタル二階建て、築20年」のくたびれたアパートでした。
 欧米などに日本人が旅行した際に「自分はマンションに住んでいる」などと言おうものなら、向こうの人は「この日本人は大邸宅に住んでいる金持ちだ」と思うそうです。 本来ならアパートメントやフラットというべきところをマンション(=大邸宅)と言っているわけです。
 僕が大家さんや建築業者に声を大にして言いたいのは、「もっと建物にふさわしい名前をつけなさい!」ということです。 今日の新聞の折り込みで入っていたマンション広告の名前を例にとると、マイキャッスル、グランヴェール、セザール、プルミエール、ファミーユグラン、ディアナコート、クレッセント、ハイライズという具合に百花繚乱支離滅裂荒唐無稽言語同断意味不明な横文字の数々。 僕はこうした現状を、四文字熟語をこよなく愛する一人の日本人として恥ずかしく思います。 ここはいったい何処の国なのでしょう。 今日の折り込み広告の中で僕が納得できたのは唯一「ハイム」ぐらいでした。
 実際は、建築業者が不動産を登記する際に近隣に似たような名前のマンションがないように、また物件の商品価値を少しでも高めるために、こうした「横文字プラス地名」の名前をつけるわけですが、まるでアントニオ猪木やジャイアント馬場、あるいはカルーセル麻紀やメイ牛山といったリングネームや芸名のような意味を帯びてきているような気がしてなりません。 僕はこうした現象を「日本のアパート・マンション名の源氏名化」と呼んでいます。
b0045944_199486.jpg 僕個人としては、死んでもこうした恥ずかしい名前のところには住みたくないと思っています。 しかしながら世の中にはいろんな人がいるもので、僕だったら発狂してしまいそうな名前のアパートに住んでいる人もいるのです。 もちろんそうしたところに住んでいる人もやむにやまれぬ事情があるのかも知れませんし、悪く言うつもりなどありません。 ただ、このての名前だけはコメント不可能。 住んでいる人は悪趣味なペンションに軟禁されたと諦めるか、メルヘン野郎というレッテルを貼られるか、いずれにしろ観念するより他はありません。(1999/6/12出稿を再録)

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by theshophouse | 2004-10-16 19:13 | Critique | Comments(0)
選挙ポスターにもの申す!
b0045944_16571135.jpg もうすぐ東京都知事選挙です。 このコーナーで政治的発言をする気は毛頭ないのですが、乱立する候補者で混迷の度合いを増してきた今回の知事選挙の候補者ポスターのなかに面白いものを発見しました。
 宮崎喜文氏30歳。 マスコミへの露出も皆無なので、このポスターを見るまではその存在すら知るところではなかったのですが、ポスター紙上にも略歴などのデータはまったくなく、謎の人物です。
 一見しただけで失笑をかってしまいそうなこのポスター、何だか平壌の街頭にでもありそうなプロパガンダ的な色彩と新興宗教の匂い、「セルフヘルプ東京」というやや具体性に乏しいスローガン、花によってさらに際立つシュールさ、そして本人のすっかりイッちゃってる目と不自然に赤いほっぺた、そのすべてが「あやしい」の一言に尽きます。
 意外に、この機会に顔を売ってから芸能界にデビューしようなんていう電波少年的なゲリラ戦法を得意とする三流お笑い芸人かもしれません。 と思っていたら今日の新聞に入っていた選挙公報に彼の主張が載っていました。 言っていることはごく普通でひどく失望させられてしまいました。 とにかく居並ぶお歴々のなかで異常に注目を集めているポスターなのでした。
b0045944_16573570.jpg 柿沢こうじ氏には僕はあまり良い印象をもっていません。 何年か前に彼が初入閣した時に、例の記念撮影で自分より年配の老議員と肩を押し合いへし合い、少しでも真ん中の方で写真に写ろうと、実にこそくで見苦しい「おしくらまんじゅう作戦」を展開していたのをテレビで見てしまったからです。
 今回の知事選挙でも「党を離脱してでも私は立つ!」なんて大見栄をきって出馬したのですが、それもこれも彼一流のポーズであることは自明の理。 都政には無関心で権力欲は旺盛、とても一国の首都のかじ取りを任せられるような人間ではありません。
 だいたいこのような写真をポスターに使うこと自体、変です。 正しい選挙のポスターに求められるべき正しい笑顔とはあくまでさわやかな笑顔であったはず。 そこへいくと柿沢氏のこの笑顔は、どっかの料亭で間抜けな支援者に袖の下でも渡されて「どうかこれでひとつ・・・例の件、よろしくお願いします。 しかしまあ柿沢さんもワルですなあ。」などと言われて思わず「フヒヒヒ」と苦笑いしているまさにその刹那の笑顔ではないでしょうか? 風車のやひちが聞いてたらただじゃ済まないぞ! まったくこんな輩にレジオン・ドヌール勲章を進呈したフランス政府は何を考えているのか。
 結論としてドクターしかいませんね。 ゴミ・環境ホルモン・ダイオキシン対策発明「ドクター中松ムカンホ」、交通渋滞を解消する発明「ナカマトラフィック」、都民の携帯電話の通話料を現行の半分にする発明、原発にかわるエネルギーの発明「ドクター中松ジェネレータ」、消費税をゼロにする発明、貸し渋りを防止する発明「ナカマファイナンス」、サラリーマンが十年で家がもてる発明「ドクター中松ハウス」、高齢化社会を救う「リポディ」発明、少子化対策発明「ラブジェット」、そしてテポドンから東京を防衛する発明「ロケット180°反転DND」などの素晴らしすぎる公約(選挙公報より抜粋)の数々。
 やっぱりマスゾエにしようかな。(1999/4/6出稿を再録)

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by theshophouse | 2004-10-16 17:23 | Critique | Comments(0)



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