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カテゴリ:Design( 16 )
スタジオセットが目に沁みる
 健康上の理由から或る特定の局のニュース番組は見ないようにしている。
 日本のプライムタイムのニュース番組に、リビングルーム的なスタジオセットが登場するようになった先駆けは「ニュースステーション」だったということは以前にも書いたが、今ではそんなリビングルーム的なスタジオセットの時代は終焉を迎え、各局ともに新たな方向性を打ち出している。
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 「ニュースステーション」の後番組である「報道ステーション」では出演者の背後に池を造り、「これでもか!」というぐらい左官仕事によって仕上げられた白壁に、ペールトーンの赤、青、緑で塗られた荒いテクスチュアの柱がライトアップされている。
 それまでの具象から抽象へと180度方向転換したスタジオセットだが、これは前任者だったアンカーの久米宏の、良くも悪くも強烈なイメージを払拭するためにも必要不可欠な作業だったといえる。 そこから伺えるイメージは「ナチュラル」ぐらいのものだが、常に偏向気味のこの番組にあって、唯一中道を保っていると言っていい。
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 「NEWS ZERO」のテーマカラーはグリーン。 フロアや壁面の一部に使われている色味の違う木質系パネル(シート?)とテーマカラーのグリーンの相性は良い。 これは樹木の幹と葉の直喩なのかも知れないが、この番組が頻繁に取り上げるエコの話題とも連動する。 番組開始当初スタジオを彩った大石恵や川原亜矢子ら痛いキャラも淘汰され、番組は落ち着きと自信を手にしつつある。
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 「News JAPAN」はこのところスタジオセットを変えていない。 そのデザインはアメリカの三大ネット(ABC、CBS、NBC)のニュースショーを彷彿とさせる。 暗めの色調のスタジオに抑え目なライティング。 各局の中で一番遅い放送時間帯であるということと、視覚的にもスタジオに「明るさ」を要求されるスポーツの部分を「すぽると!」という別番組に分離させることで報道に特化できるので、このような落ち着いた雰囲気のスタジオセットが実現している。
 「斜め45度の女王」滝川クリステルの背後に見えるパイプオルガンのパイプの配列のようなパターンは、建築家ミノル・ヤマサキが設計し、911テロで倒壊したワールドトレードセンターの低層部にも表現された尖頭アーチの連続を逆さにしたようにも見える。 ちなみにこの尖頭アーチはイスラム建築にも見られる構成要素で、ミノル・ヤマサキが自らの作品に好んで使ったモチーフである。
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 問題なのは、その番組名に亡霊のようにその名を連ねていた「筑紫哲也」がようやく撤去された、「ただのNEWS23」のスタジオセットである。
 まず目に飛び込んでくるのは強烈な赤い光を発する巨大な網目模様。 これがどうにも目に痛い。 出演者はまるで巨大な電気ストーブの前で仕事をしているかのようである。 どうやらテーマカラーは赤らしく、デスクに備え付けられている椅子も赤い革張りのものである。
 一方でその電気ストーブの網の目の奥に見えるのは白い石積みの壁、例の赤い光を発するグリル、幾何学的な凹凸がつけられた白壁、ミラーボールをバラして貼り付けたような世界地図と、異なる要素が共存している。 そしてそれらはお世辞にも良いバランスでそこにあるとは言い難い。 ローテクとハイテクが最悪の形で共存し、多種多様な素材は個々に主張し合ってノイズを発し、例の赤い光によって悪趣味な見せかけの統一感で虚飾され、スタジオはカオスと化している。
 セットをデザインした人間がどういう意図を持ってこのような世界を創り出したのかなんてもちろんさっぱりわからないが、これはもうほとんど視覚テロの領域だ。 視聴者に危害を加えるのが目的なら仕方ないが、そうでなければこんなものに莫大な費用をかけるより、いっそこんな悪趣味なセットなど全部撤去して背景はすべてブルーバックとし、少しはニュースを正しく伝えることの方に注力して欲しいものである。


滝川クリステルの角度についての一考察
最近のニュース番組について
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by theshophouse | 2008-06-28 01:55 | Design | Comments(2)
amadanaってどうよ?
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 世の中デザイン家電が流行ってるらしい。 家電イコール日常生活なので、そのデザインはいいに越したことはない。 ただ、デザインとはその製品の見かけを良くすることが本質ではない。 その製品のコンセプトそのものを具現化する多くの工程のひとつに過ぎない。
 「amadana」というデザイン家電のシリーズがある。 ご覧のように、電話機やコーヒーメーカー、ミル&ミキサーや電気ポットなどがラインナップされている。 どこかで現物を見た方も多いはずだ。 もしかしたら今自分の家にあるという方もおられるだろう。
 既に所有しておられる方には申し訳ないのだが、僕はこのシリーズが嫌いである。 以下、長々とその理由を述べる。
 まずそのカタチに哲学が感じられない。 僕なりにその外観からデザインコードを読み解くと、「ミッドセンチュリー・デザインの現代的アレンジ」である。
 敢えて曲線を廃した直線的なデザインは、どこかミッドセンチュリーのそれであり、とにかくエッジやコーナーがすべて丸まってしまう現代のマスプロダクトへのアンチテーゼなのだろうが、そこに或る種の「狙い」が見え隠れする。 なかには電子レンジやオーブンレンジのように、既存のデザインそのままに取っ手をウォールナットにしただけのものもある。 もちろん機能面での差別化も図られているが、その外観はいかにもどこかのメーカーのOEMという感じだ。 これではデザイン家電が聞いて呆れる。
 つまりこれも悪しきマーチャンダイジングの産物にしか見えないのだ。 そこに「自分たちがこういうプロダクトを世に問いたい」という熱意はあまり感じられず、「今の時代ならこういうカンジがきっとウケるはず」といった目論見みたいなものの方が勝っている気がする。
 もちろんそれが市場に受け入れられて売れなければビジネスとして成り立たないし、デザイナーにとってこの二律相反は永遠のテーマでもあるのだが、どちらかが勝ち過ぎると嫌味にもなる。
 厳密に言うとすべてのアイテムが嫌いというわけではないのだが、シリーズものの常として一つ気に入らないものがあるとすべてが嫌いになってしまうのが僕の厄介な性格でもある。 そう、そこに「amadana」のロゴが入っているだけで「もうダメだ」となってしまうのだ。 たぶん僕は、部屋中を「amadana」の家電で揃えてたりするような人とは絶対に友達になりたくないし、またなれないと思う。 むしろ開発した側でさえその状況は「気持ち悪い」と考えるかも知れない。
 そもそもデザイン家電というカテゴリーが生まれる前、その役割を果たしていたのは外国家電だった。 外国家電は、いわゆる日本的なデザインの家電に慣らされた日本の消費者にとって新奇なものであり、そのデザイン的な異物感にこそ価値を求めた。
 当時の外国家電はどういうものだったかというと、それはやっぱり日本の家電とは何かが違っていた。 その違いというのは単なる外観上の違いのみならず、操作性やスケール感など、何もかもが違った。 その違いは、「日本人とは異なる文化を持つ民族が自分たちの為につくったプロダクトであるということからくる違い」であった。 一言でいうと哲学が違うのである。
 それらが「amadana」と決定的に違うのは、何らかの「狙い」をもってデザインされているのではなく、彼らにとってはごく普通にデザインされたものであったということであり、我々日本の消費者が外国家電に求めたのは、そうした「外国の普通のデザイン」だったと思うのである。 ちょっと見栄っ張りな消費者が、外国で普通に使われている家電を日本でも何気に普通に使ってみたい。 そんな自分ってちょっとお洒落?みたいな。
 「amadana」がその外国家電の市場を狙っているのなら、見栄っ張りでブランド志向な日本の消費者にはあまりウケないのかも知れない。 むしろ「amadana」の場合、本当は外国家電がいいんだけど機能的に日本の家庭向きじゃないし、サイズはでかいし、電気は食うし・・・といった不満をもつユーザーに訴求するプロダクトなのだろう。 やはりそれは優れて日本的な家電なのだ。
 で、こんな僕がどんな家電を使っているかというと、別にデザイン家電でも何でもない普通の国産家電である。 もちろんそれなりの美意識で選んではいるが、お世辞にもデザインがいいとはいえない家電もある。 少なくともすべてデザイン家電ばかりに囲まれた生活よりマシだと思う。 それが人間というものだ。
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by theshophouse | 2008-02-10 02:09 | Design | Comments(6)
Tribute to Ettore Sottsass
b0045944_1502455.jpg 2007年12月31日にエットーレ・ソットサスが90歳で亡くなっていたことをつい最近知った。 昨年4月のミラノ・デザインウィークでは、スフォルツェスコ城会場のエントランスをデザインするなど、死ぬ間際まで現役だった。
 ソットサスは僕にとってアイドルだった。 NTTがソットサスの手による伊エノルメ社の電話機を発売した時は真っ先に手に入れた。 インテリアデザインの仕事をしていた頃、ソットサスがデザインした伊アベット社のメラミン化粧板は何度使ったか覚えてないぐらいである。
 今から22年前、ミラノを訪れた時手に入れた「メンフィス」のカタログは宝物である。 メンフィスと出会うことがなかったら僕も今の仕事には就いていなかっただろうと思う。 そのメンフィスの首謀者がソットサスだった。
 当時、福岡でデザインを学ぶ学生に過ぎなかった僕にとって、その自由奔放な色と形の横溢は衝撃だった。 学校で教えられるデザインとはまったく異質のデザインがそこにはあった。
 大学でのその後の2年間、僕はイタリアでの興奮にひきずられるように当時その終末期を迎えていたポストモダン・ムーヴメントに傾倒していった。 卒論のタイトルも「ポスト・モダニズムについて」となった。
 そして現在。 メンフィスのデザインは確かに子供じみていると思う。 しかし、世の中のすべてのデザイナーが均質化し、誰もが突出したものを生み出せす、高い品質と洗練だけが要求され、デザインがアートではなくソリューションでしかなくなっている現在、それは確かに「ブーム」に過ぎなかったかも知れないが、かつてのルネッサンスや表現主義のようにアートやデザインという行為が繰り返すサイクルのなかで、時代が求めたひとつのプロセスだった。 そしてまた、人生のなかで一番感受性の強い時期にその興奮を享受することができた僕は幸せだったと思う。
 僕が上京して数年後、福岡にソットサスがデザインしたバーができた。 隣は倉俣史朗がデザインしたバーだった。 僕にとって世界で一番好きなデザイナー二人の揃い踏みに、速攻で福岡に飛んで帰ってバーをはしごしたものだが、二人の存在同様、二つのバーも今はもうない。 残らなくてもいいものばかりが残り、残すべきものばかりが失われるのはデザインの世界も同じだ。
 エットーレ・ソットサス氏のご冥福をお祈りします。
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                 Carlton (1981) Ettore Sottsass
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by theshophouse | 2008-01-12 01:48 | Design | Comments(0)
女性誌といえばDomaniです!
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     http://www.info.shogakukan.co.jp/open/domani6/03.html

 小学館の女性誌Domani 6月号の創刊10周年記念特別プレゼント企画「インテリア名品をさしあげます」で、拙店のラタンバスケット(オフィスボックスとタオルバスケットのセット)が10名の方に当たります。 応募はコチラから。 このブログの読者の方が当選されますように。
 以上、業務連絡でした。


小学館:Domani 6月号/インテリア名品を55名様にさしあげます
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by theshophouse | 2007-05-25 18:34 | Design | Comments(7)
Stress Free Moment Cafe@Roppongi Hills
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 4月27日から5月6日まで、六本木ヒルズアリーナの特設ステージとテレビ朝日イベントスペースUMUにて開催されているアメリカン・エキスプレス「Stress Free Moment Cafe」に出店させていただいている。
 2年前にも同イベント「Resort Cafe」に出店させていただいたのだが、今回は更にワンランク上の上質なリゾートがテーマ。 ザ・ショップハウスがカフェ用にセレクトしたアイテムも、2年前よりも更に上質な素材、デザイン、風合いのものが中心である。 カフェ入り口付近のガラスキャビネット2台と、オープンキッチン奥の棚などに展示中。
 アメリカン・エキスプレス・カードをご利用のお客様にはカフェでの飲食が50%OFF、ザ・ショップハウスがセレクトした全商品が20%OFFでお買い求めいただける特典つき。 その他にもさまざまなイベントが予定されています。
 期間中、会場周辺では「Stress Free Moment Cafe」のロゴをあしらったハマーのリムジン!が走り回り、イベント会場まで無料で送迎もしているので、六本木界隈にお出掛けの際には是非お立ち寄り下さい。

American Express presents Stress Free Moment
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by theshophouse | 2007-04-30 12:28 | Design | Comments(0)
タイムトラベル@新宿
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 今月の21日から伊勢丹新宿本店の本館5階のリビングフロアで、「ラグジュアリーなエキゾチックスタイル」をテーマにKELLY HOPPEN×SPINA×THE SHOPHOUSEのコラボレーションイベントを開催中なのである。
 20日はイベントスペースの設営のために閉店後に現場に乗り込んだのだが、なにせ新宿伊勢丹本館は古い。 建造はなんと1933年(昭和8年)で、アールデコの歴史的建造物である。 そのバックヤードは現代の流通事情には合わなくなってしまっており、搬入車を停めておくスペースも少なければ業者用の通用口も一カ所のみ。 閉店時にそこから全店員が津波のように吐き出されてくる様は壮観である。 搬入を手伝ってくれた弟曰く「これは昭和の風景だ。」 僕もまったく同感である。
 その日は明日からの各フロアのイベントの会場設営のために商品の入れ替えも多いのに加えて工事関係者も続々とやって来ていたため、狭い通用口はほとんど阿鼻叫喚の地獄絵図(多少大げさに書いています)といった状況。 通用口に殺到する店員の津波に抗うように牛歩戦術的な歩みでようやく搬入用エレベーターに辿り着いたのは通用口の外の行列に並んでから約30分後ぐらいだっただろうか。
 昔インテリアデザインの仕事をしていたので古い百貨店には縁がある。 最初は学生時代にアルバイトをしていた店舗設計の会社で現調(現場調査)に行った、今は亡き福岡玉屋。 こちらは1925年(大正14年)建造で伊勢丹本店より古い。 次は東京で最初に働いたデザイン事務所が全面改装のプロデュースをした銀座松坂屋(1924年開店)。 この時は条件図として松坂屋の設計当時の青図を与えられたのだが、寸法が尺貫法で書いてあって面食らった記憶がある。 本社のある名古屋から松坂屋首脳のお歴々がお見えになった会議室で、どでかい舟形テーブルを前にプレゼンした記憶は忘れられない。 当時まだ駆け出しだった僕はかなりビビったものである。
 新しいものは綺麗で便利に決まってる。 でも、古いものを愛しんで使い続けることも大切だし、文化である。 狭い通用口に殺到する伊勢丹の店員さんたち一人一人の顔を見ていると、みな一様にフラストレーションが溜まっている印象だが、どの顔にもどうにかこの古い建物とつきあっていこうというある種の諦観が認められ、それが弟や僕に「昭和」を感じさせたのかも知れない。 たぶん昭和という時代は平成の今より少しばかり不便で、そしてまた少しばかり優しい時代だったのだろう。 伊勢丹のバックヤードには今もそんな昭和の空気が封じ込められている。
 イベントスペースの設営を終え、誰もいなくなったせいか来た時より広くなった通用口を出たら午前3時を回っていた。 夕食抜きだったので、とりあえず何かお腹に入れておこうと駅の方に歩いたら、早朝5時まで営業の「青龍門」があった。 オープン当時、バブル時代にCMディレクターの李泰栄氏がデザインした内装のままだ。 目まぐるしく移り変わり、消費されていく商業施設のなかで、ここにも止まったままの時間がある。 都市の中には様々な時代の残像が断層のように存在しているのだろう。 「昭和」から「バブル」へのちょっとしたタイムトラベルだった。

 イベントは4月24日まで。 本館5階、エスカレーターで上がってすぐ正面の場所です。 お近くにお越しの際はぜひお立ち寄り下さい。

LIVING FLOOR INFORMATION【伊勢丹新宿本店】
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by theshophouse | 2007-03-26 00:59 | Design | Comments(0)
リビングの中心から失われたもの
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 広尾のお客様の引越しに伴うコーディネートがようやく終わった。 述べ3ヶ月間にもわたる長期プロジェクトであった。
 日本の、特に賃貸物件の場合、室内にあらかじめ何らかの装飾がなされていることはまずない。 窓も味気ない普通のサッシであり、壁は白っぽいクロスが貼ってあるだけ、床はフローリングか無難な色のカーペットが敷き詰められているのみ、というのが普通であろう。 入居する人の顔を特定できない賃貸物件では、内装は最大公約数的なものにならざるをえない。 そういう、言わば無味乾燥の空間に自分の手持ちの家具を置き、カーテンをあつらえ、壁にお気に入りにの絵を飾ってみても、何かもうひとつな感じがしてしまったりするものである。
 そういう時は、新たにお洒落な家具を買い揃えたりするよりも、空間自体にあらかじめ付随していた「かのような」造作を加えてみると、部屋の空気が一気に変わったりする。 もちろん条件が許せばだが、例えば、床から天井までクロス貼りの壁を、床から1メートルぐらいの高さまで木製の腰壁をつけてみたりとか、壁と天井の際の部分に装飾的なボーダーを取り付けてみたり、といった具合である。
 で、今回は、マントルピース(ファイヤープレイス)風のコンソールを壁に取り付けることにした。 欧米では暖炉がリビングの中心なので、マントルピースとその装飾は住宅のインテリアの中でも非常に重要な位置づけをされている。 現代では欧米でも暖炉を実際に使っている住宅は減少の一途だが、そんな場合でもマントルピースを模した「形骸化したマントルピース」がインテリア・エレメントとしてリビングの中心に最初からついていたりする。 単身者用のフラットにすら、こうしたマントルピース的なコンソールを見ることができる。 そもそもコンソールという家具自体が、マントルピースから派生したものでもあるのだろう。
 写真のコンソールは取り付ける壁に合わせて僕がデザインしたもの。 奥行はお客様の希望もあり、わずか20cmほどに抑え、敢えてあまり大ぶりなものを置けないようにしてある。 お気に入りのフォトフレームをいっぱい並べるのもいいだろうし、ひょろっとしたヴェースを置くのもいいだろう。
 欧米のリビングの中心が暖炉なら、日本のリビングの中心といえば囲炉裏である。 リビングには人々の心の拠り所となる何かが必要だ。 現代人にとってはそれが形骸化した暖炉であってもいいのかも知れない。
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by theshophouse | 2005-09-30 00:09 | Design | Comments(4)
ベランダについてマジメに考えてみる
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 ここしばらくお客さまの部屋のコーディネートの仕事をしている。 以前からのお客さまであるAさんが代々木から広尾に引っ越されたので、引越しに合わせて部屋をマイナーチェンジしている、といった感じだ。
 部屋の内部は新たにデザインした特注家具がまだ製作途中であったりするので、仕上がるにはまだしばらく時間がかかる。 一方、ベランダは一足早く完成した。 代々木にお住まいの時に僕らでしつらえたベランダ・ガーデンを、ほぼそのまま広尾のお宅に移設するだけだったので、わりとすぐに完成したのである。
 特別な材料は使っていない。 その多くはホームセンターで買うことができる。 30cm角のグレイの人造石と黒い玉砂利を市松模様に敷き詰め、ザ・コンランショップで買ったセメント製のプランターにとくさを植え、プランターに付属していた受け皿の底に白い玉砂利を敷き詰めて水を張り、フローティング・キャンドルを浮かべる。 唯一高価なのが中央の石像。 以前Aさんから直々に依頼を受けて、バリ島まで買い付けに行ったもの。 東南アジアに広く伝わる古代インドの叙事詩、ラーマーヤナ(Ramayana)の王妃シータの像である。 この時の苦労話は以前のエントリーをご参照いただきたい。
 で、火山岩でできた王妃の石像を載せる台が必要ということで、栃木県の大谷町で採れる芦野石で台座を作った。 石像は暗くなると自動点灯するセンサーを取り付けたハロゲンランプによって夜間はライトアップされるようになっている。
 バリ島の仏像はともかく、わずかな出費とちょっとした工夫次第で味気ないベランダも面白くなるもの。 都会生活ではベランダこそが外界とのインタースペース。 あなたの部屋のベランダ、単なる物干場になっていませんか?

バリ島出張記2003・前編
バリ島出張記2003・後編
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by theshophouse | 2005-09-11 01:34 | Design | Comments(2)
アジアのデザインに未来はあるか?
 先日うちの大学のゼミの先生が上京して、「アジアヴァリューデザイン・ウェルカムパーティー」を開くというので新宿パークタワーまで出掛けて行ったのであった。 卒業してもう17年になるが、先生は年に数回東京にやってくる。 学生時代はヒッピーで世界中を放浪し、ギリシャの王女様と恋仲になったこともあるというのが毎度聞かされる武勇伝だ。
 先生は以前から北京理工大学や南京芸術学院の客員教授や中国工業設計協会の顧問をしていることもあり、とりわけ中国でのデザイン教育には熱心なのである。 今回は先生の人脈から中国や韓国でデザイン教育に携わるお歴々を招いてのパーティーであった。 会場では5年後に迫った上海万博の国際コンペに参加したマスタープランをはじめ、各々がこれまで手掛けてきたデザイン作品がモニターで紹介された。
 今回来日されていた中韓の先生方はみな日本語も堪能で、それぞれの仕事にも十分にオリジナリティが感じられるものだった。 こうした方々と日本のデザイン界が交流を深めていくことは非常に重要であるし、今後の東アジア経済圏の発展にデザインが果たす役割を考える時、日中韓でのデザイン交流は必要不可欠だと思う。
 ただし、WTOに加盟しているにも関わらず中国や韓国は知的所有権や著作権といったものへの意識が相変わらず低く、西欧のブランド品や、彼らにとってデザイン先進国であるヨーロッパやアメリカ、日本のものを露骨にコピーした商品や製品が横行しているのが現状である。 こうした底流が変わらない限り、中韓のデザイン界が洗練されることもないだろう。
 ただ、彼らが模倣に終始してきたのも、そばに日本という偉大なモノづくりの国があったからこそで、地政学上無理からぬことでもある。 しかし、彼らもそうした模倣の時期を卒業してオリジナリティを模索すべき時期に来ていることも確かだ。 今後日本は、自らの知的所有権の保護にも敏感になるべきで、中韓にデザイン盗用され放題の現状に歯止めをかける活動も、企業単位のみならず国家レベルで行う必要があるだろう。 それが中国や韓国のデザイン的な自立を促すことにもつながるはずである。
b0045944_2238467.jpg 個人的には、今回のパーティーで喜多俊之さん(写真)と話しができたのが収穫であった。 喜多さんというとやっぱりウインク・チェアーのイメージが抜けないのであるが、それ以外では地場産業の活性化にも携わり、和紙や漆などの日本の伝統工芸とも関わるなど一見地味な仕事もされていて、その引き出しの深さ多彩さに改めて感銘を受けた次第である。 この夜のパーティの為にわざわざ大阪から駆けつけられたそうで、新宿まで出て行くのも少し億劫だった僕はそのフットワークの軽さに恐縮するばかり。
 ところで、この夜のパーティーに「アジア・デザイン界の暴れん坊将軍」と僕が勝手に名付けた御大ケネス・コー氏が来ていなかったのは首をひねるばかりだ。 彼なくしてアジアのデザインを語ることは、セロニアス・モンク抜きにジャズ・ピアノを、レヴィ・ストロース抜きに構造主義を語るに等しい。 どうやら僕の先生の人脈も香港はスルーしているようだ。 残念。
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by theshophouse | 2005-08-25 22:58 | Design | Comments(0)
ベルリンのハツコちゃん
 今日は友人を紹介しようと思う。 「ハツコちゃん」は15年来の友人。 生粋のボヘミアンで、しばらく音沙汰ないなあと思ってると、日焼けした顔でふらっと現れて「一ヶ月ほどキャンティ街道を巡ってワイナリーに泊り込み、イタリア・ワインを堪能し尽くしてきた」なんて言う。 学生時代はロンドンで過ごした。 僕らは長いこと経堂に住んでいるが、ハツコちゃんも近所の代田に住んでいたので、当時はよく一緒に食事したりもした。
 ある日のこと。 ハツコちゃんから電話があり「ドイツに留学することにしたから、日本に帰ってくるまでTVとビデオデッキを預かっておいて欲しい」ということだった。 突然の申し出に戸惑いながらも二つ返事でOKし、後日クルマでブツを回収に行ったのだった。 ハツコちゃんは既に日本でのあれやこれやのしがらみを精算し、すっかり旅立ちの準備を整えて晴れやかな表情であった。
 人間なんてみな何処へ行っても身体ひとつで生きていける生き物なのに、歳を取り伴侶を得て居を構え、土地に根付いて身動きがとれなくなっていく。 僕のなかでのハツコちゃんはそういう社会秩序とは無縁の存在で、鳥のように自由な人なのである。 もちろんそれは僕が勝手にそう思っているだけに過ぎず、本人にしてみれば色々大変なこともあるに違いない。
 TVとビデオデッキを預かった時ハツコちゃんは「最低でも1年、長くても3年」みたいなことを言ってたような記憶があるのだが、ハツコちゃんのベルリン生活は今年でもう6年目になる。 よほどベルリンの水が合うのか、帰国の気配はない。 この6年の間にハツコちゃんから預かったブラウン管TVもビデオデッキも絶滅危惧種になってしまった。 技術の進歩は時に多くのゴミを生む。 自分のものならただ捨てればいいのだが、人様からの預かり物だけに捨てることもできず、このTVとビデオデッキは今も部屋の片隅に鎮座している。
 そんなハツコちゃんが昨年からジャパン・デザイン・ネットのなかでコラムを執筆している。 以前は「ベルリン アンビバレント」というタイトルで長谷綾子さんと交互に執筆していたコーナーだが、このたび「ベルリン 都市の横顔」という新たなタイトルとともにハツコちゃんのコーナーとして独立したのである。
 ベルリンでは近年多くの再開発プロジェクトが進行し、都市は大きくその姿を変貌させてきた。 世界中から著名な建築家やデザイナーが集まり、都市を実験場として様々な試みが行われている。 加えて来年にはサッカーW杯も開催されるという、なかなかおいしいタイミングなのである。 また今年から来年にかけては「日本におけるドイツ年」でもある。 そもそも理念からして無理がある「日韓友情年」なんてほっといて、僕的には日本におけるドイツ年を盛り上げたいと思うのである。
 個人的にもドイツは好きな国だ。 今から20年前に西ドイツに行ったことがあるが、ビアホールで隣り合ったオッサンに「ドイツと日本はむかし同盟国だった。 フレンドリッヒ・ヤーパン!」と、腕を交差させて互いのビアジョッキで飲むドイツ式乾杯の洗礼を受けたことがある。 ソーセージやポテト料理、ザワークラウトも大好きだ。 そろそろまたドイツも行きたいものである。

 ところでハツコちゃん、僕に預けたビデオデッキに「アニタ・ベイカー」のビデオが入れっ放しになってます・・・。
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by theshophouse | 2005-08-15 01:32 | Design | Comments(2)



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