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クライマーズ・ハイ
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 「クライマーズ・ハイ」は、これまでも小説とNHKドラマでその世界を堪能してきた。 小説はもう何度も読み返したし、ドラマも再放送など含め3回観た。
 そしていよいよ映画化となったわけだが、素材となった日航機墜落事故が起こったのは1985年、今からもう23年も前のことである。 当時僕は大学生だった。
 やはり映画は娯楽である。 23年という年月は、この悲惨な事故が、その扱われ方はどうであれ映画という娯楽の俎上に乗るためにどうしても必要な時間だった。 日航機墜落事故はそれほどまでに日本人に服喪させ続けた事故だった。 公開前、事故現場となった群馬県上野村において特別試写会が行われ、多くの村民が鑑賞したというエピソードも、実に日本人らしい仁義の切り方である。 アメリカにおいていわゆる「911」絡みの映画が事件後数年のうちにいくつも公開されたのとは対照的だ。
 もちろん二つの国の二つの出来事の間には様々な差異があり、単純に比較などできないことは知りつつも、僕は日本人で良かったと思う。 日本人の一人として、その日本人の「時間感覚」に賛意を表したい。 そして、あらためてこの事故で亡くなられた多くの方々に哀悼を捧げたい。

 テーマがテーマだけに一瞬たりとも笑えるようなシーンがない映画である。 プロットが同じだけに、やはりどうしてもNHKドラマと比較してしまう。
 地元で未曽有の航空機事故と遭遇した地方新聞社を舞台に、広告営業や販売といった部局間闘争や派閥抗争といった「内なる戦い」と、中央と地方というジャーナリズムの世界に厳然として存在するヒエラルキーに抗う「外との戦い」が活写されている。
 ドラマでは佐藤浩市が演じた主人公の北関東新聞の遊軍記者・悠木和雅を演じるのは堤真一。 個人的にはドラマでの佐藤浩市のイメージが定着していて、少しは違和感があるかなと思っていたが、さすが当代一の人気役者、見事に自分の役にしていた。 また、ドラマでは大森南朋が演じた県警キャップの佐山達哉役の堺雅人も同様だ。 更に言えば、整理部長の亀嶋を演じたでんでん、原作においては男性の役で群大工学部出身の3年生記者である玉置と編集部庶務の依田千鶴子が一緒になった「玉置千鶴子」を演じた尾野真千子も良かった。
 驚いたのは、映画化にあたって脚色が加えられ、原作やドラマにおいてストーリーの重要な部分であった、取材中に交通事故死した悠木のかつての部下の従妹・望月彩子とその読者投稿のエピソードがまるごとカットされていることである。 悠木はこの投稿を採用したのが原因で後に草津通信部に左遷されるのであり、故に悠木が北関東新聞社を辞めるシーン以降の最後のシークエンスは原作とはまったくの別物になっている。
 個人的にはこの望月彩子の投稿のエピソードを外したことには失望した。 「報道の在り方」という原理的なテーマに鋭く斬り込んだシーンだっただけに惜しまれる。 結果的に最後で悠木が辞表を叩きつけて出ていくような大失態を犯したわけでもないので、そのあたりのプロットの整合性には疑問が残る。 別物となってしまったラストシーンの海外ロケ部分もほとんど無意味。 蛇足とは正にこのことである。
 出演者の「キタカン(北関東新聞)」や「オオクボレンセキ(大久保清・連合赤軍)」など略語の多用や早口な台詞まわしはリアリズムなのだろうが、原作を読んでいない人にはツライいかも知れない。 基本的には「原作を読んでから観ろ」という姿勢の映画である。 さらに僕から言わせてもらえば、原作に加えてNHKのドラマも観てからこの映画を観て欲しいと思う。
 映画のスケールメリットが奏功し、御巣鷹山の墜落現場のシーンや谷川岳の衝立岩を登攀するシーンの描写はNHKのドラマを遙かに凌駕する。 しかしながら総合的に見れば、ドラマの方が出来が良かったと言わざるをえない。 それでも編集局内の描写は圧巻である。 今となってはやや前時代的な北関東新聞社編集局内の景色。 その中で大の大人たちが丁々発止、東奔西走の末に紙面をつくり上げていく。

 毎日降版(締め切り)までに紙面をつくっていくというのは大変な作業だ。 無論ただ紙面を埋めればいいというわけではない。 まずそこには正確な報道というものがあり、そして論説には新聞社としての主張が要る。
 子供の頃、「将来何になりたい?」という問いに「新聞記者」と答えていた時期があった。 しんぶんきしゃ。 世間知らずの童心ながらにその響きから発せられる知性とか気高さといったものに魅了されていたのかも知れない。
 小学生の頃、ガリ版学級新聞の編集長をやったことがあり、決して乗り気ではなかった他のクラスメイトの代わりにスクープから4コマ漫画まですべて自分でつくって発行した。 今から思えば至福の時だった。
 最近、その英語版で「変態記事」を10年にもわたって世界中に配信していたことが発覚して大幅に部数を減らした毎日新聞や、相も変わらぬ亡国路線で部数を順調に減らしている朝日新聞などを眺めていると、これらの新聞社には日本人としての誇りや報道人としての矜持といったものが欠落しているような人材しかいないのではないか、と疑いたくなる。
 そうではない。 そんな不逞の輩はごく一部に過ぎない。 この映画は、新聞記者、ジャーナリストという職業が、真実に真摯に対峙する姿が、やはりとても魅力的で格好いい仕事なのだとあらためて実感させてくれる。
 新聞の「色」は一面トップの記事や社説などにではなく、目立たぬベタ記事の扱いにこそ出るという。 受け取る側も、その行間に込められた送り手の思いを読み解く力を持ち続けていたいものである。


ホルモンでーす(ドラマと映画の比較)
クライマーズ・ハイ(小説とドラマのレビュー)
横山秀夫中毒者の独白
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映画『クライマーズ・ハイ』公式サイト
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by theshophouse | 2008-07-23 02:11 | Movie
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