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ビルマの旅2008-2 追悼
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 昨年9月の民主化運動の際、ジャーナリストの長井健司さんが射殺された現場に行って手を合わせた。 そこは今回宿泊したホテルから歩いて3分ほどのところだった。 ラングーンのダウンタウンにあるスーレー・パゴダのすぐ近くで、多くの観光客も普通に歩く場所である。
 あの事件から半年ほどしか経過していないにも関わらず、その場所に事件の痕跡をとどめるものはなにもなかった。 長井さんが横たわっていたアスファルトの路面を見つめ、歩道から手を合わせていると、すぐ横の露天商が僕のことを怪訝そうな顔つきで見ていた。
 「ビルマの人々に政治の話はするな」 日本語のガイドブックには判で押したようにそう記されている。 市民に紛れて治安警察が暗躍するこの国。 外で声高に政権や軍政を批判する人はいない。 一瞬その露天商に半年前この場所で起こったことを見ていたか尋ねてみたい衝動に駆られたが、そんなことをしたら僕とて治安警察の監視の対象になりかねない。
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 背後から撃たれた長井さんが路上に横たわりながらも手にしたビデオカメラで撮影を続けていた様子を捉えたロイターのフォトグラファーの写真が、ニュース速報写真部門でピューリッツァー賞を受賞したのはつい先日のこと。 彼は何処からあの写真を撮ったのだろうか。 周囲を見渡してみるとすぐにその撮影ポイントが見つかった。
 それはスーレー・パゴダ・ロードにかかる歩道橋の上だった。 その場所に行って、長井さんが倒れていた場所をファインダーの中に収めてみると、あの写真と同じアングルが容易に得られた。
 歩道橋は片方が行き止まりになっており、片側から昇ることはできても同じ側に降りてくるしかないため、地元の人は誰も入ってこない。 喧騒の街ラングーンで、それはあたかもエアポケット、目抜き通りにありながら誰からも忘れ去られたような場所だった。 歩道橋といっても側壁にはビルボードが取り付けられていたり、アーチ型の構造物があったりと、撮影者が隠れて望遠レンズを向けることは比較的容易そうに思われた。
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 ジャーナリストというのは因果な商売だ。 あの時おそらくは鎮圧部隊の銃口の鼻先で最も迫力ある映像を撮っていたであろう長井さんは、突然迫ってきた兵士の群れに背を向け、周囲にいた民衆に逃げるように声を掛けているところを背後から撃たれたように見える。
 一方でロイターのフォトグラファーは、あの騒ぎのなか、誰からも忘れ去られた安全な撮影ポイントでシャッターに指を掛けてただ「その時」を待っていたに過ぎない。 その写真自体も長井さんが撃たれた瞬間を捉えたものではなく、長井さんを後方の至近距離から撃った兵士が既に長井さんを置き去りにして、さらに前方に駆け出そうとしている瞬間を撮ったものである。
 この写真がピューリッツァー賞をとったのは、路上に横たわる長井さんもまたジャーナリストであり、そして倒れてもなお彼の右手に握られたビデオカメラが被写体を追い求めて宙を彷徨っていたというその一瞬を切り取ったからに他ならない。 もし彼が生きており、撮っていたであろう鎮圧の最前線の映像が世に出ていれば、ピューリッツァー賞を獲得したのは彼だったかも知れない。 今回のロイターのフォトグラファーの受賞は長井さんへのレクイエムでもあると僕は思う。
 一方で、現場の状況を把握して適切な撮影ポイントを見つけ、その写真を国外に持ち出して世界中に配信されるようにしたロイターのフォトグラファーは真の意味でプロのジャーナリストだと思う。 いわゆるウォー・コレスポンデントのみならず、人間なら誰しもまず生き残ることを最優先するべきで、また生き残らないと自らがモノにしたスクープも世に出ることはないからだ。 そういう視点で見る時、彼があの時あのような衝突の最前線にいて、しかも銃口を向けられる弱者の側からカメラをまわしていたのは英雄的ですらあり、そしてまた同時に、著しく危険な行為だったと言わざるをえない。
 僕が話しを訊くことができたラングーンの人々はみな昨年9月に日本人のビデオジャーナリストが殺されたことを覚えていた。 しかし誰しもがそれについて多くを語ろうとはしなかった。 唯一話してくれたタクシードライバー曰く「あの時は他に多くの外国人ジャーナリストも現場を踏んでいたなかで、日本人の彼だけが撃たれた。 思うに、彼は現地の人とはあまりに違う格好(ショートパンツ)で、治安当局にマークされやすかった」
 長井さんが所属し、拠点にしていたのはAPF通信のバンコク支局である。 彼は直前にバンコクで観光ビザを取得してビルマ入りしたはずだが、そのタイでもビルマでも一般論として肌を露出することは好まれない。 実際ラングーンでショートパンツをはいている人にはまずお目にかからない。 せいぜい観光客の一部ぐらいである。 おそらく長井さんとしては単なる旅行者を装ったつもりで、その方が危険を回避できるという判断だったのかも知れないが、もしそのことがかえってあの結末を引き寄せることになっていたのなら、悲劇としか言いようがない。
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          長井さんが撃たれた場所から兵士がやって来た方向を望む
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by theshophouse | 2008-05-02 00:57 | Odyssey | Comments(0)
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