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海辺の扉
b0045944_3372919.jpg 宮本輝について何かを書くのは難しい。
 僕はこれまで彼の本を金を出して買ったことはなかった。 宮本輝の作品との最初の出会いは、以前住んでいた街の駅前の焼肉店の前で並んでいる時、カバーのない文庫本が道端に落ちていたのをたまたま見つけた。 それが「愉楽の園」で、内容はタイのバンコクを舞台にしたサスペンス色の強い恋愛小説だった。
 うろ覚えだが、その文庫本の巻末の解説に浅井慎平だったか、「宮本輝という作家は心の中に無限の回廊を持っている」というようなことを書いていた記憶がある。 当時僕もその解説に共感を覚えた。
 だが、不思議とその後僕が宮本作品を手にする機会はなかった。
 一時期連れ合いが宮本作品にハマり、友達間で互いが所有していた宮本作品を回し読みしていた。
 僕には奇妙な癖があって、人から「この作家は面白いよ」などと教えられてもなかなか素直に読んでみることができない。 僕と宮本輝の作品の距離は広がる一方だった。
 そんな或る日、本棚を整理していて書店のカバーがかけられた「海辺の扉(上)」を見つけた。 その時たまたま手元にあったすべての本を読み終えていたので、観念して10年ぶりに宮本輝を読んでみた。
 今度はギリシャが舞台だ。 自らの不注意で自分の息子を殺した男が妻と別れてギリシャにやって来て、ギリシャ人の妻をもらい、妻を連れて日本に帰るために危ない仕事に手を出して金を稼ごうとする。 これまた異国が舞台のサスペンスじみた展開だが、不思議と緊迫感はない。 結局すったもんだの末、予想外の大金が手元に残るが、別れた妻からの手紙がきっかけで一人日本に帰る破目になる。 日本では別れた妻との関係を清算し、母親を連れてギリシャに妻を迎えに行く。 妻は男との子供を産んでいた。 男は金を組織に返し、すべてを精算する。
 上巻はなかなか面白かった。 傷心男のギリシャへの逃避行&サスペンス。 暇潰しに読むにはちょうどいい。 僕は近所の古本屋で105円で売られていた下巻を買い求めた。 つまり僕は宮本輝の作品を初めて自分で金を出して買ったのだった。
 ふたたび読み進めると物語の風向きが変わった。 ストーリーに組み込まれた安物のサスペンスがその構成上さほどの必要性もないということが下巻を読み進むうちに明白となり、そこに突然「過去世」とか「転生」とか「釈迦と堤婆達多の因縁」とか仏教用語が散見し始めるのである。 そしてこの物語はそのテーマである「再会」へと帰着する。
 それはやはり彼の個人的な死生観や宗教観によるものだろう。 最初読み始めた時は一風変わった恋愛小説だったものが、最後にはいつのまにか「何か有難い教えへのお導きの書」といった趣きになってしまった。 つまり本書は一種の詐欺的構造をもっており、巧妙にカモフラージュされてはいるものの、或る特定の教えを説く為に書かれたものである。
 作家が自らの信ずる教義を小説というオブラートに包んで世間に流布していくという手法。 一般論として、作家など何かの表現者の熱狂的なファンのことをしばしば「信者」と言うが、この場合まさしくこの例えが相応しい。
 今になって思えば、図らずも僕が長年彼の作品と距離を置いてきたのはこういうスタイルが許容できなかったからなのかも知れないが、むしろ研究対象としての興味は増した。
 宮本輝。 またそんな「不純な動機」から読んでみることがあるかも知れない。
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by theshophouse | 2008-02-27 01:30 | Books
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