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パリ・ダカール、そしてシドニーでの出来事について
 増岡浩という三菱チームから出場のプライベーターの大健闘で盛り上がった今年のパリダカ。 レース最終盤のジャン・ルイ・シュレッサーの愚挙と、漁夫の利で優勝をさらった同じ三菱チームのドイツ人女性ラリーストのユタ・クラインシュミットがかつて同じフランス・バギーチームのチームメイトであるうえに同棲関係にあり、しかもそのクラインシュミットが「もうオジサンは嫌よ」とその関係に終止符を打ってこのレースに出場していたという実に出来過ぎた脚本が興味深い。 そのまま映画化できそうなレースだった。 勝つためなら手段を選ばないシュレッサーと多くを語らぬ敗軍の将増岡のコントラストは、まさにシドニーオリンピックの柔道会場でのドゥイエと篠原のデジャ・ヴを見ているかのようであった。
 ドゥイエはあの試合が現役最後の試合で、どうしても金メダルを取りたかったそうである。 それがあのような試合で得たものであっても良かったのである。 彼にとって重要なのはその結果だけだったのだ。 立場が逆で勝ったのが篠原だったら彼はどうしただろうか? 少なくとも笑顔でポディウムに上がることはできなかったはずだ。 両手を高々と掲げることはできなかったはずだ。 しかし僕はドゥイエという人間に悪意を持てないでいる。 日本人の多くがこの出来事に対してアレルギー反応を起こしたのは、それが起こったのが畳の上という極めて日本(東洋)的な場所であったからである。
 ここに厳然として存在するのは、柔道を勝敗を決するスポーツ競技としてのみ捉えるものと、己の鍛練の場つまり武道として捉えるものとの決定的な差異である。 つまりこの両者の隔たりは即ち西欧と東洋という二元論において説明がつく。 オイゲン・ヘリゲルは、阿波師範の「狙うということがいけない。 的のことも、中てることも、その他どんなことも考えてはならない。 弓を引いて、矢が離れるまで待っていなさい。 他のことはすべて或るがままにしておくのです。」という言葉に当惑しながらも研鑽を積み、やがて自らの弓道を会得していく。 ここで見て取れるのは西欧の合理的・論理的精神が東洋の非合理的・直観的な思考に接近していくさまである。(「日本の弓術」より)
 残念ながらドゥイエはヘリゲルではなかった。 そしてまた柔道という武道が、オリンピックという巨大なユニヴァーサリズムを介してスポーツへと変容していくことに耐えられない日本人の姿も垣間見れる。 日本の柔道関係者は今回の結果を受け入れる義務がある。 柔道という極東の島国の一武道をオリンピック競技へと、世界中へ普及させようと努めてきた自らの責任において。
 シュレッサーと増岡もまた然り。 事実上のレース最終日、規定違反を知りながらチームメイトと先回りして増岡の進路を妨害し、挙げ句の果てはに増岡をコース外に押し出してクラッシュさせてまで一時は首位に立った利己的なフランス人ドライバー。 その暴挙がフランス国内でも白昼生中継され、国内でも大きな批判を浴びているこの男は、誰も拍手してくれなかったポディウムを降りた後、次のように語っている。
 「我々は今日のSS(スペシャル・ステージ)をトップタイムでゴールしてとても満足している。 それぞれが自分のやるべきことがある。 我々は自分自身のしたことに自信をもっているし、今年のダカールはまだ終わってはいない。 私は自分自身勝ちをアピールするだけの価値があると思っている。 私が思うにクラインシュミットは表彰台に上がる価値なんかないね。 彼女は1つたりとSSを勝ってないのだから勝利に値しない。」
 彼がどの程度の人間かは推して知るべしであろう。 できることなら篠原の内股すかしからの縦四方固めで失神させてやりたい。 これに対して増岡はシュレッサーの暴挙に怒りを隠さないながらもその結果を受け容れた。

 「トップを走っていたので、2位は残念ですがベストを尽くしたということでは満足しています。(中略)昨日は人間を信用出来なくなるような気持ちでした。 まさか、と思いましたよ。 今考えればもっと冷静になればとも思います。 しかし、ああいうことがあっても自分を見失わず、しっかり走れなければいけないと感じています。」
 どう多角的に見ても受け入れ難い事実すら自らの反省の弁に置き換えようとする増岡のそのコメントから読み取れるのは、ひとえに日本人が古来から本質的に持つ寛容さゆえであろう。 日本人はその本質において神道をベースとし、人智の及ばぬものや超自然的なものに対する尊敬や畏怖の念が強く、地震や台風など自然災害による被害に対してある種の諦観に至ることがある。 そのような時に無言で黙々と瓦礫を片付ける民衆の姿は西欧のメディアには奇異に映る。
 こうした民族性は住居を「仮の庵」として木や紙で華奢に作り、その当然の報いのように自然災害による徹底的な破壊を受容し、壊されてもまた同じように家を作り続けてこの国に住んできた我々がその歳月のうちに身につけた精神である。 西欧のように堅牢な石造りの建物で半永久的な強度を求めようなどとは思わないのである。 自然と対決するのではなく、対峙し共生してきた日本人の姿がそこにある。 増岡のコメントから見て取れるのは、こうしたことから培われていった受容と寛容の精神である。
 しかしパリ・ダカール・ラリーは厳然たる競技であり、常に一人の勝者を生むモーター・スポーツである。 それは断じて武道ではない。 柔道とは違い、精神性が介在する部分は極めて小さい。 しかしそれと同時にスポーツマン・シップという言わば最低限の精神的了解が破綻しては競技が成立しないことも事実だ。 そうした意味で愚挙を犯したシュレッサーに1時間のペナルティーが与えられて後退し、それまでしぶとく3位を走っていたクラインシュミットが優勝をさらったことと、三菱チームがチーム・オーダー(不慮の事故で順位を落とした増岡をクラインシュミットより先にゴールさせる指示)を出さなかったことはせめてもの救いだった。 クラインシュミットがレース後「真の勝者はマスオカ・・・」と語ったように、観衆は今年のパリダカの本当の勝者を知っている。 増岡選手の来年に期待したい。(2001/1/26出稿を再録)

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by theshophouse | 2004-11-02 16:06 | Critique
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