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地獄のヘルメット
b0045944_220646.jpg 有栖川公園とナショナル麻布スーパーマーケットの間の坂を上り、交差点を右折するとフィンランド大使館がある。 丁稚時代、よく「お使い」に行かされた馴染みのエリアだ。 その大使館の隣に建設中の物件に商品を納めた。 外人向けの賃貸マンションの棟内モデルルームである。
 納品口にクルマを停め、現場に居る女性担当者の携帯を鳴らす。 ほどなく彼女は外へ出て来た。 薄汚れた青いヘルメットを片手に。
 「まだ工事中なので、部屋の中に入るまではこれを被ってもらわなきゃダメなんです。」 彼女は申し訳なさそうに言う。
 「○○さん(僕の名前)、ヘルメットなんて被ったこと、あります?」
 見損なってもらっては困る。 僕はかつての組立工のバイト時代、入る現場によっては毎日のようにヘルメットを被っていた時期もあった。 経験のある方ならおわかりだろうが、夏場に空調のない場所で作業をする際など、ヘルメットを被る前に頭にタオルを巻いてから被らないと、やがて滴り落ちてくる汗で仕事にならないものである。
 「もちろんありますよ。」 僕はふたつ返事でヘルメットを受け取ると、装着してあごひもをかけようとした。 その時だった。 
 ヌルッとした感触が両手指に走った。 指を見ると、黒いタール状のものが無数に付着しているではないか。 僕は慌ててヘルメットを脱ぎ、その内側を確認してみた。
 ヘルメットの内側には、衝撃を吸収するため、頭部が直接樹脂製のヘルメット内殻に触れないように発砲スチロールが貼られていたり、頭部をホールドするバンドが十字型に取り付けられているのだが、そのすべてが黒いタール状でドロドロになっているのだ。 もちろん異臭も漂っている。 これはキツイ。
 おそらくこのヘルメットがここまで腐食してしまった原因は、約10年ほど過酷な夏の炎天下と冬の酷寒での作業を繰り返し、たった一度の洗浄すら行うことなく、時には地面に放り投げられ、時には風雨に晒された挙げ句に熟成していった結果だと思われる。 ただ僕は、そのことを言下に否定するものではない。 ヘルメットとは多くの場合そのように扱われる運命なのである。 問題なのは、なぜそのような「10年物」が、この僕が建物に入場する際にあてがわれることになったのかという、まさにその一点である。
 女性担当者自身は白く光り輝くキレイなヘルメットを被っていた。 仕事で現場に入る機会の多い彼女である。 おそらくは自前のものであろう。 彼女が、一目見て「ヤバい」とわかるこの薄汚れた青いヘルメットではなく、もう少しマシな代物を僕に持ってきてくれていたら・・・。 彼女を恨んではみたものの、仕事を貰っている立場上、そんな些事をいちいち口に出すわけにはいかなかった。
 意を決した僕はヘルメットを被り直した。 僕の頭部の体温で、ヘルメット内部に年月をかけて堆積していたおぞましい物質が覚醒し、惜しみなく異臭を送り出してくる。 一方、あごひものヌメヌメ感はえもいわれる恍惚をもたらし、僕は思わず喜悦の声を上げそうになった。

 帰りに金物屋によってヘルメットを買い、家に帰って頭を死ぬほど洗った。
 このように、普通の生活を送っていても、或る日突然誰もが「地獄のヘルメット」に出会う可能性がある。 僕の場合はそれが昨日だったということだ。 今から思えば、ヘルメット(HELMET)の「ヘル」はまさしく地獄(=HELL)を表しているに違いない。
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by theshophouse | 2007-07-03 22:09 | Non Category | Comments(8)
Commented by osakana306 at 2007-07-04 09:18
うわ〜...過酷な任務お疲れ様でした。

先日、自分も有栖川公園の所、『エノテカ』本社ビル仕事で行きま
した。
そして、上のヘルメットも自分と同じタイプです。自分のはツバの部分が透明のヤツですが、このヘルメット通風穴があるので屋外で風が吹くと快適です。
Commented by 昼寝ネコの雑記帳の企画者 at 2007-07-04 21:51 x
「昼寝ネコの雑記帳」を、貴殿のブログでご紹介していただきまして有難うございます。

Commented by nasikanasika at 2007-07-04 22:30
こんばんは。
笑ってしまいました。
高校~大学の間は現場系のバイトばっかりでしたので、あのヘルメットの末期症状が目に浮かびます。「ヘルメットよし!顎紐よし!…じゃなかったですね。
Commented by theshophouse at 2007-07-05 01:54
>osakana306さん 翌日も同じ現場だったので速攻買いました。
やっぱ1個は持っとくもんですね。
Commented by theshophouse at 2007-07-05 02:01
>昼寝ネコの雑記帳の企画者さん はじめまして。 どういたしまして。
Commented by theshophouse at 2007-07-05 02:05
>nasikanasikaさん 本当にヤバかったです。
このメットのあごひもはまさに「すっごい滑るよ!」状態でございまして、その化学繊維の編み目が見えなくなるほどタール状の物質が詰まっておりました。 やっぱりヌルヌルはよくないですねw
Commented by hirune-neko at 2007-07-09 23:29
あの〜、猫だまりから迷ってきたわけではないんですが
わたしのブログをご紹介下さっていると知人から聞き、
ご挨拶にお伺いしました。昼寝ネコと申しますが、
ひと言お礼申し上げます。有難うございます。
酷暑の無冷房地帯での労働は
本当にGo to the Hell!・・・ですね。
Commented by theshophouse at 2007-07-10 02:04
>hirune-nekoさん どういたしまして。 わざわざご丁寧にありがとうございます。
真夏はやはりあくせく働かず、猫のようにレイドバックしていたいものですね。
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