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中田英寿へのオマージュ
 中田英寿が引退した。 世間は中田らしい引き際だの、彼なりの美学だのと惜別の言葉を並べてはいるが、実際のところは、所属していたフィオレンティーナにブランデッリという自分に最も肌が合わない監督がやってくることによって、1年間の期限付きでボルトンへの移籍という道を選択したにも関わらず、そこでもベンチを温める日々が続き、当初思い描いたであろうプレミアでの活躍もままならず、それによってボルトンへの完全移籍の道は絶たれ、一方ブランデッリの手腕によって今季セリエAで4位という大躍進を遂げたフィオレンティーナに戻っても放出されることは確実で、欧州での行き場を失ってしまったというのが実情だろう。 もちろんW杯で何らかのインパクトを残すことができれば、新たな活躍の場を得る可能性もあったが、日本代表のみならず、中田個人も満足いく成果を得ることができぬままW杯を去ることになってしまった。
 高原が出場機会を求めてハンブルガーから下位のフランクフルトに移籍したように、中田も下位クラブで再起を図るという選択肢もあったはずだが、NAKATAという存在がそれを容認できなかった。 横綱がまだまだ相撲をとれるにも関わらず引退してしまうように、中田も或る境地に昇りつめてしまったが故に「天下落ち」という事態が現実のものとなる前に引き際を決めたのだと思う。 その節目にたまたまドイツW杯があったということだろう。 そうした意味で、中田の引き際は相撲道にも通じる極めて封建的で日本的な判断だったと言える。
 一方で「武士道とは死ぬことと見つけたり」とする「日本的」もある。 まだまだプレーできる中田が道半ばで引退してしまうことに賛成できぬ人も多いことだろうが、僕の見る限り、中田はあのブラジル戦で討ち死にしてピッチに倒れたのであって、やはりあそこでサッカー選手中田英寿は確かに死んだのだと思う。 芝生の上で涙を流し、漆黒の空を見つめ続けたあの10分間は、中田にとって神聖な転生の儀式だったのだ。

 僕が中田英寿のプレーを実際に観たのはたったの2回である。 加茂ジャパン時代の横浜でのダイナスティ・カップの中国戦と2002年W杯の長居でのチュニジア戦である。 いずれもゴール裏からであった。 中田のプレーを観るのに最も適した場所は間違いなくゴール裏である。 テレビ画面と同様にピッチを横から観ている限り、中田の本当の凄さを体感することはできない。 ドリブルしながらピッチを駆け上がる背番号7の背中を、後方から感情移入しつつ、自分がボールを持っているような気分で主観的に見た時、次の瞬間中田の足元から放たれるパスの方向性とスピード、その回転に息を呑むことになる。

 「そっちかよ」 「そんなとこが見えてんのかよ」

 例えばピッチのやや左サイドで中田がドリブルを開始する。 タイミング良く左サイドの選手がライン際をオーバーラップする。 中田に応対していた相手DFは一人、二人目がライン際をケアするために慌てて開いてきたが、左サイドは手薄だ。 普通ならそのまま左サイドのスペースにパスを出す局面である。 ところが中田は周囲を見渡した直後、右サイドに大きなサイドチェンジのパスを出した。 ボールはフリーで右サイドを上がってきた選手の足元にピタリと収まり、その瞬間、スタンドの僕の周囲では大きなどよめきが起こった。
 常にピッチを俯瞰で見ることのできる視野の広さは、そのまま人生での視野の広さでもある。 一度きりの人生である。 元来、人は一生を送るなかで、地球上に存在するこの世界と社会のほんのちっぽけな一部分にしか関われないものだ。 ただ、交通機関と情報通信の発達した現代社会においては、必要な資金があり、本人がそれを望む限り、あらゆる類のボーダーを飛び越えて自由に行き来することができる。 サッカーを媒介として見聞と交遊を広めた彼は、当然ながらそのことを知った。 地球は丸い。 サッカーボールと同じように。

 中田英寿様、こちらこそありがとう。 君は知らないだろうけど、君のおかげでこの10年余りずいぶん楽しませてもらいました。 またいつかどこかで。


“人生とは旅であり、旅とは人生である”【nakata.net】
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by theshophouse | 2006-07-05 01:08 | 蹴球狂の詩
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