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質量こそがすべて
 店番する時以外、僕の仕事場は横浜市都筑区の町工場街にある倉庫兼工房である。 月曜から金曜までの間は、隣や向かいにあるプレス加工屋さんや板金屋さん、金型屋さんからの騒音で御世辞にも静かとは言えない。 ここに越してきて最初の頃は気が狂いそうだったが、慣れとは恐ろしいもので、今はこれらの騒音が好きになった。 何かを作ってる時の音っていうのはいいものです。 日本の底辺を支えるモノづくりの音です。
 幸田真音の「マネー・ハッキング」を読んでたら、登場人物の台詞で「日本というのがそもそもハードウェア重視の国なんだよ。 ソフトウェアにはまだまだ弱い。 日本人は機械や電気機器をつくらせたらピカ一だろう。 クオリティ・コントロールや生産管理なんて、世界一得意だよ。 そのかわり、とかく日本人というのは質量を持たないものには価値を見い出せない人種だから」というのがあった。 工場のおじさんたちも、そしておそらく僕もこうした古い人種なのだろう。 最近世間を賑わしているライブドアとフジテレビの争いも、見ていてどこか現実感がない。 そんな絵空事のような話に思いを巡らすよりも、目の前にある単価5円50銭の部品を3,000個、明日の昼までに得意先に納品するためにプレス機の前に座り続けたり、入荷してきた商品を検品しては再梱包して箱詰めしていくような仕事の方がよっぽど重要なのだ。
 そんなこの町工場街も、長引く不況で廃業に追い込まれるようなところもちらほら。 空き工場も増えたし、以前は工場だった土地にいつの間にかマンションが建ってたりする。 仕事が薄いのと、近接して建ち始めたマンションへの配慮で、土日は操業していない工場がほとんどだ。 このあたりの事情は奥田英朗の「最悪」に詳しい。
 僕の倉庫兼作業場といえば、中に産業機械があるわけでもないので、音はほとんど出ない。 せいぜい商品をクリーンアップする掃除機の音ぐらいで、ごくたまに電動丸ノコや電動ドリルの音がするだけだ。 近隣住民に迷惑になるような音は出ない。 したがって土日も仕事をしていることが多いのだが、そんな時はまわりの工場からまったく音が出ていないせいで、不気味なほどの静寂が漂っている。 逆に隣接した住居からの生活騒音がかすかに聞こえるほど。 ちょっと寂しいけど静かな週末の工場街である。
 日曜日。 シンナーを使ったので、ここ最近は寒さの為いつも締め切っている入口の鉄扉を換気の為に開けておいた。 やがて一匹の猫が「ぐわおうーん」と鳴きながら、倉庫内部に一瞥をくれて鉄扉の前を通り過ぎた。 月に一回ぐらいひょっこり現れる野良猫だ。 僕は仕事を中断し、こいつの為に買い置いてあった猫缶を掴むと鉄扉の外に出た。 このブチ、猫缶は大好きなのだが、餌を与える僕との距離はいっこうに縮まらない。 まるで磁石が反発しあうように僕を遠ざけるのであった。
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 しかしである。 今日は奴の様子がどうもおかしい。 外に出ると奴はクルマの下で僕を待っていた。 猫缶のクリップを外してやると、我慢できないのかにじり寄って来る。 そしてついに僕の手にある猫缶に喰らいついたのである。 こいつをこんなに間近で見るのはこれが初めてだった。 このブチ、病気なのか先天的なものなのかわからないが、左目だけは白目の部分がゴールドに染まっている。 右の前脚には古傷もある。 この界隈ではそれなりに武闘派として生きてきたのだろう。 奴は超速で一缶を平らげ、ふたたび「ぐわおうーん」と鳴き始めた。 どうやら奴の胃袋はまだ満たされぬらしい。 僕はまだ残っていた最後の猫缶を与えた。 奴はこれまた超速で胃袋へ送り込んだ(大藪春彦風に)。 一週間ぐらいお預けくっていたのだろうか。 恐ろしい食欲だ。
 僕も倉庫に遊びに来ているわけではないので、いつまでもこいつと遊んでるわけにはいかない。 ほどなく作業場の中に引っ込んだら、のこのこついてきた。 すると奴はそれまでの警戒は何処へやら、僕の足元に擦り寄ってきたり、膝の上に飛び乗ったり、挙句の果てはストックしてある商品の間を走り回ったりして勝手に楽しんでいる。 やはり寒いのか僕のそばのアラジン・ストーブの周りをくるくる回っている。 このままではとても仕事にならないので、近くにあったダンボール箱で即席キャットベッドを作ってストーブのそばに設置してやったら、自分からそこに入って寝てしまった。 スヤスヤ寝入る奴を見ながら思う。 「オマエも日々の生存競争でたいへんなんだろう。 工場のおじさんや僕のようにきっと古い猫種なんだろう。 質量こそがすべてだよな、オマエの人(猫)生。」
 帰り際、嫌がる奴を外に出して鉄扉の鍵を閉めた。 寒空のなか放り出すのは気が引けたが、閉じ込めておくのはもっと気が引ける。 帰路、ペットショップで猫缶を買い足した僕であった。
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by theshophouse | 2005-03-15 22:21 | Critique
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