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或る蝉の一生
 深夜、明日のごみを集積所に出しておこうと部屋を出た。 するとそこには一羽の蝉がひっくりかえっていた。 どうやら青息吐息のようである。 つまんで階下へ放り投げようとしたが、思いとどまった。
 僕のアパートの前には烏山川緑道という遊歩道がある。 その名の通り、もともとは烏山川だったところを暗渠にし、その上を緑道にしたものである。 この緑道、烏山から三宿まで続いており、世田谷の代表的な散歩コースのひとつである。 当然樹木も多く夏ともなれば一帯は蝉に占領されてしまう。 しかしまだ7月の終わり、本格的な蝉の季節というには早い。 声すらも聞こえないのである。 当然弱っている蝉などいようはずもない。
 ところがである。 その蝉は明らかに弱っていた。 恐らくその蝉は少しばかり生まれるのが早すぎたのであろう。 他の仲間より少しばかり早く生まれたせいで、彼には仲間がいなかった。 一人で木に掴まって樹液を啜ってはみたものの、一人での食事ほど味気ないものはない。 気心の知れた友人どころか、蝉の仲間そのものがいないのである。 思いきり羽を震わせ、擦り合わせて近くにいるであろう仲間に呼び掛けてはみたものの、ついぞ一羽の同類にも出会うことが出来なかった。 そしてふと気がつけばその短い命の殆どを燃やし尽くし、照明の明かりにひかれてやって来たとあるアパートの通路で力尽き、ふいに現れた冴えない感じの男にじっと見られている。 末期の時に看取られるのがこんな男とは・・・。

 夏は僕にとって葬式の季節である。 親戚や知り合いの年寄りが亡くなるのは決まってこの季節だ。 夏のうだるような暑い日と黒いスーツ、汗びっしょりのシャツと読経の相関関係は僕の中で完全に成立している。 先日も田舎の親戚のおじいさんが亡くなった。 東京に住んでいる僕は急な知らせにおいそれと葬式に出ることもままならない。 まったく薄情な人間である。 こんな僕が死ぬのはやはり夏の暑い日に違いない。 そんな気がする。

 最近テレビを賑わしている、というかマスコミの不作法極まりない手法で一躍人気者に祭り上げられているかまとおばあちゃんのことを考えた。 彼女は現在114歳で世界最高齢であるということになっている。 ということは、彼女より先に生まれた人間はこの世にはもういないということである。 当たり前のことではあるが、彼女より一秒でも先に生まれた人間はもう皆死んだのだ。 世界中のありとあらゆるところで言葉は悪いがバタバタと死んでいったのだ。 それは想像を絶する事ではなかろうか? これを自分に置き換えてみるとその事の壮絶さがよくわかる。 僕は36歳と4ヶ月と17日生きているが、もし世の中に36歳と4ヶ月と18日以上生きている人が皆死んでいなくなってしまったらどういう精神状態に置かれるであろうか? たぶん正気ではいられないだろうと思う。 テレビで目にする限り、かまとおばあちゃんは周囲を暖かい家族に囲まれてとても幸せそうだが、こうした視点から見ると彼女の「大いなる孤独」に気づく。
 蝉はもっと孤独だったかも知れない。 生まれてから死ぬまで一羽の仲間にも出会わなかったのである。 彼には、臨終の時に及んで自分の一生を顧みる物指しとなるべき仲間すら得ることはできなかったのである。 恐らく彼は自分が蝉であるという意識すら持てないまま一生を終えるのかも知れない。 そう思った時、蝉をつまみあげようとしていた僕の手は止まったのであった。 蝉の一生は実は長い。 ただその殆どすべてとも言える7年間を土の中で過ごし、晴れて成虫となってからはわずか一週間でその寿命を終える。 彼がふたたび土に還ろうとしているその刹那、僕は彼の人生が実り多いものであった事を信じつつ合掌した。
 夏という季節は生命が最も輝く時だ。 そしてそれは、その生命のはかなさが夏の陽射しによってひときわフォーカスを与えられるからに他ならない。(2002/7/27出稿を再録)

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by theshophouse | 2004-11-27 13:16 | Critique
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