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日本でワールドカップをやるなんて100年早い!
 これまでこのページではあまり言う機会がなかったが、僕はサッカー好きである。 今年もかれこれ3回もJリーグを観に行った。 今年はすべて新しくできた東京スタジアムでのゲームであった。 最初がスタジアムのこけら落としでもあったFC東京対東京ヴェルディ1969、つまり初めての東京ダービーで、次がピクシーことドラガン・ストイコビッチの日本でのラストゲームとなった東京ヴェルディ1969対名古屋グランパスエイト戦、最後が先日の今シーズン最終戦の東京ヴェルディ1969対FC東京、つまり2回目の東京ダービーであった。
 しかしこの2回目の東京ダービーはただのダービー・マッチではなかった。 そう、東京ヴェルディのJ1残留をかけた大一番だったのである。 当初J2降格が確実視されていたヴェルディだったが、つい一ヶ月前に助っ人として来日したエジムンドの活躍もあって、彼の加入後の5試合を3勝1敗1分けというおよそ今年のヴェルディでは考えられない土壇場の快進撃で最悪の状況から脱し、この日の試合に勝てば残留する可能性が高くなっていた。
 僕は降格するにしても残留するにしてもとにかくヴェルディの最後を見届けようと、急遽近所のローソンに赴きLoppiにてチケットをゲットしたのであった。 しかしこの試合を観に行きたくなった理由はもうひとつあった。 末期症状に陥ったヴェルディの中で孤軍奮闘するエジムンドをテレビで観て、これは実際にこの目で観なければと思ったのである。

b0045944_1122189.jpg 11月24日、3万6千人の観衆を飲み込んだ東京スタジアムは一種異様な雰囲気に包まれていた。 3月10日の東京ダービーの時には多勢に無勢で完全にFC東京のサポーターに圧倒されていたヴェルディサポーターもこの日はホーム扱いということと、降格の危機という非常事態がこれまでにない一体感を生み出したのか、威勢の良さではFC東京側にひけをとっていない。 やがて試合開始。 ヴェルディは前線からプレスをかけまくって怒涛の攻め、ケガや累積警告でアマラオ、ケリー、サンドロのブラジルトリオを欠くFC東京は終止押されっ放しで、三浦文丈の偶然の突破と右サイドの佐藤由紀彦からのクロス頼みの展開。 やがてエジムンドがペナルティエリア内で相手ディフェンダーと競ったこぼれ球を永井がゴール左隅に蹴り込んで、結局これが決勝点となりヴェルディがどうにかJ1残留を果たした。
 ヴェルディの運命は他会場の経過にも左右される状況だったので、ヴェルディの小見監督はナーバスな日本人選手たちを試合に集中させようと、ハーフタイムにもまったく他会場の経過を選手に教えず、ただただ試合に集中するよう求めた。 スタジアムの大型スクリーンにも一瞬他会場の途中経過が表示されたが、音声でのアナウンスはなかった。 後で知ったが、アナウンスするとロッカールームの選手たちにも聞こえてしまうとの配慮から取り止めたそうである。 日本人は何とナイーヴなのであろうか! そんななかでエジムンドは「俺にだけは他会場の経過を教えろ。 俺は状況に応じてプレーを変えられる。」と小見監督に要求。 監督もこれに応じ、試合中アビスパ福岡の試合経過は逐一エジムンドにサインで伝えられた。 これこそプロ、まさに仕事人である。
 エジムンドは素晴らしかった。 僕もこれまで色々なプレイヤーを実際にこの目で見てきた。 レオナルド、ストイコビッチ、中田英寿、デビッド・ベッカムそしてライアン・ギグス。 しかしこの日のエジムンドはその誰よりも素晴らしかった。 額に入れて飾りたくなるようなトラップ、圧倒的なキープ力、的確なポジショニング、無尽蔵のスタミナ、そのいずれもが超一級品であった。 相棒のマルキーニョスが審判や相手ディフェンダーに文句を言っているのを諌めたり、チームの為に一人ひたすらボールを追いつづける姿勢に「問題児」の面影は微塵もなかった。
 そのエジムンドが試合後、泣いていた。 ヴェルディの他の選手が笑っているのに、である。 エジムンドは昨年のシーズン終盤にもセリエAから降格目前のナポリに助っ人として呼ばれ、奮闘するもチームを残留させることができなかったという苦い経験をしている。 そんなこともあったのだろうか、ヴェルディを事実上自分一人だけの力で残留させたことに心から満足しているようだった。 しかしそんなエジムンドに来期のヴェルディのオファーは来ていないという。 種目は変わっても読売グループの人材登用のやり方は相変わらずの使い捨て方式のようである。 たった一ヶ月プレーしたチームにここまで感情移入し、チームをJ1残留に導いた男と契約を更新しなくていいのか? エジムンドなくして来期のヴェルディのJ1残留もありえない。 毎日サッカーをやってメシ食ってるのがサッカー選手であろう。 であれば誰もが彼ほどの高みに登れるよう努力すべきだ。 日本人プレーヤーのなかにはお粗末としかいいようのないプレーしかできない選手も多い。 ヴェルディの他の選手は残留が決まり、みな喜々としている。 彼らがもし降格していたら彼らのなかに涙を流す者がいたであろうか? エジムンドの涙を見て、僕は彼らとエジムンドの間にあるサッカーへの情熱、勝利への渇望に天と地ほどの隔たりを感じざるを得ない。

 久しぶりに金を払ってまで見るべき価値のある選手とそのプレーに出会い、僕は心地よい高揚感とともにスタジアムを後にした。 日本でワールドカップをやるなんて100年早い。(2001/11/30出稿を再録)

※2001年12月14日、エジムンド選手の2003年1月までの契約延長が決まりました。
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by theshophouse | 2004-10-16 01:14 | 蹴球狂の詩 | Comments(0)
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