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ワールドカップ観戦記/England×Brazil
 それは弟からの一本の電話であった。 「静岡の準々決勝のチケットが1枚だけあるんだけど、誰か行く人おらん?」 「静岡の準々決勝ってもしかしてデンマークに勝ったイングランドと・・・。」 「ベルギーに勝つであろうブラジルの対戦になる可能性が高いね。」と事もなげに言うのである。 「いくら?」 「スポンサーがらみのカテゴリー2のチケットが余ったやつで、1万ぐらいでいいそうだよ。」 「マジで!?」
 よくよく考えてみるとその日は僕の店番の日なのであった。 先日も店を閉めて「大阪日帰り弾丸ツアー」に行ってきたばかりの僕はさすがに躊躇した。 いくらワールドカップ期間中の客足が悪いといってもそうそうしょっちゅう休んでばかりはいられない。 商売人の沽券に関わるというものである。 しかしこの世紀の一戦のチケットをみすみす他人に渡してしまう手もない。 僕は以前からワールドカップのチケットのことでやり取りをしていた福岡の取引先の方々にチケットを譲ろうと電話を入れたのだが、皆さんあまりに急な話であることとあまりに遠方であることから行くのは難しいとの返事であった。 無理からぬことである。 かくなるうえはもう自分で行くしかない。 僕は「ブラジルがベルギーに勝った時点でそのチケットは僕がいただくことにする。」と告げた。 そして大方の予想通りブラジルはベルギーに勝った。 ここに世紀の一戦が成立したのである。 僕は即座に弟に連絡を入れ、チケットを確保した。 弟に「ことサッカーのことになると途端にダメ人間になるね。」と冷ややかな言葉を浴びせられたが、こればかりは仕方がない。 何せイングランドとブラジルがワールドカップで対戦する試合のチケットが安く手に入るのである。 物理的に行ける場所であれば何をさておいても行くというのが正しい大人というものであろう。
 不思議なことに、予選リーグ終盤に差し掛かったあたりから弟の会社の周辺ではスポンサーがらみのチケットが出回り始めたのである。 弟も会社を休んで一泊二日で急遽宮城に飛び、スウェーデン対アルゼンチンを観戦、仙台駅で今回のワールドカップにおける「疫病神」となった(彼が応援に行ったチームは日本も含めことごとく敗退した)モネールと遭遇するなどしていたのである。 ちなみに弟はこの後埼玉で行われることになるブラジル対トルコのチケットの話も持ってきた。 これは知り合いに譲ろうとしたのだが決定するのが遅れ、タッチの差で他人に持っていかれてしまったのであった。 また他の友人は神戸のブラジル対ベルギーの試合のチケットの話を持ってきたのだが、これも話を聞いたのが前日の夜ではどうしようもなかった。 このようにスポンサー枠のチケットは貰い手を捜して宙を彷徨っていたのである。
 結果的には弟の努力によりイングランド対ブラジルのチケットはタダ!で僕の手元にやってきた。 何という幸運! 僕はあきれる妻を説得し、店に臨時休業の貼り紙を貼って静岡へと旅立った。 小田原から新幹線に乗り換えると車内は既に多くのサポーターに占拠されていた。 掛川まで行って東海道線に乗り換えて愛野駅下車。 駅前広場は多くのブラジル人イングランド人と日本人でごった返していた。 静岡スタジアム・エコパは森の中のスタジアムだった。 サッカーどころの静岡らしく自治体が主催するイベントも多く、スタジアムまでの約15分の道沿いには多くの露店が並び、他会場とは違った趣きであった。 チケットはないが、居ても立ってもいられずスタジアムまでやって来たブラジル人や日系ブラジル人の多さには驚いた。 彼らはチケットの検札所の寸前まで各所でサンバを踊ったり、楽団を形成してスタジアムの外からブラジルを応援しようというのである。 しかしながら大勢のイングランド人に加えて、大勢の日本人サポーターはベッカム人気も手伝ってイングランド寄りであった。 スタジアムに入ってみるとやはり数の上では白地のゲームシャツがカナリア色のゲームシャツを圧倒的に上回っていた。 僕はどちらにも肩入れせずにこの試合を観ようと決めていた。

b0045944_04221100.jpg両国のサポーターで賑わうJR愛野駅前のW杯特設広場
露店の数では今大会随一
b0045944_0424753.jpg検札所の直前で盛り上がっていたチケットレスのブラジル人サポーター
できる限りスタジアムに近付きたいという気持ちは痛いほどわかる タダでチケットもらって恐縮です
b0045944_0431512.jpg静岡スタジアム・エコパは森の中のスタジアム
まわりには本当に何もない くどいようだが本当に何もない
b0045944_0463590.jpgそれは「事実上の決勝戦」と言われた
ENGLAND vs BRAZIL 問答無用
 試合開始。 最初の10分間はお互い慎重な出足。 やがて少しづつブラジルがペースを握り始める。 ロベルト・カルロスのフリーキックやロナウドのシュートがイングランドゴールを脅かすものの、得点には至らず。 前半23分、中盤でボールを受けたへスキーが前線にロングボールを放り込む。 このボールにはブラジルDFのルシオが対応したが彼はトラップミスを犯し、そのミスを予知していたかのようにゴール前に走りこんでいたオーウェンにボールを奪われてしまう。 オーウェンは間髪入れずボールをゴールに蹴り込み、イングランドが幸運な先制点を挙げた。 イングランドがディフェンスを固め、引き気味になったところで今度はブラジルが猛反撃にでる。 しかし今大会のイングランドはファーディナンドとキャンベルのセンターバックが非常に強く、何度となくブラジルの攻撃を跳ね返し、逆にカウンターから何度かシュートまでもっていった。 そう、試合は1点を先制したことで明らかにイングランドのペースになっていたのだった。
 このまま前半を終えるかと思われた前半ロスタイム、自陣タッチライン付近でロケ・ジュニオールがベッカムからボールを奪う。 ボールはセンターサークル付近にいたロナウジーニョへ。 ロナウジーニョは敵陣中央に向かってドリブルを開始、徐々にスピードを上げ、左足のフェイント一発でチェックに来たアシュリー・コールを置き去りにしてからペナルティー・エリアのリバウドに右足のアウトサイドで丁寧なパス。 リバウドがこれをダイレクトでゴール左隅に流し込んで同点。 美しいゴールだった。 サッカーをやっていて中盤をやったことがある人なら誰でも「縦へのドリブルで数人をかわしてからラストパス」というのはもっとも憧れるプレイである。 今まさにその究極のプレイが眼の前で展開されたのだった。
 ロスタイムに失った1点はイングランドにとって1点以上の重みがあったかも知れない。 後半5分、相手ゴールから約25メートル、やや右サイドで得たフリーキックをロナウジーニョがGKシーマンの頭上をふわりと越す弾道で直接決めてブラジルが勝ち越す。 この日のロナウジーニョは素晴らしかった。 しかし神様はそんなロナウジーニョに思わぬ落とし穴を用意していた。 後半12分、ミルズへ足の裏を見せてタックルしたという判定でロナウジーニョは一発退場になってしまう。 チームメイトの執拗な抗議にも関わらず、ロナウジーニョはピッチを後にせざるをえなかった。 どこの会場でもそうだったが、微妙なファウルやオフサイドはスタジアムの大型スクリーンでは決して再生されない。 テレビで観ていた方がそのあたりはよっぽどクリアになる。 実際このシーンを家に帰って見てみたら、イエローですら必要ではない不可抗力によるただのファウルだった。
 メキシコ人の三流審判によって一度壊された好ゲームはもはや修復不可能であった。 10人で戦うことになったブラジルはこれ以降明らかに引き気味になり、もっぱらボールをキープすることに専心した。 そして一度そのように彼らに決心させてしまったら最後、その牙城を攻め落とすのは世界中のどんなに優れたチームであってもたやすいことではない。 確かにイングランドは攻めてはいたが、それは「攻めさせられ」ていたに過ぎない。 個人の能力でイングランドを上回るブラジルは一人少ないことを感じさせないほど落ち着いた試合運びでボールをキープしホイッスルを待った。 こうしてそれまで面白かったゲームは急速につまらないゲームになってしまった。 前のデンマーク戦でふたたび左足甲を痛めていたベッカムも精彩を欠き、母国は王国の前にひれ伏した。

b0045944_0485151.jpgサッカーどころの静岡でありながらサッカー専用のスタジアムとして作ることができなかったのであろうか?
隣の韓国が10会場中7会場がサッカー専用であることを考えると、ただただ残念である 静岡でもサッカー専用でペイしないのか? 向こう側の山の頂上付近にはちらほら人影も見られた 無論誰だって観たい試合である
b0045944_0491642.jpgイングランドサポーターの一角
彼らの歌声がブラジルサポーターのサンバのリズムをかき消していた 恐らく彼らの当初の予想よりは長きにわたった極東へのマジカルミステリーツアーはここで終わりを迎えた
 イングランドのワールドカップは終わった。 僕は奇しくもその最初と最後の試合を見届けることになった。 試合終了後もイングランドサポーターはすぐに気を取り直し、死のF組を突破してブラジルとの準々決勝までやってきたチームを讃えた。 何だかその「敗北の受け入れ方」が洗練されていた。 彼らイングランドのサポーターは、自分たちのチームが優勝するようなチームではないことを知っていた。 そして健闘むなしく敗れ去ったチームに満足していた。 イングランドは敗れたが、F組を勝ち残りベスト8まで来た。 それで十分じゃないか、と。 怪我もあって最後まで本来の姿を見ることができなかったベッカムも、札幌のアルゼンチン戦で自分のゴールで勝利したことで既に勝者となっていた。 そしてその勝利は彼にとって非常に大きな意味をもつものだった。 敗者もまた勝者なのだ。

b0045944_0495075.jpg試合終了後、ブラジルのTVクルーの取材を受けるサポーターの女性
彼女はたぶん母国でも有名な存在なのではないかと思う この後も多くのTV番組に出演していた
 愛野駅までの帰り際、そこらじゅうでスタジアムに入れなかったブラジル人サポーターが、「ブラージル!ブラージル!ブラージル!」と叫びながら歓喜に酔いしれている。 彼らは明らかに優勝を確信していた。 彼らもまた、勝利に飢えていた。 僕は日本が負けていたこともあって、ややイングランドサポーターに感情移入していた。 「騒げ騒げ、勝手に騒げ!」といったような心境であっただろうか。
 さんざん遠回りに誘導され、またキレかかりながら電車に乗る。 僕の乗った車両の半分はイングランド人だった。 そこに乗り込んで来た帰宅途中の制服姿の二人組の女子高生、何を思ったかそれぞれ突然バッグの中からイングランドと日本のゲームシャツを取り出し制服の上から装着。 そばにいたイングランド人と異文化交流を図り始めた。 しかしろくに言葉が通じないためもどかしそうである。 ガイジン好きの彼女たち、W杯のお祭りムードに乗じて、彼らと一緒に騒ぎたかったのだろうが、彼らが降りる掛川までは1駅しかない。 W杯開催日の特別列車だったので、乗っていた客は彼女たちを除いて全員下車、後には彼女らの「もうみんな降りちゃうの~。 寂しい~。」という声だけが残った。 彼女たちの前では大和撫子という言葉は死語である。 「君たち、数年後にガイジンにイエローキャブと言われないように気をつけなさい。」 オジサンはつぶやくのであった。
 掛川駅までののどかな田園風景の中で、田んぼで野良仕事をしていたおじさんがサポーター満載の電車に向かって手を振っていたのが印象的だった。 遠く海外からやってきたゲストたちの胸に刻まれるのは試合のみならず、こんな風景であったりもする。(2002/7/9出稿を再録)
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当日スタジアムで配布されたメンバー表
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by theshophouse | 2004-11-23 01:02 | 蹴球狂の詩
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